お姉さんから貰った力
「じゃあね〜、ジャック〜〜〜、メリーちゃ〜〜〜ん!!」
メリュジーヌさん……メイドのメリーさんの冒険者登録が完了した後、僕らはギルドのトロニエ支部を出発し、そのまま南西の方角にある、ドワーフの国ジラクへ向けて出発した。
僕はビアンカに乗り、メリュジーヌさんはその後ろで翼を広げて浮かんでいる。
「驚きました。話には聞いていましたが、本当に羽ばたくこともなく浮かんでいられるんですね……」
竜の翼は鳥などの翼とは違い、原始的な魔法の力により、その身を宙に浮かせることができる。
この作用により、重すぎるドラゴンや、人型の龍人も空を飛ぶことができる。
「ジャックって博識なのね。アタシみたいな龍人の翼が、羽ばたかなくてもいいことを知っているなんて」
「いや、その……一人前の冒険者は、常に知識を仕入れることを怠らないというのが僕の矜持ですから」
常に、自分がなんでも知っているなんてつもりでいてはいけない。世界にはまだまだ知らないことであふれている。
もし驕り高ぶるようであれば、僕は冒険者として終わっているだろう。
「……あら? この声は……」
そんな話をしていると、メリュジーヌさんが不意に静止して、森の向こうに注目した。
「どうかしましたか、メリュジーヌさん?」
『キィィエエエェェェェェエッ!!』
突然、上空から竜の甲高い鳴き声が聞こえた。
空を見上げると、首と尻尾が細長く、腕からなる幅広い翼を持つ竜が、木々のスレスレを飛んでいるのが見えた。
「ワイバーン!?……なぜこんなところに?」
ワイバーンは竜の一種であり、背中から翼が生えているのではなく、大きな腕が翼となった種族だ。
力ではドラゴンなどに劣るものの、他の竜よりも飛行能力に優れている。
脚の鋭い爪はもちろん、種類によって様々なブレスも侮れない。
もし空中戦にもちこめば、大型のドラゴンでも苦戦は確実だろう。
「もしかしてアイツ……獲物を追ってる?」
メリュジーヌさんの言う通り、ワイバーンは鎌首を下げたまま、地上を走る何かを追跡しているようだった。
ワイバーンの速度からすれば低速なのを見るに、おそらく馬に乗った人間を追っているときのものだ。
「もしかしたら、人間を追っているかもしれません! 助けに行きます!」
僕はメリュジーヌさんの返事を待たずに、ビアンカをワイバーンがいる方へと走らせる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんで人間を追ってるってわかるのよ?」
木々の間をすり抜けて、ワイバーンの少し前方、おそらく獲物である人がいそうな方角へと駆けていく。
案の定その先では、ボロマントを纏った誰かが、必死に馬を走らせているのが見えた。
やっぱり、あのワイバーンは人間を狙っていたらしい。
「大丈夫ですか!?」
僕はビアンカを馬と並走させながら、ボロマントの人に呼びかける。
「き、君は……?」
顔はよくわからなかったが、声からしておそらく女性だ。
「僕は石級冒険者のジャックです! あのワイバーンを撃退します!」
後ろを振り返ると、斜め後ろからワイバーンが追いかけてきているのが見えた。
やはり、あいつはこの人を狙っていたのか。
「これでもくらえ!」
僕は閃光を発する魔法『フラッシュスフィア』を展開し、5個の光の玉を発生させる。
玉はワイバーンに触れると強烈な輝きを発して、相手の視界を眩ませる。
突然の閃光に、ワイバーンは草むらに落下してのたうち回っている。
「今のうちに逃げてください!」
マントの人は何も言わずに、大急ぎで森の方へと走っていく。
「……よし、それじゃ僕も!」
今の僕はマギ・ピストルの弾丸も使い果たしてしまい、使える攻撃魔法もろくなものがない。
だとすれば、あのワイバーンを振り切って身を隠すのがベストだ。
「ジャック! アンタ一人で突っ走ってどうすんの!?」
ようやく追いついたメリュジーヌさんは、ワイバーンの方を見定める。
「……しっかし、封印を解かれてから連続で竜とやり合うことになるなんてね」
