22, 天使の笑顔
「うわあ、これなに?」
キャンピングカーを目にしたレイトが目を丸く大きく開き、少しだけ口元を開いてポカンとしている。
光を反射する窓ガラスや扉の取っ手のメタリックな輝きを眺めながら、キラキラと瞳を輝かせているレイト。
子供らしいその姿に私はつい頬が緩んでしまう。ぶかぶかのライトダウンを着て私の手を握るレイトは私にとってもう天使としか思えなかった。
「これはキャンピングカーっていうの。これに乗って一緒に旅をするのよ」
「これに乗って……」
私の言葉にレイトは小声で呟きながら、小さな手を伸ばして恐る恐るキャンピングカーの表面に触れる。
ツルツルとした冷たい感触にピクリと体を少しだけ震わせ彼の顔に驚きが浮かんだ。
私はサイドドアを開き、レイトをひょいと抱き上げ車内に降ろした。
「わぁ、すごいや!」
初めて見るキャンピングカーの中を好奇心を隠さず、キョロキョロ見回す様子が微笑ましい。その姿はレイトの記憶が流れ込んできた時と違ってとても子供らしく思えた。
「これ、動くの?」
興奮が抑えられないほどに高揚するレイトの表情は輝きに満ちている。
「ふふふっ、もちろんよ。運転席以外は自由に見て良いわよ」
私は思わず笑みがこぼれ、レイトの好奇心に答える様に言うと、目に入る全ての物に興味津々な彼は物珍しげに一つ一つじっくり見ていく。
「車の中なのにソファーまであるんだね……えっと、これは何?」
「そこはキッチンなの。このIHヒーターで料理をするのよ」
「IHヒーター? ……ふーん、何だか分からないけどスゴイや……これは?」
「それは冷蔵庫……開けてみていいわよ」
何でも不思議がって質問を繰り返すのは小さな子供にはよくあること。近所の子供に絡まれて質問攻めにされて私が嘆いていた時に母が言っていた言葉だ。
何を見ても瞳を輝かせ興味を示すレイトに私はそんなことを思い出した。
「これは何?」
冷蔵庫を覗き、パックに書かれているオレンジのイラストを指差しながらレイトは期待の眼差しを私に向けた。
「これはオレンジジュース。飲んでみる?」
「うん!」
レイトの瞳が一層輝いた。もしかしたら喉が乾いていたのかも知れない。……それよりもお腹が空いてはいないだろうか? そう言えばそろそろ晩御飯の時間だ。長い眠りについていたレイトの空腹具合はどうなのか分からないけど、結界の中では時間が停止するとベガが言っていたから、結界が発動する前のレイトの状態によるのだろうか?
「レイト、お腹空いてない?」
「……少し……」
レイトは遠慮がちに小さな声で呟いた。
「そうね、何か作るから少し待っていてくれる?」
「アマネが作るの?」
「そうよ、簡単なものだけどね。さあ、そこのソファーに座って待ってて」
レイトがちょこんとソファーに座ると私はレイトにオレンジジュースの入ったグラスを渡す。
期待を込めて一口飲んだレイトの顔がパアッと言う効果音が見えるほどに表情が変化した。その様子を見ていた小さな銀緑竜と銀柴がレイトの横で物欲しそうにこちらに目を向けている。
私はオレンジジュースを深めのお皿に注いで二匹の聖霊獣達の前に置いた。
あれ? 竜はともかく、犬ってオレンジジュース飲んでも良いんだっけ?
『吾輩は聖霊獣であるからして問題ない』
私の心の問いにベガの答えが頭の中に飛び込んできた。
ああ、そうだった。ベガは私の考えている事が分かるんだった。あれ? レイトも私の考えている事が分かるんだよね。聖霊獣であるシルマはレイトの考えている事が分かって……と言うことは、この三人……聖霊獣は人ではないけど……みんな私の考えている事が分かるってこと? ……それはなんか落ち着かないかも……
『ならばブロックすれば良い。レーナ一族の中にはレイトと同じ特殊能力を持つ者もおった。他国にも感知魔法が出来るものもおったからレーナ一族は心に結界を張ってブロックしておったのだ』
そう、そんなこともできるの? ……でも今はまだいいわ。だって、急に私の考えている事が読めなくなったらレイトが不安に思うかも知れないし。それに読まれて困ることようなことは考えないと思う……たぶん……
レイトの方をチラリと見ると私たちの話を聞いているかどうか分からないけど、オレンジジュースをゆっくりと味わいながら飲んでいる姿が見えた。その様子にホッとした私は、食品棚と冷蔵庫にある材料を確認する。
さてと、晩御飯は何を作ろうかしら?
卵とベーコンが目に入った。それとケチャップ……食品棚にはレンちん用のパックに入ったレトルトご飯……
私は今ある食材で作れる料理を少ないレパートリーの中から模索する。
そうね、オムライスを作ろう。万が一失敗したとしても卵が崩れるくらいだから味にはそれほど影響はないはずだ。
材料を炒めてレンチンしたご飯を投入。塩胡椒、ケチャップで味付けしてお皿に盛ってから、かき混ぜて焼いた卵をその上に被せた。
それほど形は綺麗ではないけど、ケチャップで模様をつけたら子供が喜びそうなオムライスが出来上がった。
レイトの前にあるテーブルの上にオムライスを置くと彼は食い入るように見つめている。ケチャップでスマイルマークを描いてみたけど、少し歪んでしまった。この世界でもスマイルマークが喜ばれるかどうか分からなかったけど、レイトの表情を見ると評判は上々のように感じた。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「こんなの初めて見た……」
「ふふふっ、これはオムライスっていうのよ」
ふわふわの卵の黄色いドームに描かれたスマイルマークを見つめるレイトに笑顔を向ける。
湯気が立ち上り甘くてどこか懐かしいような香りに誘われるようにレイトはスプーンで小さな一口をすくう。桜色の唇を窄めふうふうと覚ます様子をみていると、その可愛らしさに悶えそうになる。レイトは慎重に口に運ぶと、次の瞬間ふわっと笑顔を浮かべた。
「かっ可愛すぎる……」
思わず心の声が溢れてしまった。どっちにしろ私が思ったことは既にレイトに伝わっているかも知れないけど。
どうせなら、レイトに心の中で聞いてみようと思い、「レイト美味しい?」って言ってみた。
あら? 返事がないわね。伝わらなかったのかしら?
ハッと気がつくとレイトが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「アマネは食べないの?」
「えっ? あっもちろん食べるわよ」
おかしいわね。それとも美味しくなかったとか……?
『アマネ、レイトの力はまだ弱い。故に心感の力が発動するのは相手のことを視認している時か、相手に触れている時だけだ。今レイトはオムライスしか目に入っていなかったからアマネの心は読めなかったのだ。因みに吾輩はいかなる時でもアマネの心の中は読めるがな』
おお、そうだったのか。私の料理が美味しくなかったわけじゃなかったことに安心する。偉そうに説明するベガの言葉には説得力があるが、ケチャップで口周りを赤く染めているのでちっとも威厳を感じない。
「アマネ、これすごくおいしい!」
その声がキャンピングカーの中に響くと、レイトは一口、さらにまた一口と食べ進める。頬張るたびにケチャップが口元につき私はまたその愛らしさに悶える私だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




