防空戦
空からの魔王軍の襲撃により、僕らが乗るオマール号と第5艦隊は戦闘態勢に移った。
僕もメインマストの上で、魔王軍への監視を続ける。
何発もの砲声が聞こえた後、上空で煙が次々に上がる。
艦隊中央に陣取るガレオン船から、魔導砲による対空砲火が始まった。
次いで、艦隊の上空を34匹ものワイバーンが旋回しはじめる。
それぞれの背中には、魔王軍のドラゴンライダーが跨っている。
「へぇ……今度は竜に乗る奴らね。アタシとジャックへの当てつけかしら?」
「それはないと思いますけど……」
竜に乗る戦士は『ドラゴンライダー』と呼ばれ、国によっては『竜騎士』として、通常の騎士よりも上の特権階級にもなっている。
魔王軍でもドラゴンライダーを航空戦力として重宝していて、ピエール様のパーティに所属していたときにも、何度か戦ったこともある。
ワイバーンは数匹ごとの隊に分かれ、それぞれが目標とする艦船への攻撃に移る。
旗艦であるサント・オルレアン号へも、2つの隊列が襲いかかっている。
周囲の他のガレオン船から、魔導砲による対空攻撃の魔法が飛び交う。
「あっ、あれ……!」
サント・オルレアン号からいくつもの雷の球が上がったかと思うと、それらがワイバーンの群れへと大きな雷を降らせた。
「ありゃ『ライトニング・ボルト』か?」
雷の魔法でも特に強力な『ライトニング・ボルト』だ。
「ロンドさんだ……」
「あの仏頂面、魔法の威力だけは天下一品だものねー」
あれほどの魔術を複数同時に制御できる魔術師はそうそういない。
この魔術の才こそが、ロンドさんが勇者パーティの一員になれた理由だ。
更に、ワイバーンがブレスを吐くのに合わせて光の結界が展開され、攻撃から各々の船体を守っている
この結界は、マグナさんが用いるバベル教国仕込みの法力『ディバインフィールド』だ。
「おっ、あの聖女様の法力だな? でもこの船はどうでもいいみてぇだな」
アノーラさんが指摘した通り、マグナさんの結界はなぜかオマール号を守っていない。
「あの甘ったれ、後でとっちめてやろうかしら?」
「止してください。今はそんなことを言っている場合じゃありません」
実際、こちらに狙いを定めたワイバーンが迫ってきていた。
「右舷に接近! 迎撃準備!」
艦隊後方に回った5騎が、オマール号の右舷へと向かってくる。
飾りのついた兜を被った隊長が、4騎のワイバーンと騎士とを率いて楔形のフォーメーションをとっている。
「撃てぇーーーっ!」
船長のシュルクフさんの号令により、甲板の上で魔導砲が『ファイアーストーム』の魔法を放つ。
その爆炎の中を、ドラゴンライダーはものともせずに突っ込んでくる。
「アンタらの相手はアタシよ!」
甲板からメリュジーヌさんが飛び上がって、ドラゴンライダーの前に立ちはだかる。
ワイバーンと乗り手は、龍人の出現に驚いていた。
「龍人だと!? なぜそんな者が小型船に乗っている?」
僕のとばっちりでピエール様に冷遇されてるなんて言えない……。
「怯むな! このまま突撃せよ!」
気を取り直したように、隊長が専用のランスを掲げるのに合わせて、ワイバーンが一斉に火のブレスを吐いた。
ドラゴンライダーの地上攻撃は、竜のブレスにより地上、または水上を薙ぎ払うのが主流だ。
複数のブレスを合わせることで、オマール号ごとメリュジーヌさんを焼き払うつもりだ。
「そんなブレスでアタシを倒せるとでも思ったの?」
メリュジーヌさんは呆れたような顔で、大口を開けてハイドロブレスを放つ。
ハイドロブレスは5体分のブレスとぶつかり合い、猛烈な水蒸気を上げながら相殺された。
「なに!?」
5体分のブレスを打ち消すメリュジーヌさんに、ドラゴンライダーが驚いている。
「さあて、誰からブチのめされたい? 命が惜しくない奴からかかってