第一曲 姉貴
みんなと別れて家に帰る。家は一戸建てで2階建て。
「ただいま~」
返事は無い。どうやら両親共に寝てしまったようだ。
親父は早寝で21時には寝てしまう。遺伝のせいか、僕も夜更かしは苦手なんだよな。夜更かしできないせいで人生の半分は損していると思う。
さて、着替えて風呂に入るか。僕の部屋は2階だ。
「おかえり~」
階段の上から声がする。
「あ~姉貴。起きてたのか。」
僕には少しだけ年の離れた姉がいる。『弥勒寺 香』大学1年生だ。
いわゆる一流大学と呼ばれる大学に通っているが、心無い同級生の不祥事で就職活動に影響があるのではないかと言うのが今の悩みらしい。ただ、まだ今は1年生なので、一生懸命バイトの家庭教師、遊びに日々励んでいる。
容姿は長身細身でロングヘアー。
本人は髪の編み込みにハマっていて、日々髪形の研究をしている。外では『綺麗なお姉さん』って感じで男にもモテるらしいが、恋愛に興味は無いとか。だけど恋愛に興味が無い分、僕に対して一生懸命と言うか、何と言うか……困ったものなのだ。
「おかえりなさい翔ちゃん! こんな遅くまでどこに行っていたの? 起きてたのって、まだ12時じゃない。フツーの女子大生の夜はこれからだよキミ♪」
「そっか。友達とファミレスで話してた~」
「友達って、女の子?」
「うん。男子と女子、両方いたよ~」
姉としては弟の恋愛事情が心配なようだ。ただ、僕は毎日チビトリオに囲まれていて恋愛どころの騒ぎではない。チビトリオも女だけれど、とても恋愛対象には思えないし悪友と言う感じだ。でも、姉からすると僕からの回答が意外だったらしい。
「えっ?! 女の子?! 翔ちゃん狙われているんじゃないの?! まだ高校生なのに変なことしちゃダメだよ!!」
「何言ってるんだ? 変なことってなんだよ! 普通に話していただけだよ」
「だったら良いけどさ~そうだ翔ちゃん! 今度の休みにデートしようよ!」
「無理。次の休みはバイトだよ。バイトじゃなくても行かないよ。彼氏作れば? モテるんでしょ?」
「つまんないなあ……翔ちゃんが居れば彼氏なんていらないよ~!」
うわっ! 抱きついてきた! 話していると必ず1回は抱き着いてくる。前なんてもう少しでキスされそうになったくらいだ。ブラコンも程々にして欲しい。
「や、やめろって!」
「いいじゃないかあ♪ お姉ちゃんは翔ちゃんが居たら十分なの~♪ 翔ちゃんと結婚できたらいいのにね♪」
頬を摺り寄せながら満足気に耳元で囁く。
「だから、やめろって!! あ! 何か頬っぺたザラザラしてる? 肌が荒れているんじゃない? 睡眠不足で肌が荒れてるんじゃないの?」
「こらっ! 女子に失礼なこと言うな!!」
想定外の突っ込みを受けて思わず離れる姉貴。
「やべっ!」
「こら待て! 逃げるな!!」
--バタンッ!
僕は慌てて自分の部屋に逃げ込んだ。何だかんだ言っても面倒見の良い姉貴には世話になっているし感謝している。高校受験の時も姉貴に勉強を教えてもらったし、姉貴がいなかったら今の高校に合格できなかったし大学受験でもお世話になるに違いない。
さて、風呂に入って寝るか……
姉貴が居なくなったことを確認して風呂場に移動した。身体を洗ってから湯船に入って今日の事を考えてみる。今日1日、色々な出来事があって、朝登校したのが、ずいぶん昔のことのようだ。
ブリドリ……あの大人気バンドに入ったとして、果たして僕はやっていけるのだろうか。祥は僕にリズム感があると言ってくれたけれど、それだけのことでバンドは出来るのだろうか。そもそも何の楽器をやるのだろう?ギターが祥で、ボーカル拓人、ドラム哲太。
みんなの割り当て以外の楽器をやるとは思うけど、そもそも僕は、どんな楽器が他にあるのかわからない。担当する楽器くらい聞いておけばよかったな。祥に聞いたところで「楽器何て何でも同じだよ! 出来る出来る!」って軽い返しが来るに違いない。
確かにバンド活動に打ち込めば退屈な毎日が一変するだろう。刺激を受けると言う意味では僕にとってプラスになると思う。だが、ブリドリの他のメンバーはどうなんだ……?
2年遅れで楽器をやったことが無い素人の僕が入ったら、彼らの足を引っ張ることは避けられない。
拓人、哲太がバンドを始めた時も、全くバンド経験が無いところから始めたと聞いている。だけどそれは今の僕の状況とは異なるのではないか。
彼らの場合、スタートはバンドの立ち上げからなのだ。それに対して僕は途中からの加入になる。これはかなりのプレッシャーだ。
いくら祥がフォローしてくれるとしても、演奏するのは僕なのだ。考えれば考えるほどマイナス思考が膨らんでいく。
ファミレスでOKしなくて良かった。今落ち着いて考えてみると不安要素が数えきれないほどある。むしろプラス要素が見つからない。
バンド経験が無いのだから、プラス要素を思い浮かべる方が難しいのは当たり前と言えば当り前だ。断るか、それともダメ元で初めてみるか。1週間悩めるのだ。その間に自分なりにバンドについて調べてみようかな。
そう言えば、バイト先にバンドをやっている人がいたっけ。明日はバイトだから、バンドについて聞いてみようかな。
僕は風呂から上がり自分の部屋に戻るとベッドに倒れこんだ。頭を使いすぎて疲れたのか、あっと言う間に眠り込んでしまった。




