第3話 ふたりのお嬢とエイリアン・アブダクション論
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ヤーパン民主共和国 首都T京 総書記公邸
「蓮!姿が見えないと思ったら、どこに行っていたの!?」
「ちょっと、あちこち見て回ってたのよ」
戸口に現れた少女はツインテールに結った髪をピョコピョコ震わせながら近づいてくると、華さんの隣にドカッと座り込んだ。その勢いでスカートが盛大に翻る。
「こらっ蓮!殿方もいる所ではしたないでしょ!」
「下にスパッツ穿いてるから平気だもん」
「そういう問題じゃありません!」
華さんに叱られてもどこ吹く風と受け流すこの少女の名は倉橋蓮。彼女も阿武宅貞蔵総書記の孫、つまりは華さんの妹だ。
「あなたも来年からは高校生になるんですよ。いい加減に少しはレディーの嗜みというものを……」
「あーはいはい、お小言は後でね」
いかにも深窓のご令嬢といった感じの華さんとはだいぶ印象が異なるが、顔立ちはそっくりだ。きっとあと何年かしたら美人に育つ事だろう。
「エイリアンナントカって、なんだい?」
先程彼女が発した聞き慣れない言葉について、御厨が疑問を口にする。
「エイリアン・アブダクションです!御厨さん、そんな事も知らないんですか?」
蓮ちゃんは基本的に御厨への当たりがキツい。華さんとの婚約を快く想っていない事が態度から丸わかりだ。まあ、キザで見栄っ張りでボンボン育ちでいちいち嫌みったらしい御厨が気に入らないという点には俺も心の底から同意するが。
だが、エイリアン・アブダクションなる言葉を知らないのは俺も同じだ。ここは俺から訊き直した方が角が立たないだろう。
「蓮ちゃん、そのエイリアン・アブダクションってのは何なんだい?」
「揃いも揃って、物知らずばっかなのね。士官学校ってのはいったい何を教えているのかしら」
数十倍の倍率の志願者から選抜され、4年間に及ぶ厳しい勉強と訓練に耐えて主席と次席を取った人間が中学生に馬鹿にされているという状況に思う事が無いとは言わない。しかし話が進まないので、ここはグッと我慢の子だ。
「蓮、世の中の殆どの人は、貴女みたいに変な雑誌を定期購読して妙な知識ばっかり溜め込んでいるムー民じゃないのよ」
「お姉ちゃんだって、たまに読んでるじゃない!」
「それは貴女が読みかけのまま、その辺に放っておくから、つい」
仲良し姉妹の仲睦まじい遣り取りを見ていたい所だが、話が一向に進まない。自分でも考えてみよう。これでも学生時代、英語は得意だったのだ。
エイリアンというのはalienだろう。つまり外国人とか異邦人とか余所者といった意味だ。アブダクションはabduction、つまり誘拐とか拉致といった意味だ。つまり外国勢力による拉致という意味か?米帝あたりがやりそうな事だ。
あの国は気に入らないと思ったら、他国の元首や指導者が相手でも、躊躇無く特殊部隊を送り込んで暗殺や拉致を行う犯罪国家だ。あの国の法律学者が拉致した外国人を自国の国内法で裁くという無茶にどんな法的整合性があると考えているのかは謎だ。あの国は事あるごとに法の支配云々と言って他国を批判するが、どうにも自分達は特別で例外だと思っているような節がある。まったく、大した二重基準だ。自由と正義とは随分と便利なものらしい。
話が逸れた。今はエイリアン・アブダクションについてだ。
「つまり、外国勢力による拉致だという事だね?」
「そうじゃないの!全然違うの!エイリアンってのは地球外知的生命体って事よ!」
「…………」
「…………」
「…………」
理解が追いつけず、年長の3人は阿呆のように口を開けてポカンとする。
「…………」
「…………」
「…………」
「え、えっと……地球外知的生命体?蓮、それはさすがに……」
最初に虚脱状態から回復したのは華さんだった。
「お姉ちゃん、地球外知的生命体はいるの」
