13, 母の家族
『それで、クレハはどうした?』
シルマが静かな声で問う。
『地球という世界におったのじゃろう? 二十四年しか経っておらぬなら、まだ生きておるはずだ』
喉が詰まる。
「それが……」
声が掠れた。
「五年前、誰かにこの世界へ召喚されたみたいなんです」
唇を噛み、拳をぎゅっと握る。
「だから……この世界では、もっと歳を取っているんじゃないかって……」
それ以上、言葉が続かなかった。
鼻の奥が熱くなる。
すると、シルマは不思議そうに瞬きをした。
『……ベガ』
ちらりと隣を見る。
『アマネは、レーナ一族のことを何も知らぬのか?』
『詳しく話す機会がなかったのでな』
ベガは小さく息をつくと、私へ向き直った。
『安心せよ、アマネ』
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
『レーナ一族は、人間より遥かに長命だ』
私は顔を上げる。
『寿命はおよそ二倍』
ベガは静かに続けた。
『見た目が大きく変わり始めるのも、寿命を迎える二十年ほど前からだ』
「……え?」
『だから、クレハはきっと召喚された頃と大して変わっておらぬ』
一瞬、言葉を失う。
『もしかすると』
ベガが小さく笑った。
『今では、お主と並べば姉妹に見えるくらいかもしれぬぞ』
「……っ」
思わず息をのむ。
さっきまで胸を締めつけていた不安が、ふっとほどけた気がした。
……そうか、お母さんがこの世界へ召喚されたとき、三十三歳だった。
私は十八歳。
十五歳差。
もし、本当にレーナ一族の見た目がほとんど変わらないのなら――。
並んで歩けば、親子より年の離れた姉妹に見えるかもしれない。
もともと母は、実年齢よりずっと若く見られる人だった。
その姿を思い浮かべると、自然と頬が緩む。
会える――そんな気がした。
『それで、シルマ』
ベガの声で我に返る。
『レイトは……どうした?』
一拍置いて続けた。
『姿が見えぬようだが。吾輩の気配を辿って来たのであろう?』
金色の瞳が真っ直ぐシルマを見つめる。
『百年経った今、この世界はどうなっておる』
シルマはすぐには答えなかった。
長い尾が、砂の上をゆっくりとなぞる。
『レイトは……無事だ』
その声が少しだけ沈む。
それだけなのに、どこか言葉を飲み込んだような間が残った。
……何かある、そう思った。
でもそれ以前に、話についていけない。
「ベガ」
私は思わず二人の間へ口を挟んだ。
「さっきから出てくるレイトって誰?」
二匹が同時にこちらを見る。
「人の名前なんだろうなっていうのは分かるんだけど……」
苦笑しながら肩をすくめる。
「私には話が全然見えないの。もう少し分かるように説明してくれる?」
『ああ』
ベガは素直に頷いた。
『レイトは、お主の従兄にあたる』
「……いとこ?」
『クレハの兄――タクトの息子だ』
「え……」
思わず声が漏れる。
お母さんにお兄さんがいた?
頭の中で、その言葉が何度も繰り返される。
私はずっと、母にはもう身寄りなんてないものだと思っていた。
だから親戚の話なんて、一度も聞いたことがない。
でも、この世界が母の故郷なら家族がいて当然なんだ。
胸の奥がざわりと揺れる。
会ったこともない。
名前さえ今知ったばかりの人たち。
それなのに、その人たちは私の家族だった。
レイト――私の従兄。
頭の中で、その名前だけがぐるぐる回る。
どうして、その人の話になるんだろう。
母がこの世界を離れる前に生まれていたなら、きっと私よりずっと年上のはず。
それなのにさっきから話があちこち飛んで、うまく繋がらない。
それに――お母さんは、どうして地球へ来たの?
誰に召喚されたの?
何があったの?
次から次へと疑問が浮かび、頭の中がいっぱいになる。
『あの時』
ベガが低く口を開いた。
『あの女は、レイトを抱いていた』
その声は静かだった。
けれど、どこか張り詰めている。
『いくら何でも、自分の息子へ手をかけるとは思えぬ』
少しだけ目を伏せる。
『あの頃のレイトはまだ二歳だったのだからな』
シルマはゆっくりと息を吐いた。
長い睫毛が影を落とす。
『……その通りじゃ』
静かな声。
『じゃが、クラメイル帝国へ連れて行かれてから、その二年後、レイトへ手をかけようとしたのはあの女ではない』
そこで言葉が途切れる。
クラメイル帝国……?
あの女……?
ベガとシルマの話が不穏な方向へ流れていく。
私はじっと二匹の会話に耳を傾ける。
荒野を吹き抜ける乾いた風だけが、その間を通り過ぎた。
シルマは遠くを見るように目を細める。
『じゃが、あの女はレイトを苦しめたうちの一人であることに変わらぬ』
その言葉には悔しさとやるせなさが滲んでいるように思えた。
『レイトは今も、守りの結界の中で眠り続けておる』
ひどく重い声音。
百年という時間を、そのまま背負っているように。
「……眠ったまま?」
思わず小さく呟く。
誰も答えない。
ベガも、シルマも、二匹の視線だけが、どこか遠い過去を見つめていた。
私はその沈黙の中で立ち尽くすことしかできなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




