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プロローグ

この小説は一人の少女を中心とした、いくつかの短編をまとめた内容になる予定です。

 彼女が力を自覚・・したのは十歳の頃。

 だが、実際に使ったのは更に五年も前・・・・のことだった。


 少女はベッドルームに居た。

 広々としたその部屋は服や本がそこら中に散乱していて逆に狭くすら見える。

 部屋の中央には天蓋付きのベッドが一台。

 とてつもなく細工が豪奢で、庶民が見ればどれだけ金がかかるのか想像もつかないだろう。

 それはこの家の豊かさと両親が彼女に溺愛していることを物語っていた。

 その上ですやすやと寝息を立てる彼女は清潔な肌着に袖を通し、愛らしい顔に安らかな表情を浮かべ、ある夢を見ていた。


 それは不思議な夢だった。

 真っ白なキャンバスに黒い画材で描かれた二色の世界。

 木炭画とは違う。もっと色が淡く、境界線が曖昧な映像だ。もしも彼女が水墨画というものを知っていればきっとそう表現した事だろう。

 そこで少女は誰かを見上げていた。

 ──誰?

 彫りの深い男だ。

 あと十年若ければ多くの女性が放っておかなかっただろう、初老の男性。

 彼もまた、膝を抱えて座り込む彼女を奇妙な表情で見下ろしていた。

 少女の直感が「もしかして」と告げる。

 ──お父様……?

 いや違う。少女は首を振った──夢の中の彼女は微動だにしないが。

 父は昨日もまた自分を膝の上にちょこんと載せて、『おしごと』の話を自分に聞かせてくれた。自分が生まれる少し前に『ぼうえき』という仕事を成功させたこと。そして船に乗って海を渡り、色んな『しょうひん』を海の向こう側に売ったこと。

 その時の優しい表情はこの男とはあまりにもかけ離れ過ぎていた。

 この男の顔は、焦りと苛立ちに恐怖を混ぜた面持ち。それは少女が初めて見る顔だ。

 ──知らない人……知らない表情……でも──

 果たしてどういう時であればそんな顔をするのか、少女にはまったく想像もつかない。

 ただ──父とはまるで兄弟の様に・・・・・・・・、どこか似ていた。

 とはいえ温和な父がそんな風に自分を見る訳がない。

 他人の空似だろうだろうと一蹴した。

 そもそも自分の良く知る父は、彼のように白髪交じりの頭でもなければ、皴が刻まれた顔でもないのだから。

 やがて男は、なにも言わずに背中を向けてその部屋を立ち去って行った。

 彼が消えたことで開ける視界。夢の中の自分は立ち上がることも首を振ることも叶わないが、これで少女は周囲の状況をようやく視認する。

 そこは山のような樽と木箱が積み込まれた部屋だった。

 そして後ろからはいくつもの話声。ひそひそと囁くようなそれは男や女、枯れた年寄りに神経をとがらせた若い青年まで。様々な声が少女のことを呟いていた。

 そして唐突に、ゆらりと。

 部屋が大きく揺れ出すと、少女の小さな体も部屋に合わせてゆらりゆらりと……


 ……少女が目を開けると──それは鮮明だった。

 いつもならどんな悪夢も目覚めてしまえば霧の中。必死になって思い出そうとしても、はっきり覚えていた事は絶対になかったというのに。

 だが今日は違った。それこそたった今さっき夢の内容を本で読んだかのように、見ていた映像を思い出せていたのだ。

 ──どういうことなの……。

 ただ怖かった。気持ち悪かった。きっとこんな事が初めてだったからだろう。

 まだ幼かった彼女はぶるりと小さな体を震わせて、縮こまる以外できなかった。


 五年後──愛されていたはずの少女は、気味悪がられていた・・・・・・・・・


 気付けば父も母も揃って彼女を不気味だと煙たがった。

 それは必然だったのかもしれない。

 少女はいつからか、朝起きると度々どんな夢を見ていたのかはっきりと覚えていた。それは彼女にとっては不安の種。胸の内に抱えていたもやもやを少女はやがて家族に相談しだす。

