002体目 お母さんは、どっちですか?
何でもできるのに、できれば何もしたくない。
そんな高性能アンドロイド・うららの、次の派遣先は共働きの三人家族。
仕事に忙しいお父さんとお母さん、そして小学三年生の男の子。
うららがやって来て、家族の日常は少しずつ変わり始めます。
笑いあり、涙あり、そして謎の全身タイツあり。
家族の幸せと、アンドロイドの幸せのお話です。
# 002体目 お母さんは、どっちですか?
「家事全般と、子どもの世話をお願いします」
玄関に立った女性は、スーツの袖を気にしながら言った。
「小学三年生の男の子が一人。私も主人も帰りが遅いので、夕食と宿題の確認、それから掃除と洗濯を」
「承知しました!」
ロボット家政婦紹介所から派遣されたアンドロイド、うららは元気よく答えた。
「それから、こちらのクッションを使ってもよろしいでしょうか?」
リビングには、人がすっぽり埋まるほど大きなビーズクッションがあった。
「ああ、それですか。主人が買ったんですけど、誰も使わなくて」
「では、使います!」
うららはクッションに腰を下ろした。
ずぶずぶと沈んでいく。
「……素晴らしい」
女性は少し不安になった。
本当に、このアンドロイドで大丈夫なのだろうか。
***
「ただいまー!」
学校から帰ってきた男の子は、リビングでクッションに埋まっているうららを見つけた。
「誰?」
「今日からこちらでお世話になります。うららです!」
「何してるの?」
「座っています!」
「……お仕事は?」
「これからです!」
男の子はしばらく考えてから、ランドセルを床に放り出した。
「じゃあ、遊ぼう!」
「その前に、ランドセルを片づけましょう」
「えー」
「終わったら、プリンを作りませんか?」
「プリン!?」
「はい。私も食べたいので!」
男の子は勢いよくランドセルを持ち上げた。
その日、二人はプリンを作った。
卵を割った男の子の手は、殻だらけになった。
「失敗した!」
「取れば大丈夫です」
「うららがやってよ」
「一緒にやりましょう。私も初めてのレシピなので」
出来上がったプリンは、少し固かった。
「おいしい?」
男の子が尋ねる。
「おいしいです!」
「ほんと?」
「はい! 次はもっとおいしく作れそうです!」
男の子は笑った。
「じゃあ、また作ろうね!」
***
それから、男の子の生活は少しずつ変わった。
脱いだ服を洗濯かごに入れるようになった。
食べ終わった皿を台所へ運ぶようになった。
朝は自分で目覚まし時計を止め、学校の支度をするようになった。
「最近、しっかりしてきたな」
ある晩、父親が言った。
「そうね」
母親は、息子の連絡帳に目を通しながら答えた。
「宿題も忘れないし、部屋もきれいだし。うららさんを頼んで正解だったわ」
「それなら安心だ」
父親はテレビのリモコンを手に取った。
リビングの隅では、うららと男の子が何かを相談していた。
「明日は何を作る?」
「オムライス!」
「いいですね!」
「うらら、ケチャップで絵を描いてよ!」
「私の似顔絵にしましょう!」
「えー! 黒い丸でいいじゃん!」
「それはひどいです!」
二人の笑い声が響いた。
母親は、少しだけ顔を上げた。
そして、また連絡帳に目を戻した。
***
授業参観の日。
母親は仕事を調整して、久しぶりに学校へ来た。
教室では、子どもたちが描いた絵が黒板に貼られていた。
今日の課題は「お母さんの似顔絵」。
母親は息子の絵を探した。
見つけた瞬間、足が止まった。
描かれていたのは、うららだった。
大きなクッションに座って、笑っている。
下には、息子の字でこう書かれていた。
『いつもいっしょにいてくれる』
母親は、しばらく動けなかった。
帰宅しても、あの絵が頭から離れなかった。
「うららさん」
「はい!」
「……あの子、最近、私がいなくても平気みたいね」
「そうでしょうか?」
「だって、何でも自分でするようになったし」
うららは首をかしげた。
「できることが増えるのは、うれしいことですね」
「そうね」
母親は笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
