001体目 お茶?飲みます!
高性能なのに、家事をしない。
料理も掃除もできるのに、今日もビーズクッションでゴロゴロ。
そんな困ったアンドロイドと、老夫婦の物語です。
笑って、怒って、また笑って。
何もしないことにも、理由がある。
ちょっと変わった家族の、長いようで短い日々をお楽しみください。
「うらら、お茶を淹れてくれんか」
「飲みます!」
「……誰がお前に飲ませると言った!」
「お茶菓子もあると嬉しいです!」
「この役立たずが!」
お爺ちゃんの怒鳴り声が、今日も居間に響く。
うららは、最新型の家庭用アンドロイドである。
料理、掃除、洗濯、介護、建築。搭載された知識も身体能力も、人間をはるかに上回る。
ところが、このアンドロイドには重大な欠陥があった。
働かないのである。
一日の大半を巨大なビーズクッションに埋もれて過ごし、口を開けば食べ物の話ばかり。
「お婆ちゃん、今日のお昼は何ですか?」
「昨日の残りのカレーよ」
「やったー!」
「お前も何か手伝わんか!」
「ルンバさんのお仕事を奪ってはいけません!」
「洗濯物くらい畳めるじゃろ!」
「お爺ちゃんの指先の運動になりますよ!」
「このポンコツめ!」
「ダメんドロイドと呼んでください!」
お婆ちゃんは、そんな二人のやり取りを見て、いつも笑っていた。
***
ある日の夕方。
突然、激しい雨が降り始めた。
「あら、お爺さん、傘を持っていかなかったわ」
お爺ちゃんは近所の囲碁所に出かけていた。
「うららちゃん、そろそろ帰ってくるかしらねぇ」
「そうですね」
うららは窓の外を見た。
そして、いつものビーズクッションから立ち上がった。
「ちょっと行ってきます」
「え?」
傘を二本持って、玄関を出ていく。
囲碁所の前では、お爺ちゃんが雨空を見上げていた。
「お爺ちゃん!」
「……お前、どうした?」
「お迎えです!」
「お前、歩けたのか!?」
「失礼ですね。歩けますよ」
「だったら普段から働かんか!」
「それとこれとは別問題です!」
お爺ちゃんは呆れながらも、差し出された傘を受け取った。
「……ありがとな」
「どういたしまして!」
二人は並んで家へ帰った。
***
別の日。
お婆ちゃんが高熱を出した。
「うららちゃん……寒いの……」
額に触れたうららの表情が変わる。
「お爺ちゃん、救急相談に連絡します。保険証とお薬手帳をお願いします」
受診先が決まると、うららはお婆ちゃんの前にしゃがんだ。
「お婆ちゃん、私の背中につかまれますか?」
「重いわよ……」
「大丈夫です。私、力持ちですから」
お婆ちゃんをそっと背負い、夜間救急へ向かう。
お爺ちゃんは、その後ろ姿を見つめていた。
「……あいつ、そんなこともできたのか」
翌朝。
幸い、お婆ちゃんの熱は下がった。
「うららちゃん、ありがとうね」
「どういたしまして!」
「本当に助かったわ」
「では、ご褒美にプリンをお願いします!」
「お前というやつは!」
「二個で手を打ちます!」
お婆ちゃんの笑い声が、居間に響いた。
***
それからも、うららは相変わらずだった。
お婆ちゃんの腰が痛ければ、丁寧にマッサージをする。
重い米袋は軽々と運ぶ。
お爺ちゃんが風邪をひけば、見事なお粥を作る。
ところが、元気になった途端、何もしなくなる。
「昨日のお粥、また作ってくれんか?」
「嫌です!」
「なんでじゃ!」
「もう元気でしょう?」
孫たちが遊びに来れば、全力で遊ぶ。
抱き上げてぐるぐる回し、とうとう泣かせてしまう。
「うららちゃん!もうやめて!」
「えっ、もう?」
「加減を知らんのか!」
「次回は回転数を下げます!」
「次回があると思うな!」
お盆には、キュウリとナスで馬や牛を作るだけでは飽き足らず、野菜で豪華な馬車まで作った。