 そして月日が経つと、それは現実となった。

 初めの内は何かの偶然だろうと夫婦は明るく笑った。だが何度も続くと、それは青ざめた。いつしか少女の存在は二人にとって形ある恐怖へと変貌していった。

 予言が現実となればなるほど、家族の絆はひび割れていく。やがて彼女の力を恐れた両親は何も言わず遠ざけ、全ての世話を使用人に押し付けた。少女も二人の気持ちを察したのか、感情を押し殺し、自ら部屋に閉じこもるようになった。


 ある日の事だ。

 少女の父は唐突に彼女の部屋を訪れ、手を引いて外へと連れ出した。

 彼は仕事用の綺麗に整えられた洋服を。

 彼女は地味だが丈夫なワンピースを。

 久しぶりに見た父親にはあの頃の面影はどこにもない。それはまるで雨ざらしにされた本のように変わり果てていた。

 それでも少女はもはや再開の喜びも失われた悲しみも感じない。

 代わりに胸に浮かんだ感想を独り言のように呟いていた。

 すっかり変わられましたね、と。

 その言葉に返事はなかったが、少女は何も思わなかった。父の普段を考えればそれが当然なのだ。

 ただ一点。

 不思議な事にそんな彼の姿に既視感を覚えていた。

 終始無言のまま馬車に乗って二人が向かった先は近場の港町だった。陸地から伸びた巨大な桟橋に泊めた一隻の貨物船に、案内されるがままに付いていくと。

 そこにはみすぼらしい格好の先客がいた。

 その数二十余名、大半は男。歳は若い青年から白髪の生えた中年まで。老人はいないが、男女様々な年齢の人間がそこには揃っていた。彼らは共通して、少女にしては質素なその格好よりも皆一層粗末で汚れた服装で、何よりも酷く目が淀んでいた。

 少女は腕を引っ張られ放り投げだされると、彼らの真似をしてぎこちなく木目床に腰を下ろす。

 異論はない。周りがそうしているのだから、そうするのが自然だと思ったからだ。

 床がしっとりと湿っていて尻が冷たかったが、反射的にびくりと腰を震わせるだけでこれといって文句は出なかった。

 代わりに無言で顎を上げると、喜怒哀楽の欠けた表情で父親の顔を見つめた。

 そして、


 ──そっか。そうだったんだ・・・・・・・


 少女はすべてを悟った。

 昔見たあの夢を、

 あの男の正体を、

 あの表情の意味を。

 そして自分が父の『しょうひん』だということを。

 それは初めての感覚だった。全く異なる二つの破片ピースの割れ目を合わせてみたら偶然にも噛み合ってしまうような、強力な既視感と共感を少女は感じていた。

 彼女の目に映った光景は、五年前に見たものと瓜二つ──否、そのもの・・・・だった。

 あの時みた夢は五年先の自分の視界だったのだ。その事に思わず笑ってしまうくらい納得して、そして少し嬉しかった。

 だったらこうなってしまったのも仕方ないだろう、と。

 しかしそんな少女の内心とは裏腹に、父親は絶望的な違和感を彼女から感じていた。突然こんな場所に無言で連れてこられ、わがままの一つでも言うどころか何も言わずに受け入れている自分の娘。

 果たして彼女は本当に私の娘なのか。

 そもそも人の子なのか。

 その白い柔肌の下にはおぞましい怪物が潜んでいるんじゃないだろうか、と。

 少女の父親は心労が刻まれた顔面を負の感情で歪ませた。

 彼が次の行動へ移るには十数秒を要した。硬直した体をみしみしと強引に振り返らせて、その場から姿を消すというただそれだけに。

 扉の音を合図に、途端に声を押し殺して新たな仲間の事を話し出す部屋の住人達。

 やがて帆を張り体を揺らして大海原へ走り出す貨物船。

 

 十歳の少女は、ようやく自分の力の存在を知る。

 父と母を恐怖に陥れた底知れぬ存在を。

 正体は未来を知る力か、あるいはまったく別の本質。

 だがしかし、彼女には考えられなかった。

 二人の様にこの力を恐怖し、突き放し、逃げ出すようなものには到底思えなかった。

 きっと分かり合えるはずだ、と。

 だから彼女はその力にこう名前を付けた。

 分かり合うための第一歩として。


 容易く人の命を飲み込む広大な大海、その深淵に静かに輝く一筋の希望。

 ──海に沈んだ星(マリステラ)、と。


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