ep.5
あの夜会から数日後、カレヴィとエリーナが一緒にわたしを訪ねてきた。
あの日のお詫びと、お礼を言いに。
「ありがとう、リディアーヌ嬢。あなたのお陰でエリーナと仲直りができた」
穏やかな表情で礼を述べるカレヴィに、わたしは微笑む。
「わたしはなにもしていません。お二人が仲直りをできたのは、お二人が互いに歩み寄ったからです。わたしはたまたまあの場を通りかかっただけですもの」
「あなたがあのとき通りかかったから、わたくしはカレヴィと仲直りできたの。もし、あなたがあのとき通りかからなかったら、きっとわたくしはカレヴィの話を聞くことなく、彼との婚約を解消していたわ。だから、あなたのお陰なの。本当にありがとう。そして、巻き込んでしまってごめんなさい」
「エリーナさま……」
「わたくしたちのせいで、あなたは恐ろしい目に遭ってしまった……本当に、なんてお詫びをすればいいのか……」
悔やむように俯いたエリーナに、わたしは小さく首を振る。
「確かに恐ろしい目には遭いましたけれど、結果として、わたしはこの通り無事で、エリーナさまたちは仲直りができた。それに、わたしが恐ろしい目に遭ったことに関しては、エリーナさまやカレヴィさまが責任を感じる必要はありません。わたしの運が悪かっただけ……それに、エリーナさまやカレヴィさまも、わたしと同じ被害者ですし、どうかお気になさらず」
「リディアーヌさま……ありがとう」
潤んだ目をして、エリーナはお礼を言う。
そんな彼女に、わたしはにっこりと笑ってみせた。
「お二人が仲直りできて、本当に良かったです。どうかお幸せに」
「本当に君にはお世話になった。俺たちで力になれることがあれば、力になると約束する。なにかあったら気軽に連絡をしてほしい」
「まあ、心強いです」
「それと……エリク殿下にも、わたくしたちがお礼を言っていたと伝えてくださる?」
「ええ、必ず伝えます」
力強く頷いたわたしに、二人はほっとした顔をする。
そしてもう一度わたしにお礼を言って、二人仲良く帰っていった。
そんな二人を見送ったあと、わたしは中庭に向かった。
「会わなくて良かったの?」
そう尋ねたわたしを、エリクは本から顔をあげて見たあと、頷く。
「会わなくていい。別にお礼を言われるようなことはしていないし、ぼくはぼくのやりたいようにやっただけで、あの二人が仲直りできたことにぼくは関与していない」
「またまた……エリクが言ったんでしょう。二人は両思いだからもっと話し合おう、って。だから二人は仲直りできたのだわ」
「ぼくは言っただけ。実際に仲直りできたのは二人が仲直りしたいと思ったからだろ。ぼくは関係ない」
どこまでも素直じゃないエリクに、わたしは眉を寄せてみせる。
だけど、エリクならそう言うんじゃないかとは思っていた。
「……ねえ、エリク。聞いていい?」
「だめって言ってもどうせきみは聞くんでしょ」
ため息交じりにそう言ったエリクに、わたしは笑顔で頷く。
さすがエリク。わたしのことをよくわかっている。
「どうしてあの夜会に参加したの?」
「……リディには言っていなかったけど、もともと、あの夜会には参加するつもりだった。あの夜会を催した家を例の窃盗団が狙っていることは、事前に情報を掴んでいたから」
「なんで言ってくれなかったの?」
「きみを驚かせようと思ったというのもあるけど……ぼくがあの夜会に出ることを知られたくなかった。どこでなにを聞かれているかわからないからね。下手に情報を漏らして、例の窃盗団に逃げられたくなかったんだ」
「……ふうん」
まるでわたしの信用がないみたいでちょっと気に入らないけれど、エリクの考えもわからないわけではない。
たぶんだけれど、エリクはわたしを信用してないから言わなかったわけではなく、ただ警戒して言わなかっただけなのだと思う。
「……それに、下手に話して、きみをぼくの協力者だと窃盗団に思われるのも避けたかった。リディの社交界デビューを邪魔したくなかったし、きみを危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
「エリク……」
……ああ、やっぱり。
エリクはなんだかんだ言って、優しい。
いつもは意地悪なことばっかり言うけれど、それはわたしに甘えているからだ。
わたしにならなにを言っても大丈夫だって、信頼してくれている。
それがわたしはすごく嬉しくて、ちょっとだけ優越感がある。
いつも意地悪なくせに、たまにわたしが体調を崩すと、わたしの好きな果物を贈ってくれる。そして元気になると、意地悪なことを言いながら、わたしの好きなお店のお菓子をくれる。誕生日には、わたしはほしいなと思っていたものをくれることだってあった。
意地悪で、ときどき優しいエリク。
家族のように、エリクはわたしにとって大切な存在だ。
「……まあ、結局リディを危険な目に遭わせてしまったわけだけど……」
淡々と、だけどどこか悔やむように言ったエリクの手を、わたしはぎゅっと握る。
エリクは驚いた顔をしてわたしを見つめる。
「エリク、わたしを助けてくれて、ありがとう」
「……きみがあんな目に遭ったのはぼくのせいだ。だから助けるのは当然だ。本当は危険な目に遭わせないようにしなきゃいけなかったんだから、ぼくにお礼を言う必要はない」
「あれは不運な事故だった。だから、エリクのせいじゃないわ。それに、一番悪いのはロズリーヌだもの。だから、お礼を言わせて。──あのとき、助けてくれて本当にありがとう」
「……」
エリクは目を見開いてわたしを見つめ、ふいっと視線を逸らした。
「……別に。ぼくがきみを助けるのは、当然のことだから」
「うん」
素直にお礼を受け取らないのがまたエリクらしくて、わたしはにこにことして頷く。
わたし、知っているよ。それがエリクの照れ隠しだったこと。
その証拠に、耳が真っ赤だもの。
「ねえ、エリク。あのロズリーヌと名乗っていた彼はどうなったの?」
エリクのために、話題を違うものに変えてあげた。
さっきの話を続けると、エリクは怒り出しそうだったから。それが照れ隠しなのもわたしにはわかるけれど、それでわたしの好奇心を満たせなくなるのも勿体ない。
「……逃げた」
「え?」
苦々しい口調で言ったエリクに、わたしは目を見開く。
……逃げた? あの、厳重な警備を引いている牢屋から?