蓮ちゃんは断定口調だ。まったく迷いが感じられない。
「勿論、世にあるUFO目撃談だとか宇宙人との遭遇だとかいうのは、99.9%が誤認か妄想か嘘っぱちよ。でも、残り0.1%はどうしても否定出来ないの。つまり、地球外知的生命体は実在するのよ!」
「…………」
「…………」
「…………」
蓮ちゃんの覇気に押されて口を噤んでしまう。いや、可能性としては否定出来ないかもしれないけど。流石に…
「米帝が少しばかり優れた科学技術を持っているといっても、この公邸の敷地より大きな物体を飛ばして、レーダーにも検知されずに首都上空に侵入して、鍵の掛かった密室からお祖父ちゃんとお祖母ちゃんを連れ去るなんて、明らかに地球人の技術レベルを超越してるわ!」
それはまあ、確かにそうかもしれないが……
「これは絶対に地球外知的生命体による誘拐事件だわ!つまり、エイリアン・アブダクションよ!」
「いや、まあ、仮に宇宙人が実在したとしてだね……」
「御厨さん!」
蓮ちゃんが物凄い剣幕で御厨の話を遮った。
「宇宙人だなんて、子供みたいな事言わないで下さい!」
意味が分からない。宇宙人云々と主張しているのは蓮ちゃんではないか。
「え、あ…はぁ?」
御厨も困惑して目を白黒させている。
「御厨さんにとって宇宙人てどんな感じですか?」
「え、ほら、なんかこう、背は低いけど頭は大きくて、目が大きくて、指が三本だったか四本だったかで、灰色っぽい肌の色で、身体にぴったり密着した銀色の服を着てて…」
「典型的なグレイタイプですね。あんなのは嘘です」
蓮ちゃんはいかにも呆れ果てたといった表情で肩をすくめ、首を横に振る。典型的な米帝人っぽいジェスチャーで、正直ちょっとイラっとする。
「嘘ですって何だよ?」
御厨のやつも苛ついたようだ。少々大人気なく迫るが、蓮ちゃんはそれを柳に風と受け流す。
「考えてみて下さい。地球ではない環境で発生して進化した未知の生物なんですよ?それがどうして人間と同じような身体構造を持ってると思えるんですか?」
「そう言われてみればそうだが…」
「グレイだとかあんなのは、映画撮影用の着ぐるみの都合ですよ。特撮に出てくる怪獣や怪人が概ね人に近い構造、つまり頭があって、胴体があって、二本の腕と二本の脚があって直立二足歩行するのも同じ事です」
まったく身も蓋もない話だ。だが一理ある。
「じゃあ、君はうちゅ……もとい、地球外生命体はどんなだと考えてるんだ?」
「地球外生命体がどんな形をしているかは分からないんです。タコみたいに脚が八本あるかもしれないですし、ゲジゲジみたいに三十本あるかもしれないですし、脚に相当する器官がまったく無いかもしれません。そもそも身体が左右相称かどうかも分かりません。ウニやヒトデにたいな五放射相称かもしれませんし、あるいは地球上の生物では類型が存在しないもっと別な形かもしれません。とにかく、そういう存在を対象に"人"に類するものであろうという、想像力の欠如した傲慢さで語るのは関心しませんね」
立て板に水と捲し立てる蓮ちゃんにやり込められて、御厨は唇を噛む。いい気味だ。ざまあみろ。
「話を戻しましょう。エイリアン・アブダクション、つまり地球外知的生命体による誘拐の可能性です。まず、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは行方不明で、何者かに攫われた可能性が高い。ここはいいですね?」
その部分は同意できる。異論は無い。
「誘拐の手法はまったく謎で、既知のものでは無い、ここもいいですね?」
確かに、あの飛行物体は形状といいサイズといい、既存の航空機と大きくかけ離れていた。おまけに易々と防空網の中に侵入して、あまつさえ空軍に追跡すらさせずに悠々と離脱できるだけのステルス性能もある。内側から鍵がかけられていた寝室から二人を連れ去った方法も謎だ。
