第二部 第三話「幼き視線の先に」
嵐の様な夜は明け、穏やかな眠りから目覚めたアルラウネ。
その小さな胸の奥に、ソレントとソレントの境遇を全て受け入れようと誓うアルラウネ。
そしてソレントによって、市民広場とオーケストラ(無料劇場)を案内されるアルラウネであった。
全編会話劇のみの、哲学ファンタジー第二部第三話を是非ともお読みくださいませ。
**朝食**
「おはよう、アルラウネよ。昨夜は眠れたか?」
「…ソレントの歌声を聴いてたらいつの間にか寝てた…。
朝も凄くすっきり目覚めた…。」
「まぁ、それは良かったわねぇ。
本当に仲直りの早さは子供ならでわね。」
「おはようございます、アルラウネお嬢様。
今、パンとミルクをお持ちします。」
「…全部はまだわからない…。
でも、こうやってソレントが働けるのは、お義父さんと国のおかげ?」
「一晩で物分かりが良くなったではないか、アルラウネよ。
そうだ。自立と責任の名の下に労働は社会との輪を繋ぐ。
この考えが私とカイレフォンの違いだ。」
「お義父様、良いではありませんか。
私はこの結果を少しも恨んでいません。
それに…。」
「『舞台には唯、演者のみが存在する』であろう?全く、私や息子達がソレントの時くらいの年にはもっと子供だったというのな。
それに比べてカイレフォンの所は…。」
「あら、貴方。
いいじゃあありませんか。他所は他所ですよ。」
「テーゼよ、わかっている!
だが、あまりにソレントとの…。」
「ソレント、あとは私がやるから馬車の準備をなさい。
広場とオーケストラを案内するんでしょう?」
「はい、お義母様。」
「行ってきます。お義父さん、お義母さん。」
「嬉しいわ、アルラウネちゃん。
こんなに早くお義母さんて呼んでくれて。」
「…奴隷が全部正しいとは、まだ思えない…。
でも、ソレントが呼んでる様に呼べば、ソレントの気持ちが今より解る気がして…。」
「アルラウネよ、それでいい。何よりも自分の目と耳で確かめることだ。
きっと劇場はお前に新たな発見を与えるであろう。
頼んだぞ、ソレントよ。」
「はい、行って参ります。」
**二人が行った後の屋敷**
「テーゼよ、やはり私は間違っていたのか?
カイレフォンは少年奴隷を見つけては私財を投げ売って、無条件に買い戻しては自分の養子としているというのに…。
私は、幼いソレントに重い借金と労働を背負わせただけではないのだろうか?
カイレフォンならきっと盲目的にソレントを養子にしたかもしれない。」
「貴方、あの子がいい子になったのは、毎日の労働と、貴方の演劇指導、そしてあの子自身の歌声があったからではありませんか?
それに、私はあそこの奥さんも養子達も苦手です。
カイレフォンさん自身はいい人なんですけどねぇ。」
「テーゼ、お前らしいな。」
**市民広場**
「今日は特に賑やかですね。
自由市場は厳格な出店許可が必要ですが、市民広場では物を売ろうが、働き手を募集しようが誰にも咎められませんからね。」
「…自由市場より広場の方が自由…。」
「そうですね、まだ地震の影響が大きく、出店許可証を持たない者が生活の為に広場で露店をされてる方が多いようですね。」
「…奴隷の人も店を開けるのね…。」
「お坊っちゃんにお嬢ちゃん。
取れたての果物はいかが?
