12, 聖霊獣シルマが見た過去【2】
おっと、どこまで話したか……そうそう、敵襲後すぐにセアラに抱かれたレイトの姿に目を向けたところじゃったか。
妾はタクトとセアラの様子を不思議に思ったがすぐその後、クラメイル帝国の魔術師達に身体を拘束されたためにそのことから反らされてしまった。
それ故、術から解放されると嫌な予感が頭を過ぎったのじゃ。
レイトはどこじゃ?
タクトは?
おかしい……タクトの聖霊獣の気配を辿れない……まさか!
妾が他の聖霊獣の気配を辿れない原因は一つしか考えられなかった。
主の死……
やっとレイトの姿を目にすることができた妾はその光景に暫し呆然とした。
右手にレイトを抱きかかえ、左手に短剣を握るセアラの姿。
短剣の先からは真っ赤な液体が滴り落ちていた。足下には胸を押さえて蹲るタクト。
己の胸に当てたタクトの手のひらは血で染まり、地面はどんどん赤く滲んでいく。
タクトを殺したのか…………?
妾は以前、ハナがタクトにセアラの動向に注意する様窘めているのを知っていた。周りの者もセアラを信じすぎないようにいつも諭していた。
ハナの感じていた予感は正しかったのだ。
いつからだ? いつからセアラはレーナの民を裏切っていたのだ?
そんな疑問に対する答えは誰に聞かなくても察せられた。最初からだとしか考えられない。
幸いにしてまだ二才のレイトはセアラの腕の中で眠りについているようだった。
タクトを殺してまでこの場から逃げようとするセアラの目的とは…………?
態々考えなくても決まっている。霊元石の力を手に入れたかったのだろう。
霊元石に宿るマナはレーナの民にしか解放できない。
もちろんその力はセアラにはないがタクトの血を引くレイトにはある。セアラはその血を欲したのだろう。
レイトがクラメイル帝国に連れ去られれば利用されるだけじゃ。ハナはそのことを案じて妾にレイトを委ねたのじゃ。
だが、利用されるのはレイトだけではないことをハナは既に危惧していたのじゃ。言葉巧みに操られた何人かのレーナの若者達はクラメイル帝国に移住している。彼らがクラメイル人と婚姻を結び子を設けていたとしたなら間違いなく霊元石の力を使うことができるだろう。
そうか……だからハナは礦床を封印したのだ。
霊元石のマナを取り出すためにはレーナの血を受け継いだ者が必要だ。しかも、礦床に入れるのもレーナの血を受け継いだ者。そう考えると、クラメイルに移住したレーナの血を引くものは利用されるだろうことは想像に難くない。対等に扱われればいいが、クラメイルが強襲してまでこの地を奪おうとしていることを考えると奴隷のような扱いをされるだろう。
そのことを見越したのだ。礦床の封印はレーナの血を受け継ぐ者が同等の力を持って解除する必要がある。封印を施したハナとタクトの力はその中でも軍を抜いている。となれば、解除できるのは本人達か、その時点ではクレハとレイトだけであると考えられた。もしかしたら、セアラはそれも見越してレイトを連れ去ったのかも知れない。
妾は主の死と共に神霊界に帰る筈だったが、ハナの命を受けてレイトを護らなければならなくなった。そうじゃ、この時妾はレイトの守護聖霊獣となったのじゃ。だが、クラメイルの魔術師達が放った拘束の魔術を跳ね返すために体内のマナを殆ど使い果たしてしまった。
通常なら、マナによって瞬時に回復するはずなのだが封印されたことにより礦床からのマナの放出はなくなってしまっていた。
マナは地の底から大地を伝わり少しずつ放出されてはいるが、礦床からのマナには遠く及ばない。それ故、妾の力が戻るのも時間がかかるように思われた。
一軒の家ほどもあった身体も子犬ほどに小さくなり、妾だけの力ではこの侵略をどうすることもできない事は火を見るよりも明らかだった。
