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1, プロローグ

「ねえ、ベガ、この緑色の石なんだと思う? なんでこんな所に石が嵌っているのかしら?」


 と言っても答えてくれるわけないか。犬が喋るわけないもんね。


 私は、キャンピングカーの助手席にちょこんと座る白い愛犬ベガに向けて苦笑した。


 ベガがキョトンとした愛らしい顔で私の方を見ている。


 両親を失った私にとってベガは犬と言えどかけがえのないたったひとりの家族だ。ベガのお陰でどんなに寂しくてもここまで生きてこられることが出来た。


 ベガは私の母が私が生まれる前から飼っていた小型犬である。見た目は柴犬なのに大きさはチワワほどしかない。


 犬種は多分雑種だと思う。


 確実に子犬ではなく成犬だ。


 だって私が物心ついたときからこの姿なんだもの。


 私が生まれる前から生きているベガはとっても長生きな犬だと思う。まるで永遠の命でもあるように今でもすこぶる元気だ。


 そんな小さなベガは大人しくて賢い。意味なく吠えることもしないし、部屋を汚すこともない。時々人間の言葉を完全に理解しているのではないかと思えるほどに聞き分けがいい。


 他に話す家族も友人もいない私にとって、愛犬であるベガに当たり前の様に話しかけてしまうのは仕方のないことだと思う。


 私の発した言葉をちゃんと理解している様にベガは、緑銀色に輝く瞳をキラキラさせてジッとこちらを覗っている。


 まるで何かを訴えかけるように。


 念願の自動車免許を取得し、長年駐車場で眠っていたキャンピングカーを動かすことができると思うと嬉しい反面、教習所の車と違ってフロントガラスから景色を見下ろすような座席の高さとその大きさに圧倒された。


 比較的小さめのキャンピングカーと言えど、普通車に比べればまるで小さな家を運転するような感覚に違いない。


 はたして運転初心者の私に本当にこの車をコントロールすることが出来るのだろうか?


 不安を抱えつつ、初めて運転席に座ってみたらハンドルの奥に半分埋まっている深緑色の丸い石に気がついたのだ。


 色は違うが水晶玉の様に表面がつるつるとしている。


 大きさはピンポン球くらいだろうか……


 不自然に埋まっている石を指先でなで回しながらその理由を考える。


 普通こんな場所に石が埋まっているだろうか? 普通車ではなくキャンピングカーだからだろうか?


 いや、もちろんそんなわけあるはずがない。


 全然意味が分からない。この車を購入した時からなのか後から取り付けたのかさえも……もしも最初からあるのなら何か機能があるのかも知れない。指で押してみてもそれ以上沈むことはないし、移動することもない。


「うん、全くわからないわ……エメラルド……というよりも翡翠に近いかしら? まさか高級な宝石じゃないわよねぇ?」


 私はその不思議な深緑に輝く石を指先ですりすりとなで回し続けながら呟いた。


「あら? なんか輝きが増したような……」


 さっきよりも光を帯びてきた新緑の石を確かめるように顔を近づけた。すると石の周りを囲うように模様が白く浮き出てきた。円形の模様には古代文字のようなものが描かれそれを認識した瞬間、急に石から光が弾けた。そして、その光りは瞬く間に広がり辺りを包んだ。あまりの眩しさに目を強く閉じ、両手で押さえた。


 それは一瞬のことで、薄く瞼を開けると次第に光は収まり最後に緑銀の煌めきを残した後消失していくのが見えた。


「ああーびっくりしたぁ! 今の光はなんだったのかしら? この石を中心に光が放たれたみたいだけど……」

 

 私は相変わらず独り言を言いながら目を擦った。目映い光のせいで一瞬視界を失った私は漸く辺りの景色を目にすることが出来た。


 え? …………目の前に現れた光景に固まる私。何度か目を擦って見直しても目に映る光景は変らない。


 眼前に広がる景色はあまりにも現実を一脱し、脳が拒絶するほど信じることが出来ず、私は口を開けたまま目を見開いた。 


 …………え? 何? 何が起こったの?

