表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『観測者』平安風コメディ世界で紫式部の巻  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

第二話:勅命と約束

 御簾(みす)の内に、鉛を流し込んだような重い沈黙が落ちていた。

 前回賑やかな掛け合いは嘘のように消え失せ、誰も口を開かない。ただ、部屋の隅に置かれた灯台の炎だけが、油の爆ぜる微かな音を立ててゆらゆらと揺れ、女房たちの十二単の影を壁面に長く引き延ばしていた。


 中宮彰子は、膝の上に置いた檜扇(ひおうぎ)を静かに見つめていた。


 まだ十二の、白く細い指先が、ゆっくりと扇の骨をなぞる。その規則正しい動きは、胸の内で渦巻く感情を、一つひとつ丁寧に並べ直しているかのようだった。


「……父上を恨んでいるのか、と問われれば」


 ぽつり、と落とされた声は、夜の静寂に深く染み込んでいく。


「恨んではおらぬ」


 和泉式部が小さく息を呑み、伊勢大輔が不安げに瞳を揺らす。女房筆頭である赤染衛門だけは、何も言わず、ただ主君の言葉を受け止めるように静かに座していた。


「父上には、父上の責務がある。藤原の棟梁として、一族を守り、家人を養い、血脈を絶やさぬこと。そのために必要とあらば、人を盤上の駒として配置することも厭わぬ。それが、この国の政治というものだ」


 彰子は、いったん言葉を切った。


「父上もまた、盤上の駒なのだ」


 その声にわずかな寂しさが滲む。


「『勝ち続けること』しか許されなかった」


 観測者ーー藤式部は、言葉もなく彰子を見つめていた。


「もし、私が男子として生まれていたなら。同じように家門のため盤を動かしたであろう。娘を帝のもとへ送り、時に誰かの人生を天秤にかけることもあったやもしれぬ」


 彰子は小さく目を伏せる。


「分かっているのだ」


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「……だからこそ、許せぬ」


 ぱん、と。閉じられた扇の音が、静寂を鋭く切り裂いた。


「なぜ、女ばかりが己の人生を最初から差し出さねばならぬのだ」


 その声音は静かだったが、一言ごとに、長い年月をかけて積み重ねられてきた理不尽を削り取っていく鋭さがあった。


「誰それの娘として生まれ、家のために妻となり、血脈を繋ぐために母となる。『一族のため』『国のため』という美しい言葉の影で、女が一人の人間として抱く望みはいつも後回しにされる」


