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伝説の一族〜キャンピングカーで転移した先は母の故郷のようです〜  作者: 梅丸みかん


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2, 父の死と母の失踪

 小さな田舎町に引っ越してきたのは、私が小学校に入学する少し前だった。


 遠くに連なるなだらかな山々を背景に瓦屋根の家々が並ぶ小さな町。中心には古びた商店街があり、そこから少し離れただけで田畑で農作業に励む人々の姿が長閑な雰囲気を醸し出していた。


 静けさの中に時々響くローカル線の電車の音が自然の中に溶け込み町の穏やかさを更に強調しているようだった。


 そんな町の外れにある3LDKの中古の平屋の家が私と両親が暮らす小さなお城だった。隣の家との間にはいくつかの畑と田んぼを挟み、少なく見積もっても歩いて一分はかかるだろう。それでも都会に比べれば隣近所との交流は多いのかも知れない。


 警察官だった父は病弱だった母の為に出来るだけ空気の良い場所で暮らそうとこの田舎町に引っ越してきたのだ。

 

 優しそうな眼差しにがっちりとした体型の父はそこにいるだけで安心感を与えるような人だった。正義感が強く、困っている人がいれば助けずにいられないその性格は「警察官」という職業は、天職だったように思える。


 艶やかな黒髪をいつも一つに結わえていた母は、とても線が細く儚げな美人。同じ年の子供の母親と比べてもその美しさは際立っていたように見えた。


 そんな容姿を隠すようにいつも母は、瞳の色が変化して見える分厚い眼鏡をかけていた。


 だが、私は知っている。眼鏡レンズに潜む母の瞳の色が翡翠の様に美しい緑色だったことを。


 母は純粋な日本人ではなかったのかも知れない。


 その母の瞳の色を私は受け継いだ。小さな頃は黒かったはずの私の瞳の色は、成長すると共に次第に母と同じ色に近づいていった。あからさまな虐めとかはなかったものの小学校に入学すると時々瞳の色が元で揶揄われることもあった。


 単一民族である日本人の中では緑色の瞳は目立つ。何気ない言葉に傷つく私を見た母はその色を隠すために眼鏡を用意してくれた。それから私は普段から母と同じように眼鏡をかけるようになった。


 その眼鏡は特注品で瞳の色を変化させて見せることができる。母が業者に頼んで作ってもらったそうだ。眼鏡レンズの左右の上の方に飾りとして緑色の小さな石が付いている所が母の眼鏡とお揃いで気に入っている。


 都会の喧騒の中で暮らしてきた母はこの町に越してきてから心なしか以前より元気になった様に見えた。


 親子三人と愛犬のベガを交えて楽しい毎日が続いていた。なのに…………


 そんな幸せは長くは続かなかった。


 それは朝から肌寒く、冬の訪れを知らせるように白い雪が舞い始めた夕暮れ時だった。窓の外から近所の子供達の笑い声が聞こえ、外を覗うと嬉しそうに手のひらを広げ、落ちてくる雪を受け止めようとする姿が見えた。


 その後ろから、その風景には似つかわしくない制服を着た警官が二人現れた。それまで笑顔に溢れていた子供達が、神妙な顔つきの彼らから逃げるようにその場から立ち去った光景が今でも頭を離れない。


 それまでの穏やかな暮らしに亀裂が入る前触れのように感じたせいかもしれない。


 その後すぐに玄関のチャイムが家の中に鳴り響いた。


「天音ー、ちょっと手が離せないから出てちょうだい!」

 夕飯の支度をしていた母がキッチンから大きな声をあげた。


 私は一瞬躊躇した。


 きっとチャイムを鳴らしたのはさっき窓から見えたあの二人の警官に違いなかったから。


 神妙な顔つきをしていた警官の顔を思うときっと私では対応しきれないと感じていたから。


 それでも私は玄関に向かいドアを開けた。


 私の顔を見ると二人の警官は一瞬戸惑った様な顔をした。


「こんにちは、倉橋清造さんのお宅で間違いないかな? 君は清造さんのお嬢さんだよね。清造さんの奧さんの呉羽さん……えっと、君のお母さんだけど……いるかな?」

 言葉を発したのは年配の方の警官だった。もう一人は三〇代後半……きっと父と同じくらいの年だろう。


 優しそうな声色だが、表情は硬くまだ子供だった私でも彼らが良い知らせを運んで来たわけではないことを察せられた。


 私は無言で頷き、キッチンにいる母を呼びに行った。

 

