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慣れて来たものこそ要注意です。

「はいちゅーもーく!」


 紗綾がチョークで黒板をガツガツ叩きながら声を張り上げた。

 何か、黒板に『打倒・アマビエ!』とか書かれてんだけど。

 今は自習時間。担当の教師はどっかに行ってて不在。

 うちの担任じゃなかったけど、その辺の考えは似ていたらしい。

 隣の教室にまで聞こえそうな大声だったが、黒板に目を向けた生徒は半分そこそこ。


「えー、がいよーはさっき各自のスマホに送ったとーりー」


 悪い、見てない。だってさっきまでは先生いて普通に授業中だったもん。

 スマホを見てみれば、確かに彼女からの画像付きメッセージが二件。

 それぞれ『A案』『B案』という題でイラストが一つずつ貼られている。両方ともこんこんさまだ。

 『A案』は紗綾のマスクに手描きされてたのと同じ、ゆるキャラっぽい絵柄。もう一つ『B案』は、もっとというか民話の挿絵とかにありそうな絵柄。

 二つとも彼女が描いたのだろうか、実物見てない割にはなかなかの再現度だと思う。


「疫病退散! この地元を感染から守ったこんこんさまあっ! 推すならどっちのキャラデザだあっ!?」


 画像についてたメッセージとほぼ同じ煽り文句と共に、また黒板をガンガン叩く。

 普段彼女と仲のいいグループの子達がけらけら笑いながらも、各々自分が選んだ案をスマホに表示させて掲げていた。

 それ以外にも何人かの男子や女子が反応して、スマホを掲げたり声を掛けたりしている。


「風見、祟るっつってなかった? 変わり身、秒じゃね?」

「こんこんさまが感染防いでたんじゃねえし。護ったとか言い過ぎ」

「Aの方が好きだな」

「Bも風見さん描いたの? 何か意外な感じ」

「熱意は分かるけどさ、具体的に何したいのか分かんね」

「こんこんさまって地元でもそんなに知られてなくない?」


 そのうち二三人が視線を紗綾から私に移して来て、内心あーあと思った。

 さりげなく彼らに目を合わせない様にして、それでもスマホのメッセージで返信してやる。


『両方使ってみるのはどう? 拡散するのはA中心で企業や役所に売り込むのはB中心みたいな感じで』


 紗綾はすぐに着信に気付いた様で、画面を見て顔を輝かせる。


『私個人は応援するよ。天塚公認の件は期待しないでほしいけど』


 あまり協力的とか思われたら面倒そうなので釘も刺しておく。

 送信した直後、少し離れた席の玲子が私の所までやって来た。彼女はしゃがみながら小声で私に話し掛ける。


「どうする?」

「どっちの案って事?」

「違うって。いつりん……え? これに乗っちゃうの?」

「うーん……乗るとかまで言われると困るけど。まあこんな感じならいいんじゃないかなって」

「そっか……」

「今だと『こんこんさま助けて下さい』ってノリでもないでしょ。その分、盛りもないだろうけど……本物に変な影響もなさそうだし」

「ああ……樹季が気にするのはそういうとこなんだね」


 玲子は私の言葉に驚いたような顔をしてから、何か納得した様に頷いた。


「こういうのってやっぱり、こんこんさまにも何か影響とかあるの?」

「分かんない。ただ、そうかもとは思ってる……あくまでも私の想像だけど」


 自分の想像してる事。今は、彼女にも詳しく話す気になれない。


「影響って例えば……みんなが祟るぞ祟るぞって言ってると本当にそっち方面に行っちゃったりとか、助けてくれるって言ってると――」

「――やべえって! やめろこっち見せんな馬鹿野郎!」


 玲子の言葉を遮る様に教室後ろから男子の大声が響いた。


「何だよ! うるせえんだけど!」


 教壇の紗綾が即座にキレて怒鳴ったが、その男子のグループは『関係ねえし!』とか怒鳴り返しながら悲鳴と笑い声を連発している。

 ちらっと後ろに視線を向けると、彼らはめいめいのスマホで何かを見たり見せ合ったりしながら騒いでいた。