「だ、だって、彼は王城の牢屋に入れらたのでしょう? あそこはすごく警備が厳重だって……」
「その通り。ほぼ完璧に近い警備体制を引いているから、普通なら逃げられるはずがない。だけど、彼は逃げ出した」
「それって、つまり……」
「認めがたいことだけど……内通者がいるんだろうね」
「そんな……じゃあ、窃盗団を捕まえるだけ無駄だってこと?」
絶望的な気持ちで聞いたわたしに、エリクは無表情に答えた。
「そうなる、のかな。ああ……でも、彼以外の窃盗団は逃げ出していないから、完全に無駄というわけではないのかもしれない。かなりの数の団員を捕まえられたから、彼らもしばらくは大人しくせざるをえないんじゃないかな。少しの間だけだけど、平穏は取り戻せたんだ。それだけでいいと思うしかないんだろうね」
淡々とエリクはそう言う。
けれど、内心では相当悔しがっていると思う。なんだかんだで、エリクは負けず嫌いだから。
だからきっと、今回は取り逃がしてしまった彼を捕まえる手立てを頭の中で考えているんじゃないかな。あくまでも、わたしの想像だけど。
「……まあ、逃げた彼が窃盗団の幹部クラスであることは、間違いないだろう。それが知れただけでも、今回の大捕物は成果があったと言える」
「そうなの」
難しいことはわからないけれど、エリクが怒られないのならそれでいい。
……というか、なんでエリクがあの窃盗団を捕まえようとしているのかがよくわからないな。なんでだろう。興味なさそうなのに。
「なんでエリクはあの窃盗団を捕まえようとしているの? わざわざ嫌いな夜会にまで出て」
ふと疑問に思ったことを口にすると、エリクは顔を顰めた。
いや、エリクは相変わらず前髪で顔を隠しているから、前髪の隙間からうっすらと見えただけで、実際に顰めたのかはわからないのだけど。
……あれ? わたし、変なこと聞いたかな?
「……知りたい?」
「うん、知りたい」
素直に頷いたわたしに、エリクは黙り込む。
そして、口元をにぃっとさせ、「秘密」と答えた。
「な、なんで!? 教えてくれてもいいじゃない!」
「いやだ」
「けち!」
「なんとでも言えばいいよ」
「エリクの意地悪! 威張りんぼう! 負けず嫌い! 鬼畜!」
「あーはいはい。どうせぼくは意地悪で威張りんぼうで負けず嫌いな鬼畜ですよ」
「むうっ……」
涼しい顔でわたしの悪口を流すエリクに、わたしがむくれると、エリクはフッと笑う。
「そんな顔をしても教えない。……今はね」
「!」
今はってことは……いつか教えてくれるってことだよね?
なら、まあ、いいかな。
「わかったわ。教えてくれるのを待っている」
にっこりと笑って言ったわたしに、心なしかエリクは優しい目を向けた。
そんなエリクは、とってつけたように「そういえば」と言い出す。
「なに?」
「リディの理想の王子さまは見つけられたわけ?」
「……わかっていて聞いているでしょ」
そう聞いたわたしに、エリクはにやりと笑う。
絶対、故意犯だ!
あんな事件があって、理想の王子さまなんて見つけられるわけがないのに!
「いいもん。まだ次があるんだから。次こそは見つけてみせるわ!」
「……まあ、あがくだけあがいてみたらいいんじゃない」
「なによ、その言い方!」
まるで理想の王子さまなんて見つけられるはずがないみたいじゃない!
プンプンと怒るわたしに対し、エリクは涼しい顔。エリクはわたしが怒っていても、まったく動じない。
こういうとき、幼馴染みって厄介だなって思う。
「次こそは絶対、理想の王子さまを見つけてやるんだから!」
「あっそ。まあ、頑張れば?」
そう言ってエリクは本に視線を落とす。
そんなエリクを腹立たしく思うのはいつものことで。
だけど、わたしはこんなふうにエリクと過ごす時間が、とても大切だと思う。
怒っても、喧嘩をしても、こんなふうにエリクと何気ない会話を交わせることがわたしの中では大好きな時間で、とても大切な〝当たり前〟のこと。
今まで意識しなかったことだけど、こんなふうに思えたのは、危険な目に遭ったからだろうか。
読書に集中しているエリクを見ながら、わたしは小さく呟く。
「エリクがわたしを助けてくれたとき……すごく格好良かったよ」
「……」
わたしの呟きに対し、エリクはなにも返さない。
だから、きっと聞こえなかったんだろう。うん、聞こえなくてもいい。
わたしを助けてくれたときのエリクは本当に格好良くて、素敵だった。
それを知っているのは、わたしだけでいい。
「ありがとう、わたしの王子さま」
そう呟いて、わたしは家の中に戻る。
一度も振り返ることなく家の中に戻ったわたしは、エリクが耳を真っ赤にして本に頭を埋めているところを、残念ながら見ることができなかったのだった。