メリュジーヌさんは、おそらく封印が解かれたときに戦った、あのペルーダのことを言っているんだろう。
相手は既に目眩しから回復しているようで、怒りのこもった視線を僕らへと向けている。
「襲われていた人はもう逃げました! 後は僕らも逃げるだけです」
僕の呼びかけに、メリュジーヌさんは不思議そうな顔をしている。
しかし、その表情はすぐにイタズラを企む子供のそれに変わった。
「アタシが片付けてもいいんだけど……ジャック、試しにこの魔法を撃ってみなさい」
そう言いながら、メリュジーヌさんは僕の顔に両手を添えて、額にキスをする。
「なな、何を……えっ!?」
その途端、僕の頭の中に見たこともない魔法陣と、この魔法の概要、そして呪文が浮かび上がった。
「こ、これって……!?」
「説明は後よ! ほら、アイツが!」
メリュジーヌさんの言う通り、ワイバーンは既に起き上がって、怒りに任せてブレスを撃とうとしている。
この魔法の詳細を訊ねている暇はなさそうだ。
僕は攻撃魔法を撃つときと同様に、手をかざして呪文を唱える。
「風よ、氷よ、我が身に集え。凍てつく吹雪を巻き起こし、天高く昇る竜のごとく螺旋階段を築きたまえ……」
ワイバーンが炎のブレスを吐き出す寸前、やっとこの魔法を撃つ準備が整った。
「アイスストーム!!」
僕とワイバーンとの間に、冷気を含んだ竜巻が生じる。
初めてメリュジーヌさんと出会ったときと同様に、凍てつく竜巻がブレスを防ぐ盾となる。
『ギュアッ!』
予想外の事態に面食らったのか、ワイバーンは驚きの声をあげ、空へと飛び上がる。
「逃げられるとでも思ったの?」
メリュジーヌさんは逃げるワイバーンに向けて、風の魔法『ウィンドカッター』を撃った。
初歩的な遠距離用の魔法だけど、メリュジーヌさんの魔力からなるそれは、普通よりも遥かに威力が高い。
『ギエエエッ!!』
ブーメランのような風の刃が左翼の皮膜を切り裂く。
そのままワイバーンは高度を下げていき、森の中へと墜落していった。
「さすがね、ジャック!」
横からメリュジーヌさんが勢いよく抱きついてきたが、それどころじゃない。
「あの……この魔法は一体……?」
「ジャックの使い魔であるアタシの魔法を、アンタも使えるようにしたのよ。使い魔とのつながりがあれば、こんなこともできるってわけ」
「メリュジーヌさんの魔法を、僕が……?」
「まあでも、アタシが使うような魔法なんて、相当な魔力を消費するはずよ。ジャック、もともと見慣れない魔法をいくつも使えるだけあって、魔術師としての適性もかなりのものなんじゃない?」
とんでもない魔法を僕も使えるようにしてしまうなんて、やはりメリュジーヌさんはとても凄い。
そして、そんな魔法をあっさり使いこなしてしまった自分が恐ろしい。
「それで、追われてた誰かさんは助けられたの?」
「そ、そういえば……」
ワイバーンをなんとかするのに必死で、逃げていた人のことを見失ってしまったらしい。
「すみません。逃げてくれたんですが、見失ってしまって……」
「まあ、損得勘定抜きで人助けをするってのは、実にアンタらしいわ。……やっぱり、あの師匠の影響かしら?」
そう、かつて僕が冒険者に憧れるきっかけとなった『陽光と白銀の弓取り』は「冒険者ってのは人助けをしてなんぼ、報酬なんざ二の次だ」と言っていた。
彼女の言葉は、今も僕の行動原理となっている。
「そうだ! 墜落したワイバーンを調べに行きましょう。周囲に危害を加えうるようなら放っておけませんし、あの人を追っていたのには理由があるのかもしれませんから」
常に様々な事態を想定し、状況をよくするための行動をすることは、冒険者としては初歩的なことだ。
「よし、そうと決まればあの間抜けワイバーンを追うわよ! ほらビアンカ、とっとと走りなさい!」
「ウゥ……」
メリュジーヌさんに指図されたことが気に入らなかったのか、ビアンカは不満そうにうなっている。
「ビアンカ、文句言ってないで行くよ!」
僕はビアンカを促すと、ワイバーンが落ちていった方角へ向かせる。
僕とメリュジーヌさんとビアンカは、ワイバーンを探して木々の間を進んでいくのだった。




