↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【祝2000PV】魔王軍の法務部  作者: 月待ルフラン【第1回Nola原作大賞・大賞】
第11編:原点回帰編「真壁の心の負債」
PR
38/40

第38話 "自分"との契約

医務室から半ば追い出されるようにして、俺は自分の執務室に戻った。

ボルガの怒声、ゼグスの指摘、アーカーシャの失望、クラウスの嘆き。

そして、リアナが突きつけた、俺自身の「法」。


ガチャン、と内側から鍵をかけた。


羊皮紙の塔がそびえ立つ、見慣れた机。だが、俺は椅子に座ることすらできなかった。壁に背を預け、ずるずると床に座り込む。


(……なぜだ)


ペンを握らなければ。計画書を修正しなければ。仕事が、止まる。

なのに、指一本動かない。法務部長としての俺が、自分自身に「業務停止命令」を出したかのようだった。


(……なぜ、こんなことに)


脳裏に、あの蛍光灯の明滅するオフィスが蘇る。嘲(あざけ)るように笑う、上司・鈴木の顔。


『真壁くんはさあ、"価値"がないよね』

『お前のかわりなんて、いくらでもいるんだよ』

『成果を出せ。成果で示せ。それ以外のお前に何の意味がある?』


(……ああ、そうか)


俺は、自分の震える手を見つめた。

ようやく、理解した。法律家として、自分自身のケースを、ようやく正確に分析できた。


俺は、怖かったのだ。


この世界に来て、魔王に、ボルガに、ゼグスに、仲間たちに「必要」とされた。それが、どれほど嬉しかったことか。

だが、その「必要とされている」という状態は、前世の経験に照らせば、極めて不安定な契約条件だった。成果が出ているから必要とされる。では、もし成果を出し続けられなかったら? 俺が完璧でなくなったら?

――契約解除。解雇。また、「価値がない」と、言われる。


前世のトラウマが、俺の行動原理の根幹に、悪質な瑕疵(かし)として埋め込まれていた。「成果を出し続けなければ存在価値がない」――その脅迫的な信念が、俺を三日間眠らせず、仲間の声を遮断し、自分の身体を壊すまで働かせた、真犯人だ。


「……俺は、最低だ」


自己嫌悪に、膝に顔を埋める。


◇


静かに、扉がノックされた。

「部長。私です、リアナです。……入ります」


鍵はかけたはずだった。だが、リアナはアーカーシャから預かっていたという合鍵で、静かに入室した。

(……不法侵入だぞ、とツッコむ気力すら残っていなかった)


彼女は、床にうずくまる俺を見ても驚かなかった。ただ、その隣に、そっと腰を下ろした。

執務室に、重い沈黙が流れる。


やがて、リアナがぽつり、と語り始めた。

「私も、ずっと怖かったんです」


俺は、ゆっくりと顔を上げた。


「私は、没落貴族の娘です。聖法神王国では、私の"価値"は、より高い地位の貴族との婚姻――つまり、政略的な"契約材料"でしかありませんでした。だから、"価値"を証明し続けなければ生き残れないと、ずっと思っていました」


彼女は、先ほど医務室で突きつけた羊皮紙を、俺の手にそっと握らせた。


「でも、あなたがここで作った法は……"全ての人には、生まれながらの尊厳がある"と定めている。それは、能力や成果とは関係なく、そこに"いる"だけで保証されるものだと」


リアナは、俺の目をまっすぐに見つめた。


「その法は、あなた自身にも、適用されるんですよ、真壁部長」


――適用される。


その一言が、俺の中で、硬く張り詰めていた何かを、堰を切ったように壊した。


「う……ぁ……」


声にならない嗚咽(おえつ)が漏れる。

前世で過労死した時も、この世界に転生した時も、一度も泣けなかった。「価値のない自分」が泣くことなど、許されないと思っていた。

だが――あの羊皮紙に書かれた条文は、俺自身が書いたものだ。「全ての人に尊厳がある」と、他ならぬ俺自身が定めた。

ならば――それを自分に適用できないなんて、法の下の平等に反するじゃないか。


「すまない……すまなかった……!」


俺は、握りしめた羊皮紙に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣いた。

法務部長として情けない。だが、これもまた、法の支配というやつだ。自分で作った法に、自分が救われる。皮肉以外の何物でもないが、それは確かに、正しいことだった。


◇


涙が枯れる頃、俺は顔を上げた。

目には、もう前世の怯えはなかった。


「リアナさん、ありがとう。……決めたよ」


翌朝。

魔王城の大広間に、緊急の将軍会議が招集された。

やつれ、しかしその目だけが異様なほど澄んだ俺が、魔王の前に進み出る。集まった将軍たちの訝(いぶか)しむ視線が、突き刺さった。


俺は、魔王と全員の前で、深く一礼した。

そして、宣言した。


「私は、聖法神王国の再建案件を、辞退します」


ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。