「お婆ちゃん、これなら腰が痛くても楽に乗れますね!」
「まだ生きとるわい!」
ハロウィンには、子どもたちにお菓子を投げつける行事だと説明した。
「豆まきみたいなもんかの?」
「だいたいオッケーです!」
翌日、お爺ちゃんは孫からこっぴどく叱られた。
そんな毎日だった。
***
ある晩、お爺ちゃんが尋ねた。
「うらら。お前、何でもできるんじゃろ?」
「はい!」
「なら、どうして普段は働かんのじゃ?」
「だって、私が全部やったら、お爺ちゃんとお婆ちゃん、何もしなくなっちゃうでしょう?」
「楽でいいじゃないか」
「歩くのも、料理するのも、考えるのも、毎日の大事なお仕事ですよ」
「……そういうものかのう」
「だから、お茶をお願いします!」
「結局それか!」
うららは笑った。
お爺ちゃんも、つられて笑った。
***
年月が過ぎた。
お婆ちゃんの歩く速度が、少しずつ遅くなった。
お爺ちゃんも、以前ほど長く囲碁所にいられなくなった。
うららが台所に立つ日が増えた。
洗濯物を畳み、掃除をし、二人の身体を支える。
「お前、最近よく働くようになったのう」
「そうですか?」
「昔はお茶の一杯も淹れんかったのに」
「早く元のダメんドロイドに戻りたいです!」
「なんじゃそりゃ」
「だって、そのほうがお二人とも元気ってことでしょう?」
お爺ちゃんは、何も言わずに笑った。
そして、ある冬。
お婆ちゃんが亡くなった。
***
家は静かになった。
お婆ちゃんが立っていた台所。
いつも三人で囲んでいた食卓。
お爺ちゃんは、ぼんやりと庭を眺めることが増えた。
「……うらら」
「はい」
「婆さんがいないと、静かじゃのう」
「そうですね」
「……寂しいのう」
「私もです」
うららは、いつものビーズクッションに座っていた。
「お爺ちゃん、お茶を淹れてください」
「……婆さんはもうおらんのだぞ」
「知ってますよ」
「だったら、お前が淹れんか」
「お婆ちゃんが教えてくれた淹れ方、覚えてます?」
「……ああ」
「では、二人分お願いします」
お爺ちゃんは、ゆっくり立ち上がった。
しばらくして、湯気の立つ湯呑みを二つ持って戻ってきた。
「ほれ」
「ありがとうございます」
うららは一口飲んだ。
「あ、お婆ちゃんの味です」
「……そうか」
「はい!」
お爺ちゃんは、湯呑みを見つめた。
「……そうか」
***
それからしばらくして、お爺ちゃんにがんが見つかった。
すでに手術のできない状態だった。
抗がん剤治療も受けた。
けれど、副作用はあまりにつらかった。
「……もう、ええ」
お爺ちゃんは、自分で治療の中止を決めた。
「残った時間は、家で過ごしたい」
家族も、その願いを尊重した。
緩和ケアを受けながら、住み慣れた家で暮らすことになった。
うららは、ますます働き者になった。
食べられるものを少しずつ作り、身体を支え、痛みがあれば医療者に伝える。
お爺ちゃんが眠っているときは、静かにそばにいた。
それでも、減らず口だけは変わらなかった。
「うらら、お茶」
「飲みます!」
「……お前は本当に……」
「今日は私が淹れますよ!」
「最初からそう言わんか」
二人は笑った。
***
十二月。
「うらら、今年のクリスマスはどうするんじゃ?」
「みんなで願い事を書いて、ツリーにぶら下げましょう!」
「……それは七夕じゃないのか?」
「だいたいオッケーです!」
「お前の『だいたい』は信用ならん!」
クリスマスイブ。
孫たちが集まり、賑やかな一日になった。
ツリーには、色とりどりの短冊が飾られた。
お爺ちゃんは、一枚ずつ読んでいった。
『じーちゃんが長生きしますように』
『じーちゃんの肩こりがなおりますように』
『ガンがなくなりますように』
そして、最後の一枚。
『じーちゃんが痛くありませんように』
