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「スペードのキング」
ララの言葉を考える俺の耳に、女の声が届いた。
先程ララが指した赤いドレスの女だ。
亜麻色の髪と同色の瞳が浮かべる媚びた様に、内心うんざりする。
「やっとお一人になってくださいましたね。わたし、ずっとあなたとお話ししたかったんです」
手を叩いてはしゃぐ様子も、欠片も可愛いと思えない。ララが同じ仕草をすれば、また猫被ってんなと笑ってやるのだが。
さて、返事をして立ち去るか、目礼するに留めるか、どうしたものかな。
下手に声をかければややこしいことになるのは長年の経験でわかりきっているが、無視をするには相手の立場が分からない。
「キングったら、こんなところにいらっしゃったの」
口を結び、悩む俺に聞き慣れた声がかかった。
ああ、助かったと振り返れば、月の女神が悠然と微笑みながら近づいて来て、自らの腕を俺の腕に絡めた。
「パートナーはどうなさったの? あんなに可愛らしい方を逃すなんて、あなたらしくないわね」
見る人が見れば優しい空色の瞳も、今の俺には『ララをどうして一人にしたのよ! まったくもう、何かあったらどうするの!』としか映さない。
「ああ、逃げられてしまって、ふてくされていたところだ。私の10も恋人にかまけてばかりで、相手をしてくれなくなったしな」
「あら。では久しぶりにお相手して差し上げようかしら」
「それは光栄なことだな。美しい月の女神がお相手してくださるとは」
長い指を取り、静かに口をつける。
……オーウェンは近くにいるんだろうな。
令嬢へは目礼で済ませ、そのまま手を取り中央へとエルザをエスコートする。
その最中に小声で「ララはオーウェンが回収してくれてるわ」と囁かれた。
「助かる。急に怒りだしてな」
「……またどうせ何かしたんでしょう?」
「してねぇと思うんだがなぁ……」
先ほどの意味のわからない怒鳴り声を思い出す。
エルザなら意味がわかるだろうか、と考えて、口を閉じた。
この答えはおそらく、俺が出さなければならないものだ。
「ま、面倒なダンスはさっさと切り上げて、迎えに行くとするか」
「ええ。時々顔を近付けて愛を囁くパフォーマンスも忘れないでくださいませね。私のキング」
好戦的な笑みを真正面から受け止めて「もちろんだとも。俺の女避け殿」と囁いた。
ダンスを終えて下がれば、オーウェンはしっかりとララを捕まえておいてくれた。優秀なやつで助かる。
「エルザさん、今日のドレスすっごく綺麗です! 素敵!」
エルザに抱きつかんばかりの勢いで突進したララの、はしゃぐ姿が微笑ましい。
せっかくだからこのまま二人の世界にさせてやろう。
「悪かったな、オーウェン。エルザを借りて。あとララのお守り」
最後のは小声だ。聞こえたら噛み付いてくるかもしれないからな。
「いいえ、とんでもないことです。こちらも素晴らしいものを見せていただきまして、むしろお礼を言いたいのは私の方です……っ」
感極まるとばかりに口元を手で押さえて目を瞑るオーウェンは「近くで見るのがもちろん最良だが、離れてみるエルザの姿も素晴らしかった……あのすらりとした手足に煌くシャンパンゴールド……遠くで見て初めて完成される美しさだった……」とぶつぶつ呟いている。
どうやら俺がキスしたことは気にならないらしい。
今なお、恋人を称える言葉を口にする男を見つめる。
やはり、エルザの隣は、こいつでないと務まらなかっただろう。
心から有難いと思う。
ただ先代キングの顔を立てるだけのつもりが、今ではすっかり大切な部下、いや親友達と同じくらい大事な縁を感じている。
頼りになるもう一人の弟、ってとこだな。
「ああ、そうでした。キング」
どうやら我に返ったらしい弟分は、はたと手を打ち、いつもの笑顔を向けてきた。
「先ほどのあれは参考になりましたでしょうか」
「……なるかよ」
……恐ろしく怖い兄貴分でないといいが。
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