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「あらぁ、和音ちゃんったら早起きして偉いのねぇ。いつもこの時間は起きてないのに」
「……っどうしたんだ和音!お前がこんな早くに身支度整えて居間にくるなんて!」
「わ、私だって、早起きしたくなる日がありますー!」
「嘘をつけ。万年寝坊すけ娘め。おじさんおばさん、おはようございます」
ゴツッと後頭部を軽く殴られて、私は小さく呻いた。恨めしいと隣にいる彼を見るが、そんな視線は痒くもないと言わんばかりに涼しい表情だ。小学2年のがきんちょにしては大人びた玄至の態度に、私は「こいつこそ本物の転生者なのではないか」と疑ってしまう。前世の私が知る小学2年生男子は、虫かご持って公園でセミを捕まえたり、ドロケイや鬼ごっこ、かくれんぼに必死になり、流行りのカードゲーム収集に必死になり、そして給食で残りものになった牛乳をかけて鼻息荒くジャンケン勝負に勤み、牛乳の飲み過ぎでたまにお腹を壊すのだ。それが小学2年生というものなのに、玄至はそれにかすりもしない。
「朝早くから呼び出してすまんな、玄至」
眉根を下げながらソファにかけるよう促すと、玄至は「失礼します」と腰をかけた。
「気にしないでください。いつも朝稽古で早いし、この時間はいつものんびりしているだけなんですから」
「ああ、確か玄十郎から武術の稽古つけられているんだったか。きついんじゃないか?あいつの稽古は」
「最近は吐かなくなりました」
「最近は」ってことは前は吐くほどきつかったんかい!と心の中で突っ込みを入れる。お父様やお母様も渋い表情だ。
私も運動部入っていたことがあるので、吐くほどきついトレーニングには覚えがあるけど、さすがに小学校低学年でそれは無茶だと思う。
「子ども相手になにやってるんだか、あいつは」
「おかげで筋肉結構ついたんですよ」
そういいながらお腹やら腕やらを自分でバシバシ叩いて見せる。
「玄至さん、知ってる?成長期から筋肉鍛えすぎると、身長伸びにくくなるんだよ!」
「その無駄な雑学に対する好奇心が、学校の勉強に向かえばいいのに」
私が嬉々として豆知識を披露するが、玄至はまともに取り合ってくれないばかりか、最近デフォルトになりつつある呆れ顔でため息をついた。なんって可愛げのないがきんちょなんだろう。
「そういえば」とお父様が本題を話し始めたところで、私はおぼろげになり始めた前世の記憶を思い返していた。
原作の小説で玄至は”この人がすごい!スーパー高校生!”なんてテレビで取り上げられるんじゃないかと思うほど、スペックが高かった。勉強は校内で1番だし、スポーツも万能で部活は剣道部に入っておりしかも副部長だ。小説で玄至は一学年上の3年生だったが、生徒会長もこなしていた。ここまで並べただけでも詰め込みすぎじゃないかと今更ながら思う。因みに身長は180センチは超えていた……。もはや理不尽だとすら思う……。
そんな玄至は当然、人望も厚かった。まあ、どんなにスペック(技術面)が高かろうと、人徳もない奴に生徒会長なんて任せられるわけがない。大人っぽさが際立ってはいたものの、浮くほど人を寄せ付けないというわけでもなく、かといっていつもにこにこ笑顔というキャラでもなく、あえていうなれば一国の王様のような人。小説を読む限りで、少なくとも私はそう感じていた。
そんな彼の唯一の欠点が、なんでも器用にこなせるからこそひとりで抱え込みすぎるところであった。それは、一見すると”一生懸命頑張っててすごい人じゃないか”と思われがちかもしれない。けれど、それは紛れもなく欠点だ。”人を頼る”という行為はれっきとしたスキルといえる。自分にできることをあえて人に任せる度量。さまざまな人材の見極めをして役割を振りつつもそれを相手に察しさせない気配り。やり方を間違えれば、単に他人に甘えているようにしかみえない”人を頼る”という行動スキルは、将来、自分の会社を継ぐであろう玄至には重要なスキルなのである。それこそ、他のスキルが多少悪くてもあったほうがいいと言えるほどには。
正直、私は「求めすぎじゃね?」と思った。どんだけこの人をハイスペックに仕立て上げたいのかと。この欠点は、玄至が自分自身であげた欠点であるのだが、それこそ、「求めすぎ」である。”人を頼れない”のが重大な欠点であることについては、おおいにそう思うのだが……。もう、そんな悩み込んでる時点で、”自分一人で抱え込みすぎだろう”ってことだろう。
今のところは、そんな悩みをもっている風はない。まあ、小学2年生でそんなこと悩んでたら私は玄至の”転生チート説”を本気で疑いにかかることだろう。
私は、半ば誘導されるように、朝食の用意されたダイニングテーブルへと誘われていた。因みに両親は食事が済んでいたらしく、玄至とともにソファのあるリビングでお茶を飲みつつも何かを話しているようだった。