 和泉式部の瞳に熱が宿る。恋を語れば軽薄と蔑まれ、愛を求めれば不実と責められてきた彼女には、その言葉の痛みが誰よりもよく分かった。


 赤染衛門は静かに目を伏せ、伊勢大輔は袖の内で小さく拳を握る。


「男たちは申すのであろう。それが世の理であり、調和なのだと」


 彰子は、わずかに口元を緩めた。だが、その笑みは冷たかった。真っ直ぐに前を見据えた瞳は、夜の底で磨き上げられた鏡のように澄み切っていた。


「その(ことわり)は、誰が決めた」


 誰も答えられない。


「少なくとも、女たちが共に定めたものではあるまい」


 静かな声が、御簾の向こうの闇へと伸びていく。


「男たちが都合よく敷いた盤の上に、私たちは座らされているだけだ」


 重い沈黙が落ちた。宮廷という巨大な仕組みそのものを見抜く、その言葉の重みに誰もが息を呑む。

 その沈黙を破ったのは、伊勢大輔だった。


「変えちゃいましょう?」


 あまりにも無邪気で、あまりにも本質的な一言だった。彰子は目を瞬かせた。やがて、ふっと微笑んだ。


「そうだな、変えてしまえばよい」


 その瞬間、室内の空気が変わる。赤染衛門が居住まいを正し、和泉式部が熱を帯びた瞳を輝かせる。観測者は目を細めた。


 彰子は腹を決めたようだ。


「和泉式部」

「はい!」

「恋を語れ。男たちに都合のよい恋ではない。女たちが胸の奥に秘めてきた願いを、情熱を、誰にも遠慮せず歌にせよ」

「承知いたしました!」

「伊勢大輔」

「はい!」

「驚きと喜びを集めよ。この息苦しい宮中に、笑いと遊びを満たすのだ」

「お任せください!」

「赤染衛門」

「はい」

「人の心を繋げよ。戦う者には帰る場所が必要だ。この場を誰もが安心して羽を休められる場所とせよ」


 赤染衛門は深く頭を垂れた。


「必ずや、お守りいたします」


 彰子は最後に、藤式部へと視線を向けた。


「藤式部」


 観測者は居住まいを正し、深く頭を垂れる。


「はっ」

「女たちの声を書け」


 それは命令であり願いでもあった。


「男たちの記録には残らぬ怒りを、誰にも許されなかった願いを、家のため、国のためと、自らの人生を差し出してきた女たちの足跡を」


 彰子はまっすぐに観測者を見つめる。


「定められた理の中で、それでも懸命に生きた女たちの姿を物語として永遠に刻むのだ」


 御簾の向こうで春の夜風が吹き抜けた。衣擦れの音がさざ波のように響く。彰子は、凛として顎を上げた。


「父上の敷かれた盤の上で生きることは拒まぬ。だが、盤をどう動かすかは私が決める」


 誰かが小さく息を呑んだ。閉じた扇の先が、静かに藤式部を指し示した。


「必ず作れ、藤式部」


 その声は穏やかでありながら誰にも覆せない強さを帯びていた。


「誰も見たことのない物語を」


 藤式部は深く頭を垂れる。その胸の奥で、無数の女たちの声が、熱を帯びて渦を巻き始めていた。


「謹んで承りまする。この身の尽きるまで、筆をもってお応え仕りましょう」


 後に千年を超え、男たちの歴史さえも侵食して読み継がれることになる『源氏物語』。


 その物語の種火が、この夜、誰にも語られることのなかった一人の少女の静かな怒りの中で灯ったのだとしたら。それは、決して不思議なことではない。


***


 翌日。

 御簾の向こうから差し込む日差しは、ほの白く柔らかだった。

 だが、中宮彰子を囲む気鋭のサロンにおける物語制作会議の空気は、およそその春光とはかけ離れていた。ぴんと張り詰めた沈黙の中に衣の擦れる音だけが微かに響いている。


「……では」


 女房集の筆頭格、赤染衛門が重々しく筆を執った。その眉間には早くも胃痛を堪えるような、微かな皺が刻まれている。


「本日の議題にございます。中宮様より直々に命じられました、我がサロンの新作物語について――」

「イケメンです!!」


 厳かな説明を遮り、凄まじい勢いで立ち上がったのは和泉式部だった。流行を追った鮮やかな色彩の十二単が激しく揺れる。


「和泉式部、まだ前提の共有すら終わっていないのだが」


 机に肘を突き、淡々とした声で突っ込みを入れたのは観測者だった。


「いいえ、前提など不要です! イケメンは、すべてに先んじて必要不可欠なのです!」

「理由を述べよ」

「恋愛小説だからに決まっています!」

「合理的だな」

「でしょ、でしょ!?」


 恋に生きる情熱の歌人・和泉式部には、観測者の冷ややかな視線など微塵も届いていなかった。彼女の脳内では、すでに妄想の絵巻物が暴走を始めている。フルスロットルである。


「まず、主人公は市井の男が嫉妬で狂うほどの超絶美男子です! 彼がただ内裏の廊下を歩くだけで、女房たちが狂喜乱舞して和歌を詠み散らかします!」

「女房たちの業務効率が著しく落ちる、迷惑だ」

「彼がふっと微笑むだけで、三人は確実に失神します!」

「ただちに典薬寮(てんやくりょう)を呼べ。もはや医療案件だ」

「彼が通り過ぎるだけで、風もないのに御簾が勝手に上がります!」

「建物の建て付けが悪いか、突風だろう」

「もーう! 藤式部様は夢がなさすぎます!」


 和泉式部がぷっと頬を膨らませるが、観測者の真顔は微動だにしない。彼女は夢より現実を優先する生き物である。


 そこへ、静まり返った宮廷の廊下の向こうから、地響きのような足音が近づいてきた。


「おーい、 誰かいるかー」


 低い。でかい。そして、この優雅な平安京においてあまりにも不釣り合いなほどに、うるさい。 だが、その声の主をサロンの面々はよく知っていた。


 御簾を大雑把に押し上げて現れたのは、牛よりは大きくないが間違いなく平安京で最も強大な体躯を持つ男だった。あれ、二メートルって牛サイズだっけ?今度山の上の牛飼いさんとこ行って確認してこよう。


