4, 帰郷
母の失踪から私の生活は大きく変わった。「家」という私にとっては名ばかりの冷たい場所で過ごす日々。
私の存在自体を迷惑だと訴えているような視線に晒される毎日だったが、何も希望がなかったわけではない。
あの田舎町の小さな家に父が生前購入したキャンピングカーがまだあるはずだ。もし、私が叔父の家を出るまで母が帰ってこなかったら、あのキャンピングカーで母を捜しながら旅に出よう。
もしかしたら、母は自分から帰れない何らかの理由があるのかも知れない。だから私が迎えに行こう。
そんなたった一つの途方もない希望だけが私の心を支えていた。
叔父の家に引き取られてから私は度々あの家を訪れた。もしかしたら、母が帰ってきて私を探しているかも知れないから。
一人ぼっちになってしまった私の元に神林さんが訪れた時、財産についても相談に乗ってくれた。私はまだ子供で何も分からなかったけど、弁護士の神林さんは色々と教えてくれたのだ。
あの家は父が私と母と一緒に暮らすために中古住宅を購入して綺麗にリフォームしたものだった。田舎故にちゃんと庭もあり、その一角では母が家庭菜園をしていた。
父が増築させた二台ほど車が止められる広さのガレージは頑丈に造られ、小さな家とは全然釣り合いが取れていないほど立派だった。
ガレージは父がキャンピングカーを保管するために態々増築したものだ。そこにはまだ一度も活躍したことがないキャンピングカーが静かに己の出番を待ち受けているかのように今でも保管されているはずだ。
父が生前身体の弱い母を旅行に連れ出すために購入した物だが、その後すぐに父が殉職してしまい、母は運転が出来なかったので一度も乗ったことがない。
父が通勤に使っていた軽自動車は売ってしまったけど、母はこのキャンピングカーだけは売ろうとしなかった。
「いつか天音が運転免許を取って二人でこの車に乗って旅行にいきましょう。楽しみだわ」
そう言って…………
父の死の直前、キャンピングカーでの旅行計画を立てていた事が母の頭から離れなかったこともあるのかも知れない。
神林さんには売るかどうか尋ねられたが、私は首を縦に振らなかった。私だってあの時キャンピングカーでの旅行を楽しみにしていたのだ。
だから母が帰ってきたら私が運転して旅行に連れて行くと決めていた。
私は神林さんに家と車の維持をお願いした。父の殉職により国から出るお金と保険金がかなりあったからそれは問題なかった。
父が私と母の為に高額な保険に加入してくれていたおかげもある。
全ての遺産は私が18才になったときに母がまだ見つからなかった場合に受け取ることが出来る様に神林さんが手配してくれた。
私は母が見つかることを祈りつつ18才の誕生日を目指してセッセと自動車学校に通った。
頭が悪く運動も出来ない私は何度も試験に落ちながらも何とか自動車免許を取得することが出来た。
お金を出せば誰でも入れるような高校を卒業すると私はすぐに叔父の家を出ることにした。
「君とはこれで他人だ。今後一切私達に迷惑をかけないように」
叔父の言葉は最後まで愛情の欠片もなかった。
それでも私の心はこの冷たい家から解放される喜びに満ちていた。
あの家へ……父と母と過ごしたあの家へ帰れる。
薄い雲が空を覆い少し肌寒さを感じる卒業式の翌日、私は冷たく豪華な邸宅を何の未練もなく後にした。
電車に揺られて数時間、弾む心で私は田舎町にある懐かしい小さな家にやっと帰ってくることができた。
あれから五年……またこの家で暮らせると思うと嬉しい反面、父と母を思い出し寂寥感が込み上げて来る。
たまに様子を見がてらお掃除に来ていたから、すぐに住む分には問題ないけど彼方此方に埃が溜まっているのが見えた。良く見ると天井の隅の方にも小さな蜘蛛の巣が張ってある。
私は見える部分だけでも掃除を済ませ、ガレージに向かった。
そこには相変わらず白いキャンピングカーが主を待つかのように静かに佇んでいた。
神林さんが「キャンピングカーは整備も車検も済んでいるからいつでも動かせるよ」と言っていたからすぐに旅に出かけられるはずだ。
近づくとその大きさに改めて圧倒され、本当に自分に運転出来るのかと不安になるが今更後には引けない。その為に頑張って自動車免許を取得したのだから。
キャンピングカーのドアを開けると、ほのかな木の香りが漂い、思わず深く息を吸い込む。
父がキャンピングカーを購入して間もない頃だった。まだ小学生だった私は初めてこのキャンピングカーに乗り込んで「まるで小さな家みたいね」と口走ったことを思い出した。
あの時、父は私の言葉になんと答えたんだっけ?