その夜、夫に話した。
「今日、学校でね。お母さんの似顔絵を描く授業だったの」
「へえ」
「あの子、うららさんを描いたのよ」
「毎日一緒にいるからな」
夫は何気なく答えた。
「いいじゃないか。うららさんに懐いてるんだろ?」
「……そういうことじゃないの」
「何が問題なんだ?」
母親は答えられなかった。
息子が元気なのは、うれしい。
できることが増えたのも、うれしい。
それなのに。
自分の子どもが、自分の知らないところで大きくなっていく。
そんな気がして、怖かった。
***
数日後。
学校から持ち帰った作文が、食卓の上に置かれていた。
題名は『ぼくのしょうらいのゆめ』。
母親は何気なく読み始めた。
『ぼくは、おおきくなったらロボットをつくる人になりたいです。
はたらくお母さんをたすけるロボットをつくりたいです。
お母さんは、いつもおしごとをがんばっています。
だから、ぼくもお母さんをたすけたいです。』
母親は、最後まで読んだ。
もう一度、最初から読んだ。
あの子は、私を見ていた。
私が思っていたより、ずっと。
帰宅した息子を、玄関で迎えた。
「おかえり」
「ただいま!」
「作文、読んだわよ」
「うん!」
「お母さん、そんなに忙しそう?」
「うん。でも、お仕事好きなんでしょ?」
母親は言葉に詰まった。
「……好きよ」
「じゃあ、ぼく、応援する!」
息子は当たり前のように言った。
母親はしゃがんで、息子を抱きしめた。
「ありがとう」
息子は少し驚いてから、母親の背中に手を回した。
***
「今度の金曜日、お休みを取ったの」
夕食の席で、母親が言った。
父親が顔を上げた。
「珍しいな」
「有給休暇。あの子と遊園地に行こうと思って」
男の子は箸を止めた。
「ほんと!?」
「本当よ」
「うららも!?」
うららは顔を上げた。
「遊園地ですか! 行きたいです!」
「じゃあ、ジェットコースター乗ろう!」
「ジェットコースター……です……か……」
うららの動きが止まった。
「怖いの?」
「いえ。アンドロイドが絶叫マシンに乗るには、専用の安全スーツを着用する必要がありまして……」
「着ればいいじゃん!」
「……非常に格好悪いのです」
男の子の目が輝いた。
「見たい!!」
「そう言うと思いました……」
***
遊園地は晴天だった。
男の子は朝から大はしゃぎで、母親の手を引いて走った。
うららも楽しんだ。
初めて食べる限定味のアイスクリームに感動し、ゲームコーナーでは景品を取るのに夢中になった。
そして、ついにジェットコースターの乗り場へやって来た。
「うらら! 着替えてきて!」
「……はい」
数分後。
戻ってきたうららを見て、男の子はその場にしゃがみ込んだ。
「ぶははははは!!」
全身を覆う黒いゴム製のスーツ。
顔も頭もすっぽり覆われ、目の部分だけがメッシュになっている。
母親も口元を押さえた。
「……うららさん?」
「私です」
「……本当に?」
「私です!!」
周囲には、同じようなスーツを着たアンドロイドたちが何体もいた。
赤、青、黄色、黒。
遊園地では、ごく普通の光景らしい。
「うらら、写真撮ろう!」
「この格好でですか!?」
「うん!」
「……せめて普通の服のときに」
「ほら、順番が来たわよ!」
母親に促され、うららは観念して乗り込んだ。
ジェットコースターが急降下する。
男の子は両手を上げて笑い、母親は悲鳴を上げながらバーを握りしめた。
その隣で、黒い全身タイツが両手を上げていた。
カシャッ。
記念写真には、三人が写っていた。
「買おう!」
男の子が言った。
「……本当に買うんですか?」
「もちろん!」
母親は笑いながら財布を取り出した。
「今日の記念だもの」
うららは写真を見た。
自分の表情は、まったくわからなかった。
「……せめて顔が見える仕様にしてほしいです」
***
その日の夜。
「今日、どうだった?」
仕事から帰ってきた父親が尋ねた。
「すっごく楽しかった!」
男の子は興奮しながら、一日の出来事を話し始めた。
母親も笑っていた。
「この子ったら、ジェットコースターに三回も乗りたがって」