 直ぐには理解が及ばず呆然とする。


 フロントガラスの向こうには辺り一面の荒れ果てた大地が広がり、宛ら映画で見たことがある荒野のようだ。


 おかしい。キャンピングカーはまだガレージから出ていないはずだ。


 サイドガラスの方に目を向けると同じように荒野が広がっている。さっきまでそこには収納ラックや古い工具箱が見えていたはずなのに…………


 それにガレージから出たとしても敷地の外はアスファルトで舗装された道路があるはずなのだ。ここは田舎とはいえ、閑静な住宅街である。道路に出ても古い家が建ち並んでいたことを頭に思い浮かべた。


 なのに……


 車内から外を見ても家なんてどこにもない。


 私が呆然として外を眺めていると再び私の目に光が飛び込んできた。光の発生源は私の直ぐ横に座っていたベガである。ベガの周りが光で覆われていたのだ。


「え? ベガ? え?」

 言葉を詰まらせ私は目映いほどに白く輝くベガを凝視した。するとベガの身体が次第に大きくなっていき、光が空気に霧散するように消えるとそこにはいつのまにか成長し、成犬くらいの大きさになった銀色の柴犬の姿があった。


『ふぅ……ようやくか。少しはマナを取り込めたようだ。お蔭で少しは力が戻ったがまだまだだな。だが、やっとこれでアマネと意思疎通ができるようになった。ん? アマネ? 大丈夫か? オーイ!』


 え? 何? あまりにも一人でいることが多かったせいか幻聴が聞こえる。


 それに幻覚も……


 さっきまで私の隣にはチワワくらいに小さいベガがちょこんと座っていたはず……


 いや、待って……確か……ベガが白く光って……だんだん大きくなって……銀色に色が変わって……


 え? もしかして、この銀色の柴犬がベガっていうことなのかしら? そうよね、私の隣にはベガしかいなかったのだからそう考えるしかないわよね。


「ベ……ガ?」

 私は恐る恐る目の前の大きくなった銀色の柴犬……ベガに向かって声を発した。


『ああ、いかにも』

「ベガ……が……しゃべった……犬なのに……」

 じゃあ、さっきの幻聴もベガの声……? 驚きのあまり私はフリーズしたままベガを凝視した。


 ああ、そうか。ベガは今まで成長が止まっていただけなのかぁ……。


 やと成犬になったからしゃべれるようになったのかぁ……ってそんな訳ない。


 以前、ネットで言葉を話す犬とか猫とか見た事があったけど、こんなにハッキリ話せてはいなかった。彼らの声はたった一言だけで、「そう聞こうと思えばそう聞こえるかなぁ」と思える範囲内だった。


 自分を納得させるために無理矢理考えを巡らせたけど、やはり納得いくわけもなく次々と疑問が浮上する。


 空耳? 私の妄想が呼んだ声? ん? ちょっと待って、よく考えると言葉を話したと言うよりも頭の中に直接言葉が飛び込んできた感じだわ。


 突然外の景色が変わったのも驚きだけどベガが光って大きくなって白い毛が銀色になったのも驚きだ。


『柴犬ではない、吾輩は聖霊獣である。』

 また頭の中にベガが発したらしい言葉が飛び込んできた。


「吾輩は猫である」と言うタイトルなら某有名小説にあったけど、


 聖霊獣? なにそれ? ああ、スマホでググったら出てくるかしら?


 いや、そういう問題じゃないわよね。目の前の風景といい、ベガといいもう私の思考が追いつかない。


 ああ、そうか……これは夢だわ。とっても変な夢だけど、こんなことが現実に起こるわけがない。


 家族も友達もいなくて独り言が多かったせいでとうとうベガと話をする夢を見てしまったに違いない。外の景色が変わってしまったのも、別の世界に行ってしまいたいと思っていたせいでそれが夢に現れたのだ。


 そうだ。そうに違いない。


 早く目が覚めますように……


『言っておくが、夢ではない』


 せっかく夢だと結論づけたと言うのに、私の頭の中に再びベガの否定する声が容赦なく届いたのだった。

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