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一つ、息を吐き、ちらりと残ったもう一人に目を向けた。
未だ茫然としたままのザックは、持ってこいと言われたグラスを手にしたまま、私の怪我した右手を一点に見つめている。
「そのお水は、いただいてもいいの?」
なるべく優しく声をかける。
心配事はあるが、今はこの子だ。
「えっあ、ど、どうぞ……」
両手で恭しく渡されるグラスを受け取ろうとして、慌てた様子で「待って!」とグラスが引かれて行った。
そのまま、ザックはグラスに口を付け、水を勢いよく飲み干してしまった。驚いて、固まってしまう。おまけに「どうぞ!」と空になったグラスが差し出されたのだから、驚きは二重だ。
「…………グラスの中身が……空ね?」
「え? …………あれ。なんで……」
ザックは、あわあわと慌てながら、中身の水を探している。
……もしかして、毒味しろと言われたから、飲んじゃったの、かな。見事な一気飲みだったけど。
「ぶっ……」
「え?」
笑ったら可哀想だと思うのに、堪えきれない。水の中身を探す姿が可愛すぎる。
「あなたが全部飲んでたわよ」
空のグラスを受け取り、魔法で満たす。ポカンとしたザックに片目を瞑って、一気に飲み干した。
「はぁ……美味しい。やっぱりグラスがないと、飲んだ気がしなかったのよね」
グラスを返して「ごめんね」と謝罪する。グレンが戻ったら、あの子にも謝らないと。
ザックは返したグラスを見つめて黙り込んでしまった。
そっとしておくべきか、気を紛らわせてあげるべきか、少し悩む。
静寂が降り、ジンジンと右手のひらが引きつるように痛んだ。
「あの……」
か細い声はザックのものだ。私に涙ぐむ目を向けて、ザックが唇を震わせながら、口を開いた。
「最初は……気付いてなかったんです。現場に向かったあなたがコニーを殺したんだとばっかり考えて、恨んで。でも、考えれば考えるほど、おかしくて……傷は一つしかない。悲鳴がコニーのものだったなら、あなたのはずがないって、思って……なら誰がって。そんなの……一人しか、いなくて……。あなたなら、いいと思いました。殺したのが、スペードの10なら。そのことをソフィア様が怒ってくれているならコニーも喜んでいるかもって…………本当は、分かってたのに……俺のせいだ。俺が、証言していれば……あなたはこんなところに入れられるはずが、なかったのに」
「申し訳ございません」と頭を下げたザックの目から、ボロボロと涙をこぼれ落ちた。
手が、震えるほど強く、拳を握っている。
そっと取り上げたガーゼを濡らして、ザックの額に当てる。痣になっているが、血は止まってるみたいだ。良かった。
「あなたの証言があれば、こんな大事にならなかったのは事実ね。けど……私も謝るわ。お友達を助けられなくて、ごめんなさい。それだけが、本当に残念だわ」
近くにいて、助けてあげられなかったことが、悔しい。
それに。
コニーさんはきっと、私を嵌めるために、殺されたんだ。そのことが心に重くのしかかる。
「助けてあげたかったわ……」
嗚咽を漏らして、ザックが泣き崩れた。静かな地下で、その悲しい声だけが響いた。
「あの……さっきのことも、すみませんでした……」
だいぶ落ち着きを取り戻したザックが、再び頭を下げて来た。
「さっきって?」
どれのことだろう? と、思わず首を傾げる。
「水を、くれてやってもいい、とか……コニーを殺したやつ、って言ったこと、とか……」
「ああ……たしかにあれはひどかったわね」
「申し訳ございません……」
ひどい言われようではあったが、憔悴しているこの子を責めるのも気が引ける。
おまけに、しょんぼりと耳を垂らす犬のようになってしまったザックは少しおかしい。
「それじゃあ、お詫びにいくつか言うことを聞いてくれる?」
笑い混じりに言えば「俺に出来ることならなんでも」と真面目な言葉が返ってきた。言ったな? 言質は得たぞ。
「こっちに来て座りなさい」
「? はい」
ちょっと反抗心が見られるグレンと違って、負い目があるザックは素直だ。
首を傾げつつ、鉄格子の目の前まで来て正座した。
「ちょっと身をかがめて、頭をこっちに向けて」
「………………何させる気ですか」
前言撤回。なかなかに警戒心が強い。わずかに体を離されてしまった。
「さっき、あなたなんて言った? 俺に出来ることなら?」
仏頂面になったザックが、渋々と言った表情でこちらに近づいて来る。
「…………せめて何させる気か、くらいは教えてくださいよ……」
「ん? 頭をね、撫でさせてもらおうかなって」
一瞬で飛び退いたザックの体が、ガツンと地下の壁に当たる。
顔全体を真っ赤に染めたザックが、わなわなと震える人差し指を真っ直ぐに私に向けた。
「あー、また逃したか……」
「な、なん、なんってこと、させるつもりですか!?」
「いやだから、頭を撫でさせてほしいなって」
「改めて説明しなくていいですよ!! 男の頭なんか撫でて何が楽しいんですか!?」
「男の頭なんか!? 聞き捨てならないわね! 可愛い男の子の頭を撫でるなんて楽しいに決まってるでしょうが!!」
「ただの変態じゃねぇか!!」
更に逃げようと壁にめり込むように張り付くザックが「あのスペードの10が、こんな変態女だったなんて」と頭を抱えている。
ひどい言われようだわ。
「言うこと聞くって言ったのは、どこのどなただったかしら? ダイヤの兵は約束も守れないのね」
「うぐっ……い、いやでも俺にも人権というものがある!! 約束は約束でも、これは不当な要求だ!!」
思ったよりもザックは頭がいいらしい。絶対に拒否すると言わんばかりに身を離されてしまった。
「この鉄格子がなければ押さえつけて撫で回してやるのに……」
「言ってることが犯罪者なんだよ…………っ」
結局、ザックは頑としてこちらには近づいて来なかった。ここから出たら覚えてなさいよ。
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