旗艦で起きていたこと
第5艦隊が出港してから4日間、ピエールにとっては退屈な船旅が続いていた。
なにしろアヴァロニア大陸東岸に着くまでの約12日間、何の目印もないアヴァロン洋の旅が続くのだから。
サント・オルレアン号の甲板で揺られながら、艦長のゴールから状況報告を受ける。
とはいっても、勇者パーティは大抵のことはゴールに委任しているため、勇者パーティのやることといえば、このガレオン船の中でふんぞり返っているだけなのだが。
たまに船尾楼から後方を見てみれば、遠くにあの生意気なジャックと、奴が結成した『龍の背』のこれまた不愉快な二人の女が乗っているオマール号が見える。
「ピエール、何を見ているの?」
眉を顰めているピエールに、聖女のマグナが声をかけた。
「ああ……マグナか。あのボロ船が気になってな……」
マグナはその類稀なる法力の才と、天使が降り立ったような美貌とでバベル教国の聖女に叙された、才色兼備の聖女だ。
そんなマグナに見とれる船員は数えきれない。
「ジャックとその仲間……確か『龍の背』だっけ? それにしても、たかだか3人の冒険者が、よくもまあピエールに強気に出られたわね」
チャチャ以外のパーティメンバーは、世間では賎業とされる冒険者を忌み嫌っている。
「そうだな……俺達冒険者パーティを相手に、たかだか一冒険者の無罪を勝ち取るなんてことをしてくれたものだ。おかげでデュランダル城内では恥をかかされた。……城の奴ら、あれが勇者への態度か」
ピエールはわかっていないが、周囲が冷ややかな反応をしていた理由は別にある。
国王の言う通り、特に問題を起こしていないジャックを、卑しい出自だという理由で追い出したという人格の問題もある。
そこに行き先の町や村の助けを無視するという問題行動、ジャックを排除してからの惨敗続きが重なり、ピエールの勇者としての器そのものを疑問視する者が増え始めたのだ。
実際、サント・オルレアン号の船内でも、勇者の立場の上にふんぞりかえっているピエールには、冷ややかな視線が寄せられている。
そんな勇者の憂鬱な日々を打ち破ったのが、魔王軍の航空戦力による襲撃だった。
「南西より魔王軍が襲来!」
「ほう……丁度いいところに来たな。無礼な船員共にも、勇者の強さを見せつけてやろう」
警告の鐘が鳴り、船員が各々の配置につく。
ピエールも愛剣アスカロンを抜き、儀仗として掲げる。
「皆の者、魔王軍を迎え撃て! ドゥエイル王国勇者パーティの力、その目にしかと焼き付けるがよい!」
旗艦からは熱狂の雄叫びがあがるか、それはジャックを除名する以前より勢いが弱かった。
飛来した数十のワイバーンとドラゴンライダーに、甲板の魔導砲が射撃を浴びせる。
ワイバーンはそれを躱しながら、 何体かごとの隊に分かれて各艦に襲いかかる。
艦隊中央に襲来した9体との戦闘が、勇者パーティの見せ場となった。
まず、ロンドが雷の魔術『ライトニング・ボルト』を撃ち放つ。
それにより、2体のワイバーンが海へと墜落していった。
更に、マグナが各艦を守るための『ディバインフィールド』を展開する。
これにより、ワイバーンのブレスはガレオン船に届くことはない。
「風よ、炎よ、我が身に集え。荒れ狂う熱風を巻き起こし、天高く昇る竜のごとく螺旋階段を築きたまえ……」
ピエールは呪文を唱え、剣の鋒をワイバーンの群れに突きつける。
「ファイアーストーム!!」
炎の竜巻が天高く舞い上がり、サント・オルレアン号まで迫ったワイバーン2体を撃ち落とした。
「だああぁぁぁぁらあああぁぁぁぁぁ!!」
対空攻撃を潜り抜け、甲板の上を通過しようとしたワイバーンの1体を、セルゲイの持つバルディッシュに叩き切られた。
「たぁっ!」
