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 ララちゃんから受け取ったグラスに口をつけたルーファスに「匿うって、何があったんだよ?」と問いかける。

 上昇した機嫌は一瞬で下降の一途を辿り、ルーファスの眉間には再びシワが刻まれた。


「……あの女、今晩泊まる気らしいぞ…………俺の部屋に……」

「うっわ……」


 手っ取り早すぎて顔が引きつった。ララちゃんも同様のようだ。


「そろそろ戻らないと、ダイヤのやつが気にするんじゃねぇかっつったら、あの女……なんて言ったと思う?」

「聞きたくねーんだけど……」

「右に同じです……」


 俺達の様子に気を配る余裕がないらしいルーファスはグラスをガンとテーブルに叩きつけた。


「苦しむあなたを一人にはしてはおけません。今夜はおそばに居させてください。だ」


 苦しんでる相手になら効く言葉だろうが……魂胆が見え見えでゾッとしない。


「よくそれで抜けてこられたな」

「………………レグ。ちょっと耳貸せ」


 ララちゃんには聞かせたくないらしい。

 指を折って俺を招き寄せるルーファスの側に、怖いもの見たさ、いや聞きたさで耳を寄せる。


「…………俺はな…………風呂に行くっつって……逃げてきたんだ…………」

「……今日はゆっくり休めよ…………」


 これは確かに好きな子には聞かせたくない口実だ。


「わかった! お風呂ですね!?」

「知らないフリをするのも可愛い女の子の仕事だよー、ララちゃん」


 クイズの正解を思いついたような勢いのララちゃんを諌める。我らがキングの心の傷は深い。




「……そもそも、あの女……馬鹿の一つ覚えみたいに『あなたは劣った人間じゃありません』だの『立派にキングとして頑張っていらっしゃいます』だの……俺は、そんな言葉で喜ぶ男だと思われてんのか!? そんなに頼りないキングか、俺は!?」

「お、落ち着け落ち着け!」


 どうどうと宥めるが、効果は薄そうだ。酒の量が増える。

 思わず首をひねった。


「確かにルーファスを落とすにしては、妙な台詞だな」

「だろ!? 俺は自分を劣ってるなんて思ったことはないぞ!! それをあの女……っ」


 苛立つルーファスは手元のグラスを強く握りしめる。ピシリとヒビが入った。


 アカデミーでは常に座学も実技もトップクラスで、就職早々に先代のキングに認められたこの男に、劣ってる? ダイヤのやつらを骨抜きにした女にしては、やはり首を傾げてしまう口説き文句だ。


「その割に、頑張って答えてたな」

「ああ、あれは……昔エルザに押し付けられた恋愛小説を必死に思い出したんだよ……ああいうのも役に立つもんだな……」


 遠い目をするルーファスを慰める言葉を考えていると、部屋にいる残りの一人が思い切り噴き出した。


「ぶっ……なにそれ、全然響いてないし! 下手くそすぎる……っあはは!」


 可笑しくて仕方ないとばかりに腹を抱えてララちゃんが笑う。俺やルーファスにまで笑いが伝染してしまった。確かにあの女が口説くのを失敗してるのは笑える。


「そもそも、こいつらを口説こうってのが無理ある話なんだって。今までどれだけの女共が散っていったと思ってんのかね」

「やめろ。そんなに言い寄られてないぞ。……月に数人ってとこだ」


 これにもララちゃんはツボにハマったようで「多すぎ!」と騒いでいた。それを見つめるルーファスの苦笑は、長い付き合いの中でも見たことがないほど優しい。……楽しそうでなによりだよ。




 さすがに部屋には戻りたくないらしいルーファスは、俺と同じく居室で寝るらしい。ソファはふたつあるからどうにかなるだろう。


「遅くに悪かったな。ゆっくり休めよ」

「すっかり目が冴えちゃいましたよ……おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


 負った傷は、ララちゃんの笑顔ですっかり治ってしまったらしい。

 悪戯っ気を起こしてララちゃんの耳元に口を寄せた。


「こいつ、俺とララちゃんが同じ部屋で寝るのが嫌だったんだぜー、どうせ。ダイヤの女なんか口実だよ」


 ララちゃんは顔全体を真っ赤にしてこちらを睨みつけ、俺達をさっさと寝室から追い出した。


「可愛いだろ?」


 またしても得意気なキングには、肩を竦めるに留めた。


 さて、それじゃあ寝るかとなったとき、扉がノックされた。こちらの都合なんか考えていないだろう、大きな音で。


 寝室からララちゃんが俺達を手招きして、入れ替わるように居室に出てきた。

 護衛の俺が隠れるわけにはと思ったが、ララちゃんは「一人で応対します」と言った。その表情は、どことなくこれから戦いに出るエルザに似ているように見えた。


「……なんです。こんな時間に。明日にしてくださいませんか。休んでいたところなんですが」


 扉を開けてすぐ、先手を取るようにララちゃんは捲し立てた。


「ごめんなさいね。白の10。……こちらにお客様は来ていないかしらと思って」

「お客などおりませんよ。ダイヤの10。……非常識な人ですね。何時だと思っているんですか。お引き取りを」


 寝室の扉に耳を当て、怪しい動きがあれば即動けるよう剣の柄を握る。


「…………ティーカップが二つあるじゃない。ルーファスが来たんでしょ」


 俺が飲んだ茶のカップが見つかった。これはもう出るしか……と思って、人んちのキングを呼び捨てにするなよと舌打ちしそうになった。もう自分の下僕気分か。


 いや、それどころじゃない。剣も魔法も使えないララちゃんが、危険な女の前に一人で立っている。何か俺がいるいい口実を考えねーとな、と寝室のドアノブに手をかけて──声がかかった。


「……レグサス。出てきていいよ」


 思わずルーファスと目を見合わせた。だが、名指しされたのは俺だけだ。ルーファスは姿が見えないよう下がり、俺は一人で扉をくぐった。


 近づく俺の腕をギュウと抱きしめるようにして、ララちゃんはダイヤの10を睨みつけた。


「恋人が来てくれたので一緒に過ごしていたんです。……これでわかったでしょ。スペードのキングはここにはいませんよ」

「……あなたの恋人が、この男……?」


 そこまで驚くかと思うほど女は目を丸くして、俺を見つめる。スペードの9とは気付いていないらしい。


「なーんか、この世界、やっぱりちょっと変だなぁ……」


 ぼそりと言われたダイヤの10の言葉の意味はよく分からない。だが、俺の腕に抱きつく力が強まった。


「スペードのキングと10も特別な関係ではありませんよ。もしもそんな下らない理由であの人を貶めているのなら、即刻解放してください」

「……じゃあスペードの10はゼンかノエルと付き合ってるの?」

「そんなわけありません。スペードの10は5のオーウェンさんと交際されてるんだから」


 ララちゃんはエルザの仇であるダイヤの10を激しく睨みつけている。さっきは子猫のようだと思ったが、この子猫はなかなか逞しいらしい。

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