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『夜の街』なんて漠然とした言葉に意味などないのです

 ――こんなものすべて消えてしまえば良い。


「ですが、本当にいなくなってしまえば侘しかったのです」


 こんこんさまが雑踏に視線を向けたまま言葉を続けた。私はまばたきを繰り返す。

 次に目を開いた時には、その風景から人だけが消えてそうな気がして。

 そんな景色に私は見覚えがあった。


「やはり人は沢山いるのが良いのです」


 まばたきの最後に強く閉じて、瞼にあの無人の街並みを浮かべる。

 その中で、駐車場の隅に座り込んでたこんこんさまの姿も。

 少し躊躇いもあったが、意を決して私は尋ねる。


「消えろと願ったのは、手前勝手に犠牲を押し付けた奴らが憎かったから?」


 こういうのが父の言ってた『余計な話』なんだとは分かってた。

 だけど、こんこんさまにこういう事を聞かないままで事態が解決するとは思えない。

 こんこんさまや彼らは人智の外で生まれ存在するものだが、それを生み出したのはやはり人間の様々な思念なのだ――『彼女』のそれを含めて。

 それを紐解かなければ、こんこんさまがどうやって現れるのかも、こんな場合どうしたらよいのかも答えは出ないだろう。

 それに、少なくとも父の心配する様な事にはならないっていう確信もあった。

 今そんな話をしてたこんこんさまにも、人間への悪意なんて微塵も感じられなかった。

 今だけじゃない。今までも、去年現れた時も、一昨年もその前も。生まれて初めて見かけた時も。

 私の記憶にある限りこんこんさまは変わってない。

 人間への憎悪や怨念を持ち続けたまま、何百年もここにこんな風に居続けているとは思えない。

 こんこんさまにとっても、そんなものは大昔の事なんだ。


 だけど、こんこんさまの答えはそんな私の予想の、更に斜め上を行くものだった。


「犠牲とは、何ですか?」

「へ? いや、あの人柱? 人身御供……って言った方がいいのかな」


 現代の単語だったからかと思い言い換えてみても、こんこんさまは首を傾げている。

 さすがに不快にさせるかって心配はあったが、もう少し具体的に言って見た。


「人間だった時、領主とか周りの奴らに無理やり埋められて――」

「……? 我が人であった時などないのです」

「……は?」


 首を傾げたまま答えるこんこんさまに、私がぽかんと口を開けてしまう。


「我は気付いた時にすでに『咳に憑くもの』として在り、人どもは下らぬものでいなくなればよいと念じていたのです。それが何故とかは分からぬのです」


 えっと……


 つまり、こんこんさまは生まれた時からこんこんさまで、人間の女の子だった頃とかそういうのはないって事?

 『こんこんさまがその娘だとはどこにも書いてない』

 確かに、父はそんな事も言っていた。

 こんこんさまの誕生にはきっと当時のそういう陰惨な事情や、その中での絶望なんかも投影されていたのかもしれない。だけど、人柱の娘の霊がそのままこんこんさまになった――みたいなものではないという事だろうか。

 むしろ、それならば、人柱を傍観していた人々の後ろめたさ、良心の呵責や報いへの恐れから生まれたという想像もありうる。


 いや、待って。

 そんな線も思い浮かべつつ、私はもう一つのことも思い出す。


『姉さま』


 私がその単語を口に出すと、こんこんさまの表情がぴくっと変わる。


「こんこんさまに人間だった時がないなら、姉さまって何?」

「よくわからないのです……姉さまは姉さまなのです」

「つまり、人間としての親兄弟、家族がいたって事じゃないの?」


 私の問いにこんこんさまは困ったように首を横に振る。

 あの時――数日前の夜、こんこんさまがそう呟いた。

 あれは過去の記憶から『姉さま』を呼び起こしたからじゃないのか。


「我に家や親はないのです……覚える限りないのです。ですが……姉さまはいたのです」

「うーん……そのお姉さんしか覚えてないって事?」

「姉さまは我に語り掛けてくれて、我を叱ったり褒めたりして、色々なことを教わったのです……いつも姉さまは傍にいてくれて、我を名で呼び、眠る時にも一緒だったのです」


 『姉さま』なら、いったい何なのだろう。

 昔過ぎて記憶が不明瞭なのか、こんこんさまの話は曖昧なままだ。

 人間だって自分が生まれた頃や物心ついた頃のことを正確に思い出すのは難しい。こんこんさまもその辺は同じかもしれない――まして年数の桁も違うし。


 いや待て、今何て言った?

 こんこんさまに――名前? 『こんこんさま』って呼び名の事じゃないよね。

 やはり人間の名前を持ってたって事じゃないの?


「そして、我は姉さまと約束したのです」


 ふいにこんこんさまがそう言った。

 名前の件に意識を持ってかれてたので、新たに聞こえた単語に反応しきれなかった。


「え、あ、そう……約束って、何を?」


 素でそう聞くしか出来なかった私。

 こんこんさまはこっちを見返しながら深く頷いて、顔を上げた。


「姉さまが我に添った如く人に添うと」


 その視線は駅前の雑踏でも街並みでもなく、遠くに見える山々に向けていた。

 私も同じ方向へ視線を向けて思い出す。

 確か、その方角に――昔、慰霊塔とか――神社とかがあったはず。


「ねえ、その『姉さま』ってまさか……」

「いつきは、とても姉さまに似ているのです。特に、我にかけた声など」


 こんこんさまは目を細めながら言う。いつになく嬉しそうな笑顔だった。





「ただいまー……ん?」


 家に帰って来たら、玄関がやたらと狭い。

 男女二人分の革靴が真ん中を占拠してて、靴を脱ぐのが結構しんどい。

 考えるまでもなく来客中だ。リビングで会話する声がこっちまで聞こえて来る。


「最近じゃ、示威にもなるから『夜の街』で遊ばせろとかまで言い出す始末」

「勿論、公費でってことですよ」

「はあ、それはしんどい注文ですね」

「しんどいって言うか……ますます増長しているんです」


 困った様な声で相槌を打つ父に、二人の来客は苛立ちを隠さず捲し立てている。


「アレは東京や大阪にも影響持っていますから。そのうち新宿や六本木でも踊ってやるとか豪語してます」

「まあ、そういう脅しならともかく、本当にやられたらたまらないでしょうね」

「向こうも本気じゃないでしょうがね。アレはアレでこっちを格好の金づるだと思ってるでしょうし」

「でもこのまま舐められてる訳にも行かないんですよ!」


 女性の荒げた声とテーブルをがんと拳で打つ音が響く。

 そんなに頑丈な造りじゃないんだから手荒に扱わないでほしい。


「わが県で通ると思えば他県でも同じ事をやり出すでしょうし、そうなれば本当の脅威になりかねない!」

「そんな訳ですから、ここらでガツンと締められる……そういう抑止力みたいなものが必要じゃないかと」

「しかし、そこで天塚の力と言われましても……正味、こちらでは古文書の提供程度しか出来ません。協会でどう話を聞いて来られたか分かりませんが」

「ああ、それで十分ですよ。要は、『彼』に何かマズいぞと危機感持たせられればいい訳ですから」

「こんこんさまも調伏した天塚神社の退魔技術と言えば、アレにも伝わるでしょう」

「しかし、その技術を使える者が私を含めこちらにいないのですが……その辺は大丈夫なのですか?」

「まあこちらで本職を当ってみます。もしダメでもそんなに気にしなくていいと思います。準備してるって事実だけで効くかと思いますから」


 一体何の話してるんだ。二人はどうも県の職員らしいが、まともな公務員がする会話には聞こえない。

 県庁の仕事の話で『退魔技術』がどうこうなんて言葉、普通出て来ないよね。

 それ以外の所でも「公費で夜の街」とか「金づる」とか「脅し」とか、表で出来る話じゃない事は大体理解出来た。


「それで、『彼』の活躍には効果は出てますかね」

「ええ。そっちは上々なんです。夜の繁華街や、日中の森林公園手前の休耕田なんかで力抑えて踊ってもらったんですが、ネット動画も広まってちょっとしたパニックになった位で。人出はがっつりなくなりました」

「休耕田だけじゃないですよね。普通の農地にも出没するから農作業の邪魔って苦情も来てて……アレがネットを悪用する可能性もますます見過ごせない感じです」


 どうも、県の表に出来ない仕事を請け負ってる何者かが、それを口実に増長して県も持て余してる状況で、そいつをシメるのに天塚の退魔技術が必要だという事らしい。

 技術が必要だというより、それを用意したというはったりだけでも何とかなるっぽい。

 うん、整理してみても理解できない。

 どうしても、その何者かが退魔術でどうにかする様な相手でお役所がそれを知ってて裏の仕事に使ってるって設定が前提になるんだけど。

 まさか、そんな今日び漫画でも使うのが躊躇われそうなベタな設定、現実にとか――

 でも、そういう話以外の何事にも聞こえないからなあ……


 話自体はそんなに長引かず、私が自室で制服から私服に着替えてる間に、二人の客は慌ただしく帰って行った。

 父にさっきの来客と何の話だったのか、改めて聞いてみようかとも思ったが、彼の様子から見てあまりきちんと教えてくれそうには見えなかった。

 彼のそういう『部外者に話したがらない案件』というのは、大体わかるものだ。

 それにどちらかと言えば、父にはこんこんさまについての話の方を優先したかった。


「ただいま。今大丈夫かな?」

「おう。ちょっと待ってろ。まずテレビ見ようぜ」


 リビングに入って来た私とこんこんさまに、父は片手をあげて答える。

 別に見たい番組がある訳じゃないのは分かってる。

 さっきの客ならともかく私と父の会話では、変な単語はキッチンにいる母の耳につくだろうという判断だ。


「あれ懐かしい。こんこんさまだって」


 しかし、テレビをつけて程なく、テレビから聞こえて来た単語に母が反応して顔を覗かせた。


『市内でひそかなブーム? 中高生の話題に上る“こんこんさま”』

『SNSや友人同士の盛り上がりで、疫病退散の守り神として注目』

『ライバルはアマビエ様? ゆるキャラ神様こんこんさま』


 ナレーションと共に画面に写っているのは、インスタやラインの画面で紗綾の描いたこんこんさまイラストや、黄色い服を着ている彼女の自撮り写真。

 紗綾だけではない。他校の女子が黄色い服で『こんこんモード』とか言いながら地元テレビのインタビューを受けている。


「私が中学位の頃にも、こんな感じでこんこんさまのイラストとか黄色い服とか一時的に流行ったんだよね。こういうのって繰り返すのかな。でもテレビには取材されなかったけど……やっぱりそこは時代の違いかな」


 テレビ手前に立ってるこんこんさまは全く見えてない母が、懐かしげかつ他人事な感じで言っている。

 父は画面を数秒凝視した後、こっちに視線を向けて来る。

 父よ、何を言いたいかは何となく分かる。

 違うからね、私じゃない、この件で私は何もしてないからね。

また二週間ぶりとなります。

ひょっとしたら次回もこのペースになってしまうかもしれません。


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