「お母さんが一番怖がってたんだよ!」
「だって、あんなに高いと思わなかったんだもの!」
うららは二人の話を楽しそうに聞いていた。
母親と男の子だけで乗ったアトラクションの話は、うららにとっても初めて聞くことばかりだった。
「そんなことがあったんですか!」
「うららがいないとき、お母さんがね!」
男の子は得意げに話した。
母親も、うららの知らない息子の顔を話して聞かせた。
以前は、母親がうららに息子のことを尋ねていた。
今夜は、うららが母親に尋ねている。
「それで、そのあとどうなったんですか?」
「ふふ。それがね……」
父親は三人を眺めていた。
そして、ふとテーブルの写真に目を落とした。
「……この黒いの、誰だ?」
「うらら!!」
「…………」
父親は写真を持ち上げた。
「お前たち、何の組織に入ったんだ?」
***
それから父親も、少しずつ休日の過ごし方を変えた。
息子とキャッチボールをした。
三人で買い物に出かけた。
夕食の片づけを手伝った。
母親は仕事を辞めなかった。
父親も仕事を続けた。
ただ、二人とも、家族と過ごす時間を自分たちで作るようになった。
うららは相変わらずクッションに埋まっていた。
「うらら、今日はぼくがプリン作るよ!」
「楽しみです!」
「お母さんも食べる?」
「もちろん!」
「お父さんは?」
「俺も頼む!」
うららはクッションから顔を出した。
「私の分は大きめでお願いします!」
「うららが一番食べるんだから!」
***
月に一度の本社面談。
担当者は、うららの報告を読み終えて顔を上げた。
「ご家庭の状況、ずいぶん安定しましたね」
「はい!」
「ご両親も、お子さんと過ごす時間を取るようになったと」
「そうなんです!」
「そろそろ契約終了を検討できそうですね」
うららは少し黙った。
「……そうですね」
「寂しいですか?」
「はい」
担当者は、うららの顔を見た。
「楽しいご家庭だったんですね」
「とても!」
「では、次の派遣先も探しておきましょう」
「はい!」
うららは立ち上がった。
「あ、ひとつお願いがあります」
「何でしょう?」
「次のご家庭にも、大きなクッションがあるとうれしいです!」
担当者は深いため息をついた。
***
契約最終日。
玄関には、家族三人が並んでいた。
「うらら、また遊びに来てね!」
男の子が言った。
「はい!」
「今度はジェットコースター、四回乗ろう!」
「……それは検討させてください」
母親が笑った。
「本当にありがとう、うららさん」
「こちらこそ。とても楽しかったです!」
父親が小さな紙袋を差し出した。
「これ、みんなから」
中には、あの日の記念写真が入っていた。
小学生の男の子。
絶叫する母親。
そして、黒い全身タイツ。
うららは写真を見つめた。
「……やっぱり格好悪いですね」
三人が笑った。
「でも、大切にします」
うららは写真をしまい、玄関の外へ出た。
「それでは、行ってまいります!」
「いってらっしゃい!」
三人の声が重なった。
うららは振り返って手を振った。
次は、どんな家だろう。
どんな人たちだろう。
どんな楽しいことが待っているだろう。
そして。
大きなクッションは、あるだろうか。
うららは期待に胸を膨らませ、次の派遣先へ向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
家族だからといって、いつも一緒にいられるわけではありません。
それぞれに仕事があり、学校があり、自分の時間があります。
でも、誰かが楽しそうにしていると、自分もその輪に入りたくなる。
そんな小さな気持ちから、家族の時間が増えていくこともあるのでしょう。
そして、うららにとっても、この家族と過ごした日々は大切な思い出になりました。
ただし、思い出の記念写真は全身タイツ姿。
本人としては、少々不本意なようです。(笑)
さて、次はどんな家庭に派遣されるのでしょうか。
その前に、うららは本社へ安全スーツのデザイン改善を要求するかもしれません。
それでは、また次のお話で。
スルメ食う?