ああそうだ……「なら、アマネはこの家に住んでみるかい?」と戯けたように言ったんだった。
そのすぐ後に父が亡くなってから、母だけではなく私もこのキャンピングカーに近づくのを躊躇っていた。
父のあの嬉しそうな顔を思い出すと心が潰れそうなほど哀しくなるから。
それはきっと母も同じだったのだろう。
キャンピングカーの中はリビングスペースとしてベンチシートとテーブルがコンパクトに配置されているが、座ってみると意外にゆったりしていると感じた。
キッチンエリアには、小さな流し台、二口コンロ、更に冷蔵庫までちゃんと揃っている。収納スペースにも調理器具や食器がちゃんと入っている。父が揃えてくれていたものだろう。
天上にはベッドスペースがあり、その上にある窓からは夜になれば星空を眺めながら眠りにつくことができそうだ。
更に奥にはトイレとシャワーが完備されている。これなら長期間の旅行でも快適に過ごせそうだ。
あれから五年も経過したと思えない程、綺麗なままのキャンピングカーを見たら今すぐ旅に出たくなってしまった。
高校を卒業しても就職することなど考えず、唯々この家に戻ることだけを優先していた為、私は自由だ。親の残してくれた遺産もあるからすぐに生活に困ることは無い。
何の柵もない私はいつだってここを旅立つことが出来るのだ。
心配なのはいつ母が帰ってくるかということだけだ。あれから五年経った今でも私は絶対に母が帰ってくると信じて疑っていない。
だったら、家に書き置きを残しておこう。スマホの電話番号を書いておけばいつ母が帰ってきても連絡してくれるだろう。
思い立ったら吉日、どこに行くかあても決めず私は旅に出るために必要な荷物をキャンピングカーに詰め込むことにした。
そうだ、食料品も必要ね。
意気揚々とここに来る途中で買って来た食品も車内の収納棚に並べていく。缶詰や乾麺、お米なども念のため多めに持っていくことにした。それらは神林さんが私の為にストックしてくれていたものだ。
父に生前助けられたことがあるからこんなことはお安いご用だと言っていたけど、神林さんの優しさに救われて来たのは確かだ。本当に神林さんには感謝の念に堪えない。
家に帰って来てからずっと動き続けていたせいか、その晩私はすぐに眠りについた。私の隣で眠るベガの温かい体温が安心感をもたらし、疲れていたせいかぐっすりと熟睡することが出来た。
その翌日、朝早く目覚めた私はGパンとシャツという動きやすい服に着替え、パンとコーヒーで簡単に朝食を済ませると早速キャンピングカーに乗り込んだ。
本当は何度か運転の練習をした方が良かったのかも知れないけど、「まあ、何とかなるわね」という根拠のない思い込みで気まま旅をすぐに実行することにした。
叔父の家で散々虐げられ心を削られてきたが、元来私は母に似て楽天的なのだ。両親と暮らした家に帰って来た私は次第に本来の自分に戻りつつあると感じた。
こうして初めて運転席に座った私は、ハンドルの奥にある摩訶不思議な深緑色の丸い石を発見したのだった。