主人を死なせてしまった妾はだからと言って諦めるわけにはいかなかった。せめてハナの最後の願い通り妾はできる限りの力でレイトを護ると誓った。
クラメイル人に覚られない様に手のひらサイズに小さくなった妾はレイトの服の中に潜り込み、セアラによってレイトと共にクラメイル帝国の皇城に連れられていった。
レイトの母親であるクラメイル帝国の皇女セアラはレイトを利用することしか考えていなかった。霊元石からマナを取り出す仕事を限界までさせて、幼いレイトは毎日体の怠さを訴えていた。それでも誰もレイトを気遣うものはいなかった。
少しでもレイトの体が楽になる様に妾の体の中にあるマナを分け与えるも十分ではなかったじゃろう。不甲斐ない己に憤りを覚えたが何とか機会を見つけてレイトを逃してやりたいと思っていたのじゃ
誰も味方がいない中でレイトは幼いながらも何とか幸せを見つけようと奮闘しておったよ。周りのものの言うことを聞き、体力の限界まで霊元石からマナを取り出し続ける辛い仕事も文句を言わずこなしておった。
セアラによってクラメイル帝国皇城に連れてこられてからの三年間、妾はレイトを護ってきたのじゃが事の真相を知り憤慨したレイトは捉えられ、誕生時に施された護りの結界に包まれたのじゃ。
妾はレイトが傷つけられないように、時にはマナの力を使って防御結界を施すこともあった。じゃが礦床が封印されていることもあり、この地のマナはかなり薄いせいで妾の力は中々元に戻ることはなかったためそれほど効いていたとは思えなかったがな。
それでも、レイトが殺されそうになり、護りの結界に包まれたときにできる限りの力を振り絞って結界に包まれたレイトを運び、あの黒山にある洞窟の中に隠したのじゃ。
それから百年弱、結界に包まれたレイトを見守ってきたのじゃが地表から放出されるマナエネルギーが少なくなり、このままではこの世界自体が危うくなってきた。
その間、レーナの郷からクラメイル帝国に移住した若者達は政府の管理下に置かれ、その子供達も強制的に国の為に働かされるようになった。
レーナの郷強襲時、クラメイルの兵達は保管していた霊元石を持ち帰ったのだがそれを魔力に変えられるのはレーナの民だけだったからだ。
だがやがて霊元石を扱えるレーナの民達は減少していき霊元石の数も大分少なくなって行った。
だから無限樹海の奥にある霊洞、霊元石の礦床を解放する必要がある。あそこにはマナを放出する霊元湖があるからのう。霊元湖はマナの排出量される世界最高の場所であり、そのマナの影響を受けた洞壁には霊元石が埋まっているのじゃ。
だがアマネ、その前にレイトの結界を解いて貰えないじゃろうか? 結界を解けるのはレイト以上にマナの力を持つ者じゃ。レイトはまだ幼くマナの量は少なく見えるが潜在的にはタクトやクレハと同じくらいになるじゃろう。
タクトが亡き今、クレハだけが頼りじゃったがクレハの娘であるアマネならできる。
クレハを守護しているベガの気配を感じてそれを辿って来たのじゃが、クレハはいなかったもののクレハの娘であるアマネに出会ったのは僥倖じゃった。
レイトの結界が解ければ、礦床を解放できる。礦床解放には封印した本人たちか、封印した者と同等の力が必要なのじゃ。
霊洞を封印したのはハナとタクト。二人の血を受け継ぎ同等の力があると考えられるのはアマネとレイト、それにこの世界に召喚されているであろうクレハだけじゃ。
アマネ、お主ならきっとレイトの結界を解くことができるじゃろう。レイトが解放されれば、二人で礦床の封印も解除できるかも知れぬ。もっとも、レイトはまだ幼い故、マナの力が増えるのを待つ必要があるじゃろうがな。
ここまで読んでいただきありがとうございます。