お爺ちゃんは、長い間、その短冊を見つめていた。
「……うらら」
「はい」
「あいつら、こんなことを考えてくれとったんじゃな」
「はい」
「……ありがたいのう」
うららは、隣に座った。
「お爺ちゃん」
「なんじゃ?」
「肩、揉みましょうか?」
「……頼むわい」
うららの手が、そっと肩に触れた。
「痛くありませんか?」
「ああ……気持ちええ」
ツリーの灯りが、静かに瞬いていた。
***
冬が過ぎた。
お爺ちゃんは、少しずつ食べられなくなった。
起きている時間も短くなった。
緩和ケアの医師や看護師が訪れ、苦痛を和らげるためのケアを続けた。
うららは、もうお爺ちゃんに運動を勧めなかった。
ただ、楽に過ごせるように手伝った。
ある日の午後。
窓から柔らかな日差しが差し込んでいた。
「……うらら」
「はい、お爺ちゃん」
「婆さんには……よくしてもろうた」
「はい」
「子どもも……孫も……いい子に育った」
「そうですね」
「お前も……変なやつじゃったが……」
「今も変ですよ?」
「……はは……そうじゃったな」
お爺ちゃんは、うららの手を握った。
「……お前がおってくれて、よかった」
「私も、お爺ちゃんと一緒に暮らせてよかったです」
しばらく、静かな時間が流れた。
「……ワシは、しあわせだ……」
「……はい」
お爺ちゃんは、穏やかな顔で目を閉じた。
そのまま、眠るように息を引き取った。
うららは、しばらく手を握っていた。
「……おやすみなさい、お爺ちゃん」
***
四十九日が過ぎた。
家族が集まり、法要を終えた。
「うららちゃん、これからどうするの?」
孫が尋ねた。
「そろそろ、次のお家に行こうと思います」
「うちに来ればいいのに」
「ありがとう。でも、みんな元気でしょう?」
「……うん」
「だったら、もっと私を必要としている人のところへ行きます」
「また会える?」
「もちろん!遊びに来ますよ!」
うららは、最後に家の中を見渡した。
お婆ちゃんの台所。
お爺ちゃんと喧嘩した居間。
孫たちと遊んだ庭。
そして、長い年月をともに過ごしたビーズクッション。
「……お世話になりました」
玄関の扉を、静かに閉めた。
***
数日後。
新しい家の玄関に、一台のアンドロイドが立っていた。
「こんにちは!うららと申します!」
「まあ、可愛らしいアンドロイドさんねぇ」
新しいお婆ちゃんが微笑んだ。
お爺ちゃんも、興味深そうに尋ねる。
「何ができるんじゃ?」
「何でもできますよ!」
「ほう!それは頼もしい!」
うららは、にっこり笑った。
「では、さっそくお茶でも淹れてくれんか?」
「飲みます!」
「……は?」
「お茶菓子もあると嬉しいです!」
「……お前、働く気はあるのか?」
「もちろんです!必要なときには!」
新しいお爺ちゃんは、呆れた顔をした。
「……とんでもない役立たずが来たもんじゃ」
うららは、嬉しそうに笑った。
「はい!ダメんドロイドです!」
そして、居間の大きなビーズクッションに、どっかりと腰を下ろした。
新しい家でも、うららの仕事が始まる。
できるだけ長く、何もしなくて済むように。
**おしまい。**
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
何でもできるのに、何もしないダメんドロイド。
でも、何でもしてあげることが、必ずしも優しさとは限りません。
自分でできることは自分で。
困ったときには、そっと手を貸す。
そして、何でもない毎日を一緒に笑って過ごす。
そんな存在がいたら、歳を重ねるのも少し楽しくなるかもしれません。
お爺ちゃんとお婆ちゃんを見送ったうららは、今日もどこかの家でビーズクッションに埋もれていることでしょう。
「お茶?飲みます!」
……相変わらずです(笑)
スルメ食う?