 どうもネット上にある動画らしい。

 どうも紗綾の話やこんこんさまとは全く関係ない話の様だ。勿論、勉強でもない。


「本物? ねえ本物?」

「知らねえよ」

「後ろの山見覚えあるんだけど、どの辺りの田んぼだここ?」

「動画で上がってん位だから見ても大丈夫っしょ? でなきゃ上げた奴が真っ先にヤられてるだろ」

「そうそう、説明文にも『これは見ても害ありません』ってあるし」

「わざわざそんな説明してる時点で怖えよ!」


 例のメリーさんの録画だろうか、そう一瞬思ったがどうやらそれでもない。

 彼らはどうも――それを『直視する事』を恐れてるらしい。キモいとかグロいとかじゃなく、見た人に何か起きる系の物の様だ。

 何が写ってるのかも、見たらどうなるっていうのかも、よく分からないままだった。

 ネットでも校内でもそんな動画の話題なんて出てないし、玲子に目配せしてもやはり分からないと言った顔で首を傾げている。


「踊ってるのかな、もっと違うものなのかな」

「ほらほら、もっとよく見て確かめろよ」

「やめろって!」


 彼らはまた飽きずに動画を見せ合っていた。

 一人の男子が肩や腰をくねらせて奇妙な踊りを始めると、それを見て『犠牲者発生』とか喚きながら笑っている。踊りは動画に写っていたものを模したものらしい。




「どうかな。もし、それで『こんこんさま』に強く関心向けてる人が増えたとしたら、それも彼女に何か作用するだろうか」


 駅前へこんこんさまを迎えに行った際、数日ぶりに会ったマー君に紗綾のこんこんさまプロデュース(K K P P)計画の話をすると、やはりそこが気になっている様だ。

 彼のその反応から、私の推測はますます確信に近付いた。


「今日はいっぱいこんこん出来た?」


 マー君の横からこっちへ移って来たこんこんさまに、目の高さを合わせて尋ねる。

 こんこんさまはいつになくニコニコしてて、私の問いにこくっと頷いて見せる。


「メリーさんのライブ配信はどう?」

「やっぱりあれから視聴数伸びないね。彼女は不満たらたらさ」

「またチラ見せで稼ぐとか言い出してないよね? 速攻でバンされるよ?」

「うん。その辺は僕も何度も注意したけど……その他にも問題があってね……」

「他の問題って、ひょっとして例の粘着コメ?」


 マー君は頷いた。

 メリーさんの生放送は今話した様な感じだったが、それに加えて、三~四日前から何か妙にしつこい視聴者が一人絡み続けていた。

 褒める事も批判する事もあるし注文する事もあるが、それがべらぼうに多い。

 さらにオフラインで会おうと誘うコメントも散見される。あと構ってほしいのかメリーさんがしている話と関係ない自分語りを延々続けてる事もある。


「もうブロックしちゃえば?」

「そういう訳にも行かない。うざい視聴者をブロックするメリーさんなんてみっともないだろ? ウザがられて怖がられて、それでも追って来るのがメリーさんだからね」

「じゃあ、こっちから自宅訪問しちゃえば」

「それも考えたよ。だけど、ちょっと思う所もあってね」

「思う所?」

「確証はないけど……このユーザー、人間なのかなって」

「ああ……」


 少し前の自分だったら、もう少しそういう話を受け入れるのにも、抵抗あったと思う。

 何度かこんこんさまを道で見かけてたにしろ、それ以外の人外なんて見た事なかったし、ましてそんなのが現代の日常に絡んで来るなんて体験もない。

 ここ最近は妙に慣れすぎっていうか、そんなのも今更って気分だけどね。

 ああ、妖怪がネットでライブ配信初める位だから、それにコメント投げてる視聴者の中にも人間以外のモノが混じってる事だってあるんだろうね。

 そういう『ああ』だ。


「心当たりはあるの?」

「うんまあ、色々」


 マー君は言葉を濁しつつそう答える。私も深くは詮索しまい。

 その粘着コメ野郎は傍目でもかなりウザかったので、出来る限りお近付きにはなりたくない。