「だからって、いきなり地球外生命体の仕業というのは飛躍が過ぎるんじゃないかしら?」
華さんの指摘はもっともだ。何処かの国が極秘に開発した秘密兵器という可能性は否定出来ない。
「いいえ。有り得ないわ。そこまで先進的な秘密兵器が存在していて実用段階に入っているなら、直接もっと大物をどうにかすれば良いんだわ。犯人が米帝だったとしたら、直接モスクワなり北京なりを襲撃すれば良いのよ。犯人がロシアや中国でも同じだわ。直接ワシントンなりロンドンなりを襲えば良いじゃない。わざわざ、こんなしみったれた三流国を狙う意味なんて無いわよ」
いや、その論は些か乱暴すぎるだろう。何かしら政治的な目的を達する為に我が国が狙われたという可能性は否定出来ないし、米中や米露といった超大国間に直接的な火種を投げ込むことはリスクが高すぎる。あるいは航続距離や連続稼働時間といった技術的制約がある可能性も否定出来ない。
「う~ん……そう言われてみれば、それはそうよね……」
蓮ちゃんが黙ってしまった。しまった。大人気なく正論をぶつけすぎたか。
「蓮、地球外生命体による仕業だとして、その目的は何だと思うの?」
ちょっと凹んでしまった蓮ちゃんに、華さんが助け船を出す。まったく、よくできたお姉さんだ。
「もちろん、地球外生命体が何を考えてるのかなんて、私達には知りようがないわ。でも、仮に地球人がどこかの星で生命体と思われるものを発見したらどういう行動をとるかしら?」
そうだな…まずは観察、その上で少量のサンプルを採取するとかだろうか。
「多分だけど、その段階はもう過ぎてるわ。当時、公邸には森田さん含め多くのスタッフが居たのに、ピンポイントでお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだけを狙って攫っている。これはつまり、ターゲットは何でも良いんじゃなくて、その集団内で指導的立場にある個体が目的だったと言う事よ」
「いやいや、特に狙った訳じゃなくて、たまたま攫ったのがお二人だったという可能性もあるんじゃないかい?」
御厨が口を挟む。
「そりゃあまあ、可能性としてはゼロでない程度にはあるでしょうけど。未知の地球外生命体が地球人のサンプルを欲したとして、都心部だけでも一千万人近い人間がいるT京の中から攫ったのが、偶然たまたま総書記とその妻だったなんて可能性、考慮する価値があるとは思えないですね」
「ぬぐぐ…」
再び蓮ちゃんにド正論でやりこめられる御厨。コイツ、お勉強は良く出来るくせに阿呆なんだよな。
「仮に指導的立場にある個体を攫ったとして、何が目的なのかしら?」
「そりゃあ、一般個体との差を調べるために生体解剖するとか」
華さんの疑問に対して、蓮ちゃんが恐ろしい事を言い出す。自分の祖父母の事だろうに、妙に冷徹だ。
「蓮、いくらなんでもそれは…」
確かに、その可能性は無いとは言えない。そうだとしたら、お二人の命は既に無いという事も有り得る。仮に、今現在まだご無事だったとしても、未知の技術力を持った相手に対して、我々が出来る事は何も思いつかない。お二人を救出する手立てがないのだ。
俺たちが仮定の話を捏ねくり回しているうちに、いつの間にやら廊下が騒がしくなった。何やら大声で呼び合う声や走り回る足音が聞こえてくる。扉を開けて顔を出し、通りかかった顔見知りの伍長に尋ねてみる。
「何かあったのか?」
「総書記閣下ご夫妻が見つかったらしいです!今、A森県警から外線に連絡が入ってるとか」
「お二人はご無事なのか?」
「わかりません!では、伝令の途中ですので自分はこれで失礼します!」
伍長は一目散に走り去っていった。
第4話へ続く
作中に多少政治的な話題がありますが、あくまでも作中人物の考えや、作中の社会における一般的な理解について語っているだけであります。
メタ的に特定の思想や社会システムや国家の行動に対して批判もしくは礼賛する意図はありません。