「社長」


 観測者が言った。


「おう」


 巨躯の陰陽師。通称・社長はどこか憎めない気軽さで手を振った。


「頼まれてた『式神式冷蔵庫』、ようやく形になったから持ってきたぞ。……何だ、取り込み中か?」

「助かる。中宮様、この男も会議に同席させてよろしいでしょうか」


 上座の(とばり)の奥から、中宮彰子が応じる。


「うむ、許す。社長、遠慮せずに上がれ」

「社長さん、どうぞどうぞ~! お席を空けますね」

「相変わらず大きいねぇ、強そう!」

「今、お茶をお淹れします」

「一気に部屋が手狭になった」


 女房たちが一斉に華やぐ。彼女たちにとって、この規格外の男は退屈な宮廷生活に刺激をもたらす、頼もしい風のような存在だった。


「はは、綺麗どころばかりで俺だけ浮いてるだろ」


 社長は笑いながら促された場所へと腰を下ろした。

 女房たちが慌てて彼のために厚手の置き畳を何枚も差し出す。普通の一人用の敷物では、彼の強大な体躯と体重をまるごと受け止めるには物理的に足りないのだ。


「で? 一体なんの話をしてたんだ?」


 待ってましたとばかりに、和泉式部が身を乗り出した。


「新作物語のプロット会議ですよ! 中宮様のご下命で、藤式部様が最高にきらめく恋愛譚を書くのです。主人公は超絶イケメン、歩くだけで周囲の後光が輝き、出会う女君のすべてを狂わせる恋愛無双! 全員が彼に惚れ、彼のために涙を流す……どうですか、この構想!」


 社長は太い腕を組み、ふむ、と顎を撫でた。


「それって、百年くらい前に流行った『竹取物語』の男版みてえだな」


 一瞬にしてサロンの空気が凍りついた。

 和泉式部が言葉を失って固まる。

 伊勢大輔の筆が止まる。

 赤染衛門が息を呑んだ。

 帳の奥で彰子が、興味深そうに目を細めた。


 それまで退屈そうにしていた観測者の眉が、ぴくりと跳ね上がった。観測者はゆっくりと顔を上げた。その瞳の奥に怪しい光が灯る。


「今、なんと言った」

「いんや、『竹取物語』の男版みたいだって……」

「面白い視点だ」


 声のトーンが変わった。低く、密度を増したその響きに赤染衛門は確実な「危険信号」を察知する。観測者が何かに興味を持った時の声である。


「ちょっと待ってください」


  和泉式部が首を傾げる。


「竹取物語って、あの、かぐや姫が月に帰るお話ですよね? どこが男版なんです? あれはSF恋愛小説でしょう?主軸はSFで恋愛はほんのりな」


「違う」


 観測者が断言した。


「竹取物語はSF軽度恋愛小説ではない 」

「えっ!?」


 観測者は立ち上がり、一歩を踏み出す。


「まず前提として、かぐや姫は作中で最後まで誰とも結ばれない。群がる求婚者は全員が失敗し、最高権力者である帝の求愛すら彼女は袖にする。つまり、この物語における男たちは『全員負ける』のだ」


 社長が苦笑する。


「さらに言うなら、かぐや姫が男たちに課す『仏の御石の鉢』『蓬莱の玉の枝』『火鼠の皮衣』『龍の首の珠』『燕の小安外貝』といった試練。あれらは詐欺であり実現不可能な無理難題だ。つまり、作者は最初から誰一人として結婚させる気がない。この物語の構造の本質は恋愛ではない。当時の傲慢な権力者たちへの痛烈な風刺であり、高嶺の花を攻略しようとした男たちが、己の欲によって全員爆死する『敗北の系譜』だ」


 ド直球な分析に、社長がブハッと吹き出した。


 「全員爆死!」


 伊勢大輔もとツボに入って笑い転げている。赤染衛門は完全に頭を抱えた。だが、パトロンである中宮彰子だけは、実になだらかな笑みを浮かべていた。


  社長が目尻に浮かんだ涙を拭いながら頷く。


「だからこそ、その逆だと思ったんだよ。もし、その『男版』がいたらどうなるかってな」

「……続けろ」


  観測者の目が完全に据わった。


「つまりな。光輝くような美男子がいて、たくさんの美しい女君たちと出会う。女たちはみんな男に惚れる。だが、誰も男を独占できないし、誰も完全には幸せになれない。男の側も、どれだけ愛しても、誰一人として本当に救うことができない。……それって、かぐや姫に翻弄された男たちの構造を、鏡写しにしたみたいじゃねえか」