市場より三割、四割安いよ。」
「…美味しそうなオレンジ…。
私の村のオレンジとは色も形も違う…。
初めて見た…。」
「申し訳ございません。
本日は余分な買い物をする持ち合わせがありません。
しかし…。
おばさん、少しだけオレンジ二つ取り置きしておいてくれ。」
「…ソレント、何をするの?」
「お嬢様、ここでは奴隷が芸を披露しても咎められません。
少し小銭を稼がせていただきます。
暫しお待ちを。」
「あらま、何て綺麗な歌声だい。
こっちがお金払いたいくらいだよ。」
「いいぞー坊や~!」
「これ少ないけど取っといて~。」
「今度いつ来るんだ~?」
「…凄い…。町の人が次々にお金を…。」
「オレンジ二つにしては十分過ぎましたね。
今日は上出来でしたよ。
さぁ、オーケストラに向かいましょう!」
**オーケストラ(無料劇場)**
「やはり復旧が遅れている…。
政治や商業の施設より後回しか…。」
「…仕方ないわソレント…。
公演が観れないのは残念だけど、建物を間近で見れて良かったわ…。
もう行きましょう?」
「いいえ、お嬢様。オーケストラが休館しているからこそ来たのです。
復旧工事もやっていない今日だからこそ、アルラウネお嬢様に見せたかったのです。」
「…まさか忍び込む気…?
…私、あの劇場から嫌な予感がする…。」
「誰もいない劇場でお嬢様にだけ、歌と踊りを披露したいのです。」
「…意外と強引…でも嫌じゃない…。」
**劇場内舞台上**
「広い…、これが全部無料なんて…。
…お義父さんはどんな劇を書いてるの?ソレントはどんな役?」
「お義父様は本当は科学的な発見を盛り込んだ学術劇をやりたいそうなのですが、中々良い学者が居なくて、最近は神話劇ばかりです。」
「…学者のマケドニウスに頼めばいいのに…。」
「外国の留学生が我が国に情報を落とすはずありませんよ…。
それよりも客席から私を観てて下さいませ。」
「…本当に透き通る様な声にうっとりする…。」
「如何でしたか?アルラウネお嬢様。」
「…声は綺麗…。でも神話時代の曲は難しいし…。台詞と踊りは普通…。」
「ハハッ、さすがお嬢様は手厳しい。きっと神話時代の若者達も、全てを理解して聴いていたとは思えませんよ…。」
「…舞台では奴隷も市民も関係ないんだよね…。
演技や歌は自信ないけど、踊りはお婆ちゃんに少し習った…。
ソレント…私と踊って…。」
「はい、お嬢様。喜んで…。」
「…舞台ではアルラウネって呼んで…。」
「ア、アルラウネ…。
思えばオーケストラとは上手い制度だ。観客は無料で観れるが、興味を持った者だけが有料のプログラムを買う。
そして学者と作家は有名になり、名を上げた歌手や役者は富裕層との縁談が持ち上がる。
お義父様の劇団には私以外の奴隷身分の者も数多く在籍しています。」
「…私もお義父さんの劇団に入ってお金を貯める。
そのお金でソレントを解放する…!」
「お、お嬢、アルラウネ…。本当にありがとうございます。
そのお気持ちだけで、私は明日も生きていけます。」
「…ずっとこうして手を繋いで踊っていたい…。
今はチョーカーもブレスレットも見えない…。」
「アルラ…。う、うわぁ~床がっ!」
「…ソレント大丈夫?…地震の影響で舞台の床が傷んでたんだわ。」
「困りましたね。すっぽりと腰まで底が抜けた床にハマるとは。」
「うぅ~ん…駄目…!私の力じゃ引き抜けない…。
待ってて。助けを呼んでくる…。
劇場に侵入したことは怒られても構わない…。」
「申し訳ございませんがお願いします、お嬢様。
どうやら嫌な予感は的中しましたね」
「ハッハッハ、劇場を利用しようと思いついたのは私だけでは無かったようだな!」
「…プルート!」
「久しぶりだな。アルラウネさんにソレントさんよ。」
「プルートさん、今日は闘技場で無報酬の試合があったのでは?」
「レスリングの試合は予定通り終わり、有志を集めて私の講演会に誰も居ない劇場を利用しようとしたんだが…。
まさかこんな小さな先客達がいたとはな…。さて、話は君を救出してからだな。
ディオン、手を貸せい!」
「手を貸してくれて有難いけど…。嫌な予感は彼等からだわ…。
特にあのディオンって人から感じる不思議な気配が…。
ううん、そんな事より今はソレントが…。」