【04】好みの問題 - ヴェカリーン・ビーフブラッドルビー
ジュラエル王国の王都。煌びやかな区域がある一方で、煌びやかというよりも、賑やかな区域という言葉の方が、似合う区域もある。
初めて王都に来た時から、煌びやかな場所よりも、人々の声に満ちて賑わっている土地の方が、好みだった。
「どうしてあの日、あのような割り込みをしたんだ?」
雑踏の中、並んで歩いていた婚約者であるターヴェアンの言葉に、私は肩をすくめた。
あの日――少し前にあった、思い込みのやや強い令嬢がおこした、殴打事件の次の日の事だ。
殴打事件――自分こそはターヴェアン・ブルームーンストーンの婚約者だと思い込んでいた、ザーリア・パパラチアサファイア嬢は、ターヴェアンが婚約者をおろそかにして遊び惚けていると思い、侮辱されたとして、ターヴェアンを打ったのだ。
いやはや、あれは見事な平手打ちであった。ただ、力に任せたあの打ち方では、きっと今頃、若枝のような細い手は、腫れている事だろう。
それはさておき――被害者たるターヴェアンと、その両親。
そして加害者たるザーリア・パパラチアサファイア嬢と、その両親。
彼らが揃い、謝罪をする場が開かれていた。
そこに、ある種関係者と言えど、呼ばれてもいないのに割り込んだのは、私の勝手である。
「この前と同じ答えしか出せないぞ。気になったから。それだけだ」
「本当に?」
下から見上げられ、私は頷いた。
「ああ。パパラチアサファイア嬢と貴殿のやり取りは、目の前で見ていたのだから知っていたが、ただ単純な疑問として、どうやってあの店にたどり着いたのか、と思っていてな。一度気になると、どうにも答えが知りたくて溜まらなくなった。だから、あの場に来た」
私の言葉は、ターヴェアンを納得させるには至らなかったようだ。
「……君が割り込んでこなければ、両親はもっと、パパラチアサファイア子爵家を責め立てていた筈だ。それが、君が割り込んだ事で、場は有耶無耶になって……結局、慰謝料だけで話がついた。……わざと割り込んできただろう? パパラチアサファイア嬢の為に、わざわざ!」
ターヴェアンは不服そうな声だった。
「そうだとして、私を責めるか?」
「恨み言ぐらいは言わせてくれ。私は突然、頬を張り倒されたんだぞ。その犯人を庇うような事を、よりにもよって、味方の筈の婚約者にされたんだ」
言葉通り、声には恨みがこもっている。私は肩をすくめた。
「あの程度の平手打ちを避けられない貴殿にも問題があるだろう」
「ルビーの価値観で語らないでくれないか!? あの距離で、突然はたかれるなんて、思う訳ないじゃないか!」
「情けない声を出すな、男だろう」
ターヴェアンは肩をがくりと落とす。
「……まあいい。……一つ聞くんだが、君、パパラチアサファイア嬢のどこを気に入ったんだ?」
「どこ、か。ふむ。……君の元に乗り込んできて、婚約を解消すると啖呵を切ったところかな」
「えぇ……?」
信じられないという顔をされるが、事実、そこだったのだ、気になった切っ掛けは。
「ああした、素直な人間は、好ましい」
「そうは言っても、あの思い込みの強さではちょっと……どうかと思うが」
そもそもターヴェアンと彼女の間に、婚約を結んだ事実はない。過去、ほんの一瞬、かすかに、候補には上がっていたようだ。しかし即座に候補からも外されていたので、候補として二人で過ごした時間すらなかった。
それなのに、彼女は長年、自分がターヴェアンの婚約者だと思い込み、研鑽を積んでいたらしい。
確かに、思い込みは強いのだろう。かなり。
「一途な事は、悪い事ではないぞ。飽きっぽいより、余程良いではないか。一人の人間をあれほど熱心に愛せる人間が、どれほどいる?」
「そうはいっても、なあ」
彼女の愛は、求められていない愛だった、という点は否定はしない。
愛を向けられていたターヴェアンの反応が、コレなのだから。
「後はそうだな、相手に釣り合うようになろうと、努力を出来る性根も、良い」
「そういうものかぁ……?」
ただただ与えられるのを待つだけの人間もいる。求めるばかりで、相手に利を与えようとはしない人もいる。
それを考えれば、自分に価値をつけようと努力できる事は、良い事だ。
「これ以上話しても、ターヴェアンは納得できないだろうから、最初の質問に戻そうか。――あの店は、貴族御用達のような店ではない。王都に伝手もない令嬢が、供もつけずに一人で、迷う事もなく、あそこにたどり着くなんてありえないだろう」
あの日私とターヴェアンがいた店は、元々は私の行きつけの店だった。そこに、婚約者であるターヴェアンも共に行くようになり、今では私とターヴェアンが揃って常連と化している。
私たち以外に、貴族が食べに来ている所など、見た事がない。
あの通り自体は、治安は良い。