 伊勢大輔が頷く。


「ほんとだ……」


赤染衛門も呟いた。


「男一人に対して、あまたの敗北が生まれる……。確かに、竹取物語の反転ですね」


 和泉式部が目をキラキラ輝かせていた。彰子が扇の隙間からふふっと美しく微笑んだ。

 観測者は立ったまま隣に座る社長を見下ろした。社長がデカくてあまり慎重さを感じない。


「ふむ」


 観測者は腕を組み、しばらく考え込んでいた。 頭の中では既に幾筋ものプロットの糸が複雑に絡み合い、一本の太い大河へと収束を始めている。


 光る男、藤の裏葉、届かぬ想い。 社長の言った「誰も完全には幸せになれない」という言葉が、妙に胸の奥深く澱のように沈んで離れない。雑な表現だが、だからこそ真実の痛みを孕んでいる。


「主人公は月から来たことにしますか!?」

「ピカピカ光っちゃう?」


 和泉式部と伊勢大輔が好き勝手に妄想を膨らませていく。


「夜道でも迷わなさそうですね!」

「一家に一台欲しくなるような?」

「便利さを求めるな」


 観測者が淡々と返すと、二人は顔を見合わせて笑い声を上げた。


 その様子を、御簾の奥から彰子が見ていた。彼女の穏やかな笑い声が漏れる。赤染衛門の肩から、わずかに力が抜けたのを、観測者は見た。


 中宮が入内して以来、赤染衛門は誰よりも近くで、その重圧を見てきたのだろう。藤原の未来を背負う娘。帝の寵愛を得るべき中宮。まだ年端も行かぬ少女には、あまりにも重い役目だった。


 だからこそ、和泉式部の奔放さも、伊勢大輔の無邪気さも、この御簾の内では必要なのかもしれない。張り詰めた空気を緩める束の間の余白として。


 彰子は扇で口元を隠したまま、なおも楽しそうに笑っていた。赤染衛門もまた、口元を和らげる。その表情を見て、観測者は胸中でひとつ結論を下した。


 このサロンに必要なのは、知略だけではない。笑いもまた、人を支える力なのだ。


 

 話もまとまったと職場へと戻ろうとした巨躯の陰陽師を、観測者の声が引き留めた。


「待て」

「あ?」


 観測者は立ち上がった社長の袖を掴んで言った。


「暇な時に私の部屋へ来い」


 一瞬、宮殿全体の時間が止まったかのような完全な沈黙が下りた。


 伊勢大輔の口がぽかんと開いた。

 和泉式部の目が、こぼれ落ちんばかりに見開かれる。

 赤染衛門は口元を両手で覆った。

 帳の奥の彰子すら、一瞬だけ優美な眉を動かされた。


「……理由は?」


 社長が少しだけ声音を落として尋ねる。その体躯があまりに大きいため、ただ問い返すだけでも妙な圧がある。


 しかし、観測者は微塵も動じず答えた。


「お前の物語構造論を、もう少し深く掘り下げたい。光る男の小説の叩き台を早急に構築する必要がある。夜通しになるかもしれん」


 伊勢大輔、和泉式部、赤染衛門がずっこけた。


「そっちかーーーーーーい!!!!」


 畳をバンバンと叩いて絶叫する平安のギャル。


「何を期待した」


 観測者は本気で周囲の動揺の理由が分かっていない顔で首を傾げた。


「いやいやいやいや!!」


 和泉式部はなおも食い下がる。


「普通そういう言い方しませんから!」

「そうなのか?」

「そうなのです!!」


 赤染衛門が深くため息をつき、額を押さえた。


「お願いですから、もう少し言葉を選んでください」

「内容は正確に伝わっただろう」

「正確すぎて問題が生じるのです」


 その横で、伊勢大輔がきらきらと目を輝かせて挙手した。


「つまり、お二人だけの夜の秘密会議……! なんか、カッコいいです!」


 社長は大きな手を頭の後ろに回し、ガリガリと頭を掻いた。


「あー、構わねえけどよ」


 一応、上座へ視線を向ける。


「中宮様。……行っていいんですかね、俺」


 彰子は艶やかに微笑んだ。


「許す、我がサロンの物語のためだ」


 彰子は即答した。さすがは天下のパトロン、器が違う。社長は肩をすくめ観測者を見た。


「じゃ、今夜行くわ」

「陰陽寮の仕事に支障はないか?」

「ないない。……何か欲しいもんでもあるか? 夜食代わりに」


 観測者は一瞬だけ視線を泳がせ、ぽつりと言った。


「甘い物」

「了解」

「私も、何かそちらの口に合うものを用意した方がいいか」

「酒があると話が進む」

「分かった、手配しておく」

「つまみは俺が適当に持っていくわ」


 実にあっさりと夜の約束は成立した。

 その背中を見送りながら、伊勢大輔が両手を頬に当てながらうっとりと呟く。


「唐菓子、干し柿、蜂蜜……」


 観測者が振り返る。


「食べたいのか?」

「えへへ、甘い物と聞いたら。あと、お餅にうんと甘葛煎をかけて食べたいです」

「そうか、口元が緩んでいるぞ」


 そこから、ケーキバイキングならぬ甘味バイキングの企画が上がった。



 夜、といってもまだ午後七時くらいだが平安京は電気がないから暗い暗い。

 約束どおり、観測者の部屋を訪れた社長は、持参したつまみを几帳の脇に広げた。二人は机を挟み、巻物を前にして物語の構想を練る。


 夜が更けるにつれ、宮廷の喧騒は次第に遠のいていった。蝋燭の炎が揺れるたび、机上に散らばる草案の文字もまたいたずらに揺れている。


 部屋を満たすのは、紙をめくる音と、時折交わされる二人の声だけ。もっとも、議論の中身は、時を追うごとにひどくなっていったのだが。


 部屋に放たれた社長の低い声が物語の設定が書かれ文字を追って苦笑した。


「改めて読むとひでえな、色男が女を片っ端から口説き落としていく話は。お前、中宮彰子様の教育係だろ。十代前半の中宮様にこんな物語を読ませてどうするんだ」


 観測者は小さくため息をつき、筆を置いた。


「馬鹿を言うな。これは彰子様のためのものではない。藤原道長様から直々に命じられた、帝を釣るための『撒き餌』だ」


 珍しく観測者が声を荒らげた、社長は動きを止め怪訝そうに眉を寄せた。


「帝は定子様に一途で、彰子様には見向きもしない。清少納言が仕掛けた、あの知能指数の高い華やかなサロンを今も追っている。だから道長様は彰子様に言ったのだ。『帝が毎晩、続きが気になってお前の部屋へ通わざるを得ないような、餌を用意しろ』とな」


「なるほどな、さすが道長様」


 呆れたような社長の呟きに、観測者はふっと冷たく笑った。


「だが、彰子様も私は思惑通りに踊るつもりはない。男にとって都合の良いシンデレラストーリーなど書くものか。男たちの強欲、エゴ、この宮廷の泥水とした様。すべてを光るの君という歪んだ鏡に映し出して叩きつけてやる」


 観測者の瞳に揺らぐ炎を見た社長が、口角を釣り上げて嗤った。


 ふと、議論も終わる頃。

 昼間のやり取りを思い出した観測者が、手元の杯を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「甘い餅もうまいが、しょっぱい餅もうまい」

「醤油とか海苔とかか?」

「そうだ。だが、この時代はどちらも流通していない。磯部餅の底力を知らぬとは、この時代の人間は不憫だ」

「はは、お前が言うと説得力あるな」


 社長が豪快に笑う。


「まあ、どうにでもなるぞ。用意する」

「お前は本当に、なんでもありだな」

「網も作るか。ここで直接焼いて食えるように」

「餅はこちらで用意しよう。用意するから一緒に食べよう」

「……明日持ってくるわ」

「明日? お前にも仕事があるだろう。ゆっくりでいい」

「んじゃ、二日後」

「それでも早い。もっと己の身を労え」

「だめ?」


 観測者は、答えるまでに少し時間を要した。人に頼ることも、待つことも、得意ではない。だが、この男に対してだけは、不思議と言葉が素直になる。


「……待ってる」 

パロディです、歴史を混ぜつつ全無視しています。個人的な考えですが、竹取物語は日本最古の乙女ゲーム系小説(ソフトSF小説)、源氏物語は日本最古のギャルゲー系小説だと思っています。竹取物語は藤原家をこれでもかとディスった風刺小説じゃないですか。三人の求婚者が実在した男性達で、名前は変えてるけど世情が分かる人が読んだら一発でバレる。中宮彰子サロンは本人はもちろん、紫式部も藤原です。なのに、紫式部の日記には竹取物語マジスゲーって書いてあったし。藤原家はなぜ竹取物語を発禁しなかったのか、梵書にしなかったのか。多分、面白がってたんだろうなとか、はいはい負け犬の遠吠え乙wって思いながら読んでいたのかなと思ってます。でも千年後も読まれてるなんて思わなかったろうなとか。日ノ本全土にバズると思わなかったんだろうなとか、いや、オタクのスピリットを軽く見ていたんだなとか。そう、日本人は千年前からオタクなのです、もはやDNA!!私の妄想が止まりません。恋愛小説になってますよね?三日夜餅は有名ですよね?そこにかけてみました。そしてラブコメで書いているつもりなのに宮廷政治劇に寄っていくのはなぜなのか謎です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