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消毒は清掃業者に頼んだ方が良いのです

「行ってきまーす」


 数ヶ月ぶりの登校。

 こんこんさまも途中まで一緒だ。


「ゆくのです」


 母には見えてないのに挨拶する律儀なこんこんさま。


「行ってらっしゃい。車に気を付けなさいよ」

「はあい……気を付けなさいよ」


 返事してから、隣の不注意横断が多い子にも注意しとく。

 こらこら、きょとんとした顔で見上げない。


 くせなのか、学校へ行く時の私は普段より心持ち歩くのが速い。

 こんこんさまがついて来れるか心配にもなったが、問題なかったようだ。

 すぐ横をふよふよと並んでいる。

 そう、『ふよふよと』――よく見ると足が地面から少し浮いていた。歩いてる様に見せる余裕はなくなったのかも。


「大丈夫? 少し速度落とす?」


 何か悪いかなと思い聞いてみるが、こんこんさまは首を横に振る。


「いつきはいつもより速いのです」


 その後で自分でも気にしていた事を指摘されてしまった。


「まあね。何か登下校はそうなっちゃうんだ」

「『がっこう』に行く時は速いのですか。いつきは『がっこう』が好きなのです?」

「へ? いや……」


 予想外の質問に呆然としてしまう。

 学校が好きだなんて思った事はない。正直な所、あまり好きではない方だろう。


「そういうわけじゃないよ。帰る時だって速い訳だし」

「そうですか。では、何故速いのです?」

「なぜつってもなあ……」


 速いなと思ったりはするが、何故速いのかなんて自分でも考えた事はない。

 歩きながらその理由を少し考えた。

 あえて挙げるなら、制服姿で学校に向かって歩いている時に『隙を作りたくないから』かな。

 誰かの目に留まりたくない。

 呼び止められたくない。

 ついて来られたくない。

 そういう気分が足を速めてるんじゃないかと思う。


 ちらっと周りに目をやった。

 道行く人はもう以前と同じ位の多さにまで戻ってる気がする。

 全てが元通りになった――この光景だけ見ればそんな気にさえなってしまいそうだった。

 よく見れば、その人々もほぼ全員マスクをしているし、なるべく周りと距離を取って歩こうとしているのも見て取れたが。




「樹季、おはよう」


 学校の近くまで来た時、後ろから名前で呼ばれる。

 声は駆け足と共に近付いて来て、言い終わった直後に私の隣に並んだ。


「おはよ、でこちゃん」

「朝一でそのあだ名言うな」


 そう言っても彼女の一番の特徴だしな。

 言われるのが嫌なら少なくともそのストレートロングのワンレンやめるべき。実際の所、それ程おでこをネタにされるのは嫌がっていない様だが。

 実際の彼女の光輝く額だけでなく、本名の宮瀬(みやせ)玲子(れいこ)から発音が『でこ』っぽいってとこからも来ている。

 そのでこちゃんは私からその隣のこんこんさまに視線を移すと、突然二メートルばかり飛び退った。

 引きつった顔で直立不動のままの彼女に、私も足を止める。


「こっこっ、ここ、こここ……」

「こっ?」

「こここ……」

「こけこっこ?」

「じゃなくて!」


 ぱんぱんぱんっ


 玲子はおもむろに柏手を打って、手を合わせたまま頭を下げる。

 いや、これが普通の子の反応なのかもしれないと思いかけたが、やっぱりおかしいな。

 自分一人で恥かく分には構わないが、私も思いっきり巻き込まれてんので止めてほしい。

 なあ、見えない人には私が拝まれてるみたいに見られるんですけど。


「ってか! 普通にしてんじゃねえよ!」

「っつわれてもなあ……」


 生温い視線を送ってたら逆切れされた。

 拝んだりキレたりと忙しい友人だが、いつの間にか目の前まで来ていたこんこんさまに気付くと、ヒッと声を漏らしながら再び固まる。

 その反応はさすがに失礼じゃないかと思う。彼女の動きでこんこんさまもビクッとしたのを私は見逃さない。

 見上げて来るこんこんさまを彼女は強張った顔で見返してたが、次に私へ顔を向けた。


「本当に……本当だったんだ。電話で言ってたの」

「うん」

「本物のこんこんさま……なんだよね? いつものいつりんジョークじゃなくて」

「何だよいつものって。私そんなに冗談言うキャラじゃない筈だけど?」

「……ごほんごほんっ」


 玲子は再びこんこんさまをまじまじと見て、恐る恐る咳払いした。


「こんこんっ」

「ごほんっ」

「こんっ」

「ごほごほっ」

「こんこんっ」

「……もういいかな?」


 同じタイミングで返って来る咳に、目を丸くしながら何度も咳払いを続ける友人へ私は声を掛ける。


「ああ、ご、ごめんよいつりん」

「こんこんさま、こっちは私の友達の玲子。この町の子でこんこんさまも見たことあるって」

「れいこ」


 こんこんさまに自分の名前を呼ばれて、彼女はまた驚きを浮かべる。

 ただ、さっき程に緊張してはいない様だ。


「『でこ』でいいよ」

「よくねえよ!」

「でこ」

「えええええええ」


 こんこんさまにまで『でこ』呼ばわりされてムンクの絵 )゜O゜( みたくなってた彼女だが、ふと真顔に戻って私に尋ねて来た。


「それで……このまま学校に連れてくの? こんこんさま」

「ううん。ちょうどこの辺で別れるとこだった。前話した感じだから」

「前の話って……ひょっとして、あの……」

「そう。妖怪仲間との待ち合わせ」

「あれも嘘じゃなかったの……ってか、こんこんさまは妖怪じゃないでしょ」