もう1体通過しようとしたワイバーンがいたが、マストの上から飛び降りたチャチャが、すれ違い様に乗り手を刀で真っ二つにした。
取り逃した5体のワイバーンと乗り手は、そのまま艦隊から遠ざかっていく。
魔王軍を撃退したことにより、旗艦の甲板から勝利の雄叫びがあがる。
「ピエール、ドラゴンライダー共は俺らに恐れをなして退いていくぜ」
「ああ、歯応えのない奴らだ」
ただ、ここで油断しきっていたのがまずかったのかもしれない。
このとき既に、第5艦隊に打撃を与えうるクラーケンが、艦隊中央の真下まで来ていたのだ。
「ゴール艦長! 勇者様!」
「なんだ、騒々しい」
「オマール号から連絡です! 『水中から魔王軍の攻撃の恐れあり』と!」
ジャックを乗せたボロ船からの連絡に、ピエールは怪訝な顔をする。
「それは本当か!? もう少し詳しい連絡は聞けないか?」
マストに登っていたチャチャが反応するが、ピエールとセルゲイはどうにも反応が薄い。
「あの臭いガキが船長に何か吹き込んだのか?」
「だろうな。そんなことより今は空から第2、第3の攻撃がないか警戒すべきだろう」
前から嫌っているジャックの顔がチラついたことで、この連絡を無視してしまっていた。
そのときだった。
「うわああぁぁ!?」
「なっ、なんだこれは!?」
艦隊中央のあちこちから、スパイク付きの触手が飛び出し、サント・オルレアン号の船体に絡みついてきた。
「まさか……クラーケンか!?」
ロンドがその正体に気づいたときには、既に手遅れだった。
強靭な触手と鋭利なスパイクが、船体を卵の殻のように砕いていく。
「くそぉぉ! タコごときが調子に乗りやがって!」
セルゲイがバルディッシュで切りかかるものの、弾力のある触手に弾き返されてしまう。
「これならどうだ!」
ピエールもファイアーボールを連射するが、相手が大きすぎて効果が薄いようだ。
そうこうしている間にも、船体はどんどん軋んでいく。
「ロンド! お前の魔術でなんとかならないのか!?」
「ま、待て、ピエール。この距離で撃ったら船体が吹き飛びかねん」
そんな中、艦隊後方から一人の影が飛んできた。
蒼い髪の龍人、メリーことメリュジーヌだ。
「気になって見にきたら案の定ってところね! 助けてあげるわ!」
勇者に悪態をついた龍人が、クラーケンへと素手で殴りかかる。
その威力は凄まじいもので、絡みついていた触手の一本が船体から離れるほどだ。
「くそっ、何をしに来た! お前の助けなどいらん!」
「そんなこと言ってる場合? 見栄を張るのはこいつの足の一本でも切ってからにしなさい!」
そのままメリュジーヌはクラーケンとの殴り合いに移る。
振り回される触手の間を飛び回りながら、触手と浮島のような貝殻へと殴りかかる。
魔法やブレスを使わないのは、サント・オルレアン号に被害を出さないためだろう。
更に、風に煽られた小舟に乗って、ジャックとアノーラまでやってきた。
彼らの攻撃に驚いて、クラーケンは海中へと逃げようとする。
そこにメリュジーヌが飛びつき、共に沈んでいく。
しばらくして、高い水柱とクラーケンの残骸が巻き上がり、水面に蒼い髪の龍人が佇んでいた。
「み……見たか、みんな! あの龍人……『龍の背』の奴らが助けてくれたぞ!」
「なんて強さだ!」
「『龍の背』、万歳!」
脅威を退けたサント・オルレアン号の船内は、『龍の背』に対する賞賛で満ち溢れていた。
誰もがあの卑しい少年が連れてきた龍人を称賛している。
そんな光景を不快に思うのは、チャチャを除く勇者パーティの面々ぐらいだった。
「……気に入らんな。勇者の俺をさしおいて、冒険者などを讃えるなど……」
歓喜の雄叫びをあげる船乗りの後ろで、ピエールは小さく毒づいた。