 ……そういう意味ではメリーさんも目の前のマスク返しも大概なので、こちらも今更な感じするが。


 駅前でマー君と別れ、こんこんさまと横並びで歩く。

 後ろを歩かせると足音がしなくて、本当にいるのか不安になるんだよね。

 どこに何の用があるのか、マスク妖怪は駅からフードコート方面の人の流れに紛れると、すぐに見えなくなっていた。

 夕方の駅前もなかなかの人出。殆ど以前と変わらない位だった。

 家に帰るならまずバスに乗るのだが、私は真っすぐバスロータリーには向かわず、その上の歩行者デッキへ上る。

 こんこんさまも私の様子に気付いたのか顔をじっと見て来るが、何も尋ねず一緒に階段を進んだ。


 デッキの上も人が多い。駅へ向かう人々、駅から出て来た人々、それぞれ通路に列を作って流れている。

 端の手摺りから見た眼下にも様々な方向への整然とした人の流れがあった。

 地上の人たちへ視線を向けながら、私は口を開く。


「ねえ、こんこんさま」


 こんこんさまがこっちを見上げてから尋ねた。


「こんこんさまは、まだ『咳に呼ばれる』のを感じてる?」


 こんこんさまがこくっと頷く。私は数分前よりも更に増えてた通行人を見渡す。

 咳をしている人は、その中に一人もいなかった。


「あのさ……」


 頷いた後も私を見ているこんこんさまへまた尋ねる。


「こんこんさまを呼ぶのって、本当に咳なのかな?」





 

「せ……咳の流行りに呼ばれ目覚め出たというに、咳の人がさっぱりおらぬのです!」



「“が”は咳に引かれて寄るのです」



「いつにない咳の強さで引かれたのです……されど引かれた先には、寄辺の咳がまるで見えませぬ」






 『咳の流行り』『咳の強さ』


 今思えば随分と抽象的な言い方だ。

 感染規模の事でもなければ個人の症状の重さの事でもない。

 こんこんさまは目覚め現れた先で咳をしている人間に憑く。それ自体は本当なんだろう。

 だけど、それはきっと、現実の咳の音やウィルス反応を感じ取ってるのではない。


「こんこんさまを呼んだ『咳』って……私たちの意識じゃないのかな」


「……いしき」


「うん……私たち人間の思ったことや感情、心」


「心」


 こんこんさまの歩みが止まった。私も立ち止まり振り返る。


「何ていうのかな、病気についての不安や怯え、あるいはイラついたり何かに不満があったり怒ったり、そんなのが集まって……こんこんさまを呼ぶ『咳』になるんじゃないのかなって」


 こんな事を考える私も、やっぱり普通ではないのかもしれない。

 きちんとした神社はなくても、『そういう家』に生まれ育って聞かされてきた話はそれなりにあった。

 その中でも特に色々な話に示されてた事は――


 神様も妖も、人から生まれ、人に呼ばれ、人からその力を与えられるのだという事。

 だから、本当に人のいない場所、人の意識が向けられない場所には、それらのものは存在すら出来ない。


 ウィルスや細菌に呼び出される神や妖なんかいない。

 そういうものはいつだって、怯えたり憎んだり、愛したり悲しんだりする人間に呼び出されるのだ。

 こんこんさまだって例外ではない。きっと、それは。


「……」


 こんこんさまは無言のまま佇んでいた。


「ね、分からなかったら無理には――」

「咳があるのです。人もいっぱいです」


 ふいにこんこんさまが言った。

 手摺り子を両手に掴んで、私と同じように地上の雑踏を見下ろしている。

 人々に視線を据えたまま、こんこんさまは言葉を続ける。


「こんなもの、すべて消えればよい。かつてそう願ったのです」

また二週間ぶりの更新になってしまいました。

理由は色々ありましたが言い訳してても意味ないんで、普通に『申し訳なかったです』としか。


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