「どうなんだろ。分からないな」


 口を尖らせた友人にそう答えると、ますます訝し気な顔になる彼女。


「いつりんが分からないって……家でこんこんさま祀ってたのに?」

「……だから分からないんだよ」


 私の前に戻って来ていたこんこんさまに目配せしながら頷いて見せる。

 こんこんさまは頷き返すとくるりと背を向けた。その後ろ姿へ声を掛ける。


「本当に、車に気を付けなさいよ」

「つけるのです」


 返事と共にさっと姿の掻き消えたこんこんさまへ、また目を丸くする玲子。




「学校の中でも、見える人とかそこそこいるよね」


 私と玲子の二人で学校の校門をくぐる。

 昇降口へ向かう途中で玲子が言った。


「多分ね」

「もし風見さんのグループとかに見られたら、大騒ぎになるんじゃないかな」

「どうかな。そもそもあの人が見えてないし」

「え? そうなの?」

「こないだ町で会ったけど、全然だった」


「いーつりんっ!」


 噂をすれば何とやらってやつだ。

 後ろからでもそれと分かる声を張り上げながら、風見紗綾が急接近し私達の前に回り込んだ。


「どうよ? 考えてくれた? 公式認定の話」

「いや、認定っていうんなら、何を認定するのかはっきりさせないと」

「何をって、アタシらの始めるこんこんさま推しのムーブメントっしょ?」

「それじゃダメなんだって。あの格好なら格好、グッズならグッズ、この活動、この団体って具体的なもんがないと、いいともダメとも言えないよ。お父さんがそう言ってたんだから」

「ダメなんて答えいらねえし。OK一択だっての! でもパパに聞いちゃくれたんだ、ありがと!」


 おや、礼を言われた。割と礼儀正しいな。二年間一緒のクラスで全然分からなかったけど。

 その後も教室に行くまでの間、彼女は自分の考えた『こんこんさまプロデュース計画』を延々私達に聞かせ続けてる。

 何でも、他校の友達にも協力してもらってこんこんさまブームの様なものを市内に広め、それがある程度定着した所で、市の観光課や保健衛生課にキャンペーンとかゆるキャラとか掛け合ってみるんだそうだ。

 随分と戦略的なプランだったとは思ったが、ふと気になった事を聞いてみる。


「でも学校だって始まっちゃったし、こう言ったら何だけど……広めきった頃じゃ間に合わなくなるんじゃない?」

「だーかーらー、鬼急いでんだってば! 学校の奴と顔合わせられっし、これからはガッツリ進めてくつもりだからね?」


 確かに彼女が朝一で登校してるのは珍しかったが、普通に勉強するつもりはない様だった。

 そうこう話しながら教室に着いてみると、担任の先生がもう来ていた。

 まだ朝のHRにも十数分早い。こんな時間に彼がいるのも珍しい。


「おお、おはよう。久しぶりだな」

「おはようございます」


 顔を合わせるのは数か月ぶりだったが、休校中もLINEや課題の提出でやり取りは少なくなかったから、あまり久しぶりって感じはしない。

 先生だけでなく、他に今来てるクラスメートにも数か月ぶりに見る顔は少なくなかった。

 しかし、先生はやたら眠そうだった。元々ローテンションな人だったが、ここまでではなかった気がする。

 よく見れば彼の手にあるのは出席簿でも指導要綱でもなく、次亜塩素酸のパックと雑巾だった。


「消毒ですか」

「ああ、朝六時から出て来て今までだ。放課後もまた一時間やるんだと。毎日。しかも無給で」

「うわあ……」


 思わず、さっきのでこ娘みたく彼に向って柏手を打ってしまう。

 ぱんぱんぱんっと。


「あの、私達も何か手伝いましょうか?」


 おでこちゃんもとい玲子がそう言ったが、先生は即座に首を横に振る。


「いやいい。もう朝の分の作業は終わったからな。それに……」


 ジアパックと雑巾を教壇の上に放り投げて、彼は話を続けた。


「その気持ちは立派だと思うが、そういう立派な心掛けの生徒がいるとな……今度はお前らが『自発的に』やらされる事になるぞ」


 彼の言わんとする事は大方分かった。玲子はいまいち呑み込めない様子で首を傾げていたが。

 まあ後で解説してやればいいだろう。


「貧乏くじ引かされるのは俺らだけでいい。良くはねえが、押し付け合っちまうよりはましだ」

「でも、私たちが授業を受ける教室です。その衛生環境を安全にする為の事なんですから、私達も何かした方が」

「言っとくが、あまり安全にはなってねえぞ?」


 先生の返答に玲子がまたぽかんとする。


「素人がよく分かんねえで拭いてるんだからな。じゃあ何の為にやってるんだとか聞くなよ?」

「学校のきちんとやってるってポーズですか?」

「だから、答えんなっつうの」


 私の答えにそう言いながらも先生は苦笑する。私もニッと笑い返した。

 個人的にだが、いい先生が担任になったと思ってる。


「まあ、ぶっちゃけ授業中でエナジー補充するつもりだけどな。そこの所は勘弁してくれよ」

「はい。でも私は黙ってる位しか出来ませんし、色んな子がいるんですから傍目で分からない程度でお願いします」


 そんな事を言いながらも彼は、一時限の授業が始まると普通に授業を進めてくれた。

 今までの課題の足りない部分も補う、いつもよりも分かり易い話だった。

 ただやっぱり眠そうだったし、休み時間や他のクラスの自習では居眠りしてたっぽいが。

copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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