パーティを作る前に
翌日、僕は寝袋の中で目を覚ました。
まさか、宿の中で寝袋に入ることになるなんて……。
「スンスン」
脇に目をやると、ビアンカが僕の頬を舐めてくれている。
「おはよう、ジャック」
僕を見下ろすメリュジーヌさんは、またもやメイド服を着ていた。
魔力により衣服を形作る魔法『エーテル・クロース』だ。
「お、おはようございます」
僕は寝袋から出ると、簡単な身支度を済ませる。
「それで、ジャック。冒険者ギルドって朝早くから開いてるんでしょ? アタシの冒険者としての登録ができたんなら、ボードカードとか色々受け取りに行かないと」
昨日、メリュジーヌさんは僕と一緒にいるため、メリーという偽名で冒険者ギルドに登録した。
もし順調に作業が進んでいたら、既に手続きを完了し、冒険者として仕事を受けることができるようになっているはずだ。
「そうですね。朝食を摂ったらすぐ行きましょうか」
僕らは宿屋の食堂へ行き、簡素な食事を摂る。
ここの朝食はよくあるメニューで、黒パン、チーズ、オレンジジュース、野菜とベーコンが入ったスープという組み合わせだ。
僕の足元では、ビアンカが干し肉を食べている。
「しっかし貧相な食事ね。もっといいものはなかったの?」
「出された食事に文句言ってたらダメですよ。せっかく比較的いい宿にしたんですから……」
メリュジーヌさんは豪快にパンを噛みちぎりながら、堂々とメニューに文句をつけている。
こういうところは、嘘がつけない龍人ならではだ。
「人間の暮らしってのも面倒ね……。ま、このアタシがいるからには、すぐに毎日フルコースの料理を食べられるような、頂点の冒険者にしてあげるから!」
自信満々に『ギルドの頂点に立つ』という僕の願いを謳うメリュジーヌさんに、僕は辟易させられてしまう。
「……メリュジーヌさん。昨日も話しましたけど、僕はお金や贅沢のために夢を目指してるんじゃありません。冒険者の立場をよりよくするために、卑しいという固定観念を払拭するためです」
僕がピエール様の勇者パーティから除名されたのは、冒険者という仕事に対する偏見が大きい。
それを払拭するためには、冒険者の一人として襟を訊さなければならない。
「わかってるわよ。アンタみたいな冒険者が卑しいなんて罵られない世の中にするのが、アタシの役目だからね」
メリュジーヌさんはとても強い反面、変なところで抜けていて心配だ。
まあ、こんな大雑把な人を背後でサポートすることは、銀級の冒険者だった頃からの得意分野だ。
夢を支えてくれる人を、僕もまた支えよう。
「はい! これがメリーちゃんのボードカードと、石級のブローチだよ」
ギルドに着くと、アンナさんが今の僕と同じく石級の冒険者であることを示すブローチをもってきた。
この裏側には、メリュジーヌさんの偽名である『メリー』という名前が刻まれている。
「このアタシが最低ランク? アタシぐらいの実力があれば金級でもいいんじゃない?」
今まで瓶の中から僕のことを見ていたのなら、冒険者ギルドのルールぐらいは知っていてもいいんじゃないか?
まあ、玉級じゃない分まだ謙虚なのかもしれないけど……。
「メリーちゃん、どんなに強い人でも、最初は全員石級なのが決まりだからね。ルールを守れない人は冒険者になれないよ!」
アンナさんに強く念押しされ、さすがのメリュジーヌさんもたじろいでいる。
「まあ、これが冒険者ギルドの掟です。おとなしく従いましょう」
メリュジーヌさんは、メイド服のエプロンに石級のブローチをさす。
どうやら魔力からなるメイド服には、アクセサリーを取り付けることもできるらしい。
「まあいいわ。これでアタシも冒険者の一人ね……!」
新人の冒険者メリーとなったメリュジーヌさんは、ボードカードとブローチを嬉しそうに僕に見せつける。
「で、ジャック、これでアンタのパーティに入れるんでしょ? 早速パーティの結成を頼める?」
僕は懸念していた事態について、なるべきメリュジーヌさんを怒らせないように説明する。
「……あ〜、それなんですが、実はパーティを結成するために必要なことが、いくつか足りていなくって……」
「へ?」
冒険者ギルドには、パーティという制度が存在する。
定義としては、2〜9人で組まれる小隊規模の冒険者の集団だ。
もともと、冒険者という仕事は個人で営んでいる者が主流だった。
しかし、当然ながら敵は魔物の群れであったり、軍隊などの組織であったり、竜などの巨大な敵であったりする。
そのような敵に立ち向かうために、各々の冒険者は利害の一致からなる集団を作るようになった……というのがパーティの始まりだ。
そして、この『パーティ』という仕組みは冒険者ギルドが設立されたとき、制度として確立された。
「それで、冒険者ギルドの中でのパーティは、リーダーとして最低でも銅級の冒険者が1名、僕みたいな物書き係の冒険者が1名は必要なんです。で、僕らはどちらも石級ですから……」
この制度にもちゃんと理由があって、みんなの書類仕事と金勘定を引き受ける役割として物書き係は必須であり、監督役としてある程度の経験を積んだ冒険者がついていることが、新人冒険者を守るために必要だからだ。
「なんなのよそれ!? せっかくジャックを助けるために呼ばれたってのに、一緒に活躍できないってのはどういう了見よ!」
「ま、待ってください、メリュ……メリーさん。いきなりパーティを組まなくても、僕らが一緒に活躍することはできます」
いらないことを言って誤解させてしまったので、僕からパーティ以外の方法もあることを説明する。
「冒険者は正式にパーティ登録を申請していないときでも、行動を共にすることはできます。正式にパーティを組んでいないとしても、一緒に行動してはいけないという決まりはありませんので……」
僕とパーティを組めると思っていたメリュジーヌさんにはショックだったと思うけど、ギルドの決まりは守ってもらわないといけない。
そうでなければ、頂点の玉級まで辿り着くことはできない。
「……まあ、仕方ないか。それじゃ、しばらくご一緒させていただくわ、ジャック」
メイド服の裾をつまみながら、最初に会ったときとそっくりな一礼をする。
こんなやりとりから、僕とメリュジーヌさんは冒険者仲間となった。
「ええ。僕らでパーティを組めるように、頑張ってランクを上げましょう!」