「天音、お部屋に行ってて頂戴」

 二人の警官を目にすると母は顔面蒼白になりながら小さな声で私にそう囁いた。


 これから彼らから何を告げられるのか知っていたかのように……


 それが私の記憶の中にある父の殉職の知らせだった。


 母は私の前で決して涙を見せなかった。母の見た目からは考えられない程気丈に振る舞い明るさを失わなかった。私に余計な心配をさせたくなかったのかも知れない。


「あの人がいなくても天音がいるから大丈夫よ。ありがとう、天音。あなたがいてくれてよかった」

 いつも母はそう言って私を抱きしめてくれた。


 それから母と二人……ベガも入れて二人と一匹の生活が始まった。警察官の殉職ということで困窮することなく生活を送る事はできたが、父を失った寂しさはどうすることも出来なかった。


 それでも惜しみない母の愛情を受けて私は幸せを感じていた。


 小学生だった私は勉強も運動も何一つ得意なものはなかったけど、田舎の学校のせいか意外と伸び伸びでき、安穏と過ごしていた。


 母はどんなに成績が悪くても私を叱ることがなかったのでそのせいもあったのかも知れない。


 テストの点数が悪くても運動会でビリになっても私が落ち込む度に母はいつも笑って私を認めてくれた。


「天音、大丈夫よ。そんなことであなたの素晴らしさが霞むことはないのだから。あなたは生きているだけで価値があるの。だから、小さなことで落ち込まないで。楽しく過ごしましょう。人の人生は意外と短いのよ。落ち込んでいる時間が勿体ないほどにね」


 私のどんな所が素晴らしいのか分からないし、私に何の価値があるのか分からなかったけど母の言葉は確かに私の心に浸透し、私の心を強くしていった。


 だけど、私を孤独にする不幸が訪れたのは父が亡くなって三年後、私が中学生になってすぐのことだった。


 


 学校から家に帰ると、いつも大人しいはずのベガがリビングの中を行ったり来たりしながら唸っていた。


「あら、ベガ? どうしたの?」

 落ち着きのないベガが私の声に気付くとすぐに目の前に近づいて来た。いつもより元気がなく哀しげな表情は私に何かを訴えているようだった。


「お母さんは? 買い物かしら?」


 いつも家で待っている筈の母の姿がどこにも見あたらない。


 その時私は、買い物ならすぐに帰ってくるだろうと思っていた。


「どうして…………?」

 夜が更けても母が帰ってくる気配が全然ない。


 心臓がドクドクと音を立てるように私の身体の中で鳴り響き、不安を和らげるためにベガを抱きしめた。


 食事も睡眠も出来ないまま一晩明かした私は、学校に行くこともせずに隣近所を駆け回り聞き込みをした。それでも母の行方は一向に掴めなかった。


 私を置いてどこかにいくことなんてあり得ない。


 その確信だけが私の心を支えていた。


 だとしたら、どこかに攫われたのか、誰かに呼び出されて何らかの事件に巻き込まれたのか……


 実際に忽然と消えてしまった母のことを思うと不安と心細さが私の心を蝕んだ。


 散々近所を走り回り探したけど誰に聞いても母を見た者はいなかった。中学生になったばかりの私はもう警察に届けを出すことしか考えつかなかった。




 警官達がかけつけると事件性を考慮し、事情聴取をされ家の中も捜査された。結局、争った形跡もなかったことから、自ら失踪したと言う結果になってしまった。


 しかし、私は釈然としなかった。何故なら、いつも履いていた靴もそのままで、スーツケースや旅行鞄、着替え、財布さえも持ち出した形跡がなかったからだ。


 それは警察側も同じだったようで頭を傾げていた。




「大丈夫かい? 天音ちゃん」

 警察の計らいで、私の目の前に現れたのは懐かしい顔だった。


「…………神林さん……?」

 私は遠い記憶を呼び起こし父が亡くなってすぐの時に出会った顔を思い出し、半信半疑ながら小さな声で答えると目の前にいる四〇代位の穏やかな要望の男性が優しく微笑んだ。


 見知った顔を見て気が緩んだのか私の瞳に涙が滲んできたのだった。

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