しかし道が入り組んでいて、普通に歩いていて辿り着く場所でもない。
そんな店に、王都に慣れていない令嬢が、迷わず来れるとしたら――誰かから、詳細に行き方を伝えられていたからではないか、そう思った訳だ。
私がパパラチアサファイア嬢から直接話を聞きたかったのは、彼女に色々な事を吹き込んだのが、ターヴェアンの隠れた敵ではないかと思っていたからだったのだが……。
「見えぬ敵が、お前を貶めようとでも思っていたのかと思ったが……逆だとは、流石に思わなかったな」
「ああうん、それは、確かに……」
ターヴェアンは、話を聞いた時の脱力感を思い出したのか、頭を振った。
私も、ターヴェアンから説明を受けた時の苛立ちを思い出し、ふん、と鼻を鳴らす。
ザーリア・パパラチアサファイア嬢の誤解に気が付いていなかったご両親については、家族間の交流不足が原因だ。これは一旦、横に置いておこう。
それよりも問題なのは、彼女が誤解している事に気が付いたまま、悪意を持って情報を訂正せず……あまつさえ、ザーリア・パパラチアサファイア嬢がターヴェアンに対して、問題を起こすように仕向けた人間がいる事だった。
ヘーヴェカー・パパラチアサファイア。
パパラチアサファイア嬢――う~ん、家名が同じ人間が多すぎるので、この際ザーリア嬢と呼ぼうか。――改めて、ザーリア嬢にとっては従兄にあたるこの男は、彼女の家の、分家の人間だ。
「私は、ヘーヴェカーとやらは嫌いだ。本来本家のご令嬢を助けるべき所を、陥れようとしたなど、不忠にも程がある」
資産を持つ分家ならともかく、ヘーヴェカーとやらの家は、本家で働き、親族の情から爵位を得ているだけの家だ。
つまり、ザーリア嬢の家が没落すれば、ヘーヴェカーとやらの家を支援する者もいなくなり、彼奴自身も没落する。
それが分かっていながら、ザーリア嬢の誤解を深める行動を取っていた。
本家当主であるザーリア嬢の父親から、直接、彼女の本当の婚約について聞き及んでいたにも関わらず、ザーリア嬢の誤解を助長していた。少しずつ、少しずつザーリア嬢の中でターヴェアンへの不安や怒りを植え付けていった。
ターヴェアンはお前の婚約者ではない。そう一言伝えていれば、ザーリア嬢が婚約者に蔑ろにされているなんて誤解から、涙を耐える夜を超す必要はなかった。
本家のご令嬢に嘘を吹き込み続けたヘーヴェカーは、最後に、ターヴェアンが「婚約者を放置して、友人と遊んでばかりいる」と吹き込んだ訳だ。
しかもその理由は、逆恨みだった。
ヘーヴェカーは、従妹の婿になり、小さいが貴族の跡取りとなる事を夢見ていたのだという。
パパラチアサファイア子爵家は、領地をもたない代わりに、爵位を次代に引き継げる。財産は彼らが抱える商会で、家の規模を思えばかなり羽振りは良い方だ。
そこの娘と結婚して跡取りになりたい男は、少なくはない。
身内だから他より一歩先に行っている――そう思ったのだが、ザーリア嬢の婚約者は、他国人に決まった。
しかも、跡取りも別のところから養子を取ると決まった。ヘーヴェカーは、選ばれなかったのだ。
これが許せず、ザーリア嬢の誤解……思い込みを訂正せず、ターヴェアンと問題を起こすように仕向けた、というのが事の真相だったのだ。
「ザーリア嬢に直接フラれたとか、相手にされていないとかならば、まだわかる。男女の関係は、縺れるとどこまでもややこしいからな。起こる事もあろう。……しかし、あれは違うだろう? 婿には不適格と定めたのは、ザーリア嬢の父君。……それを恨んで、ザーリア嬢を動かし、家に大きなダメージを与えようなどと……不忠者め」
ザーリア嬢の父君からすれば、実弟の息子。幼い頃から見ていて――そのうえで、婿としては不足があると思った訳だ。
少なくとも、もっと他の有益な候補たちを上回るほどの、能力は示せていなかった。
それを恥じて努力するとか。他所にいって成功して見返そうとするとかならば、分かる。
選ばなかった相手を恨んで、しかも破滅した場合、自分や実の家族も破滅する。「どうでもいいと思った」――そう発言していたと、また聞きで聞いた時は、腹の奥で湯が沸いたかのような気持ちになった。
「……なるほどなぁ、君の怒りの要点は、不忠かぁ」
「当然だ」
「そうか。はぁ…………」
「そう不貞腐れるな」
婚約者の頭を片腕で抱えるようにして、引き寄せる。ぽふ、と腹のあたりに婚約者の頭があたった。
「こうやって俺の怒りも有耶無耶にするのか……ずるい人だ、ヴェカ……」
「これぐらいで有耶無耶になるお前にも問題があるのでは?」
「柔らかくて……暖かくて……この……圧倒的な安心感……百点……」
相変わらずおかしな婚約者だなぁと思いながら、私はターヴェアンを半ば引きずるようにしながら、歩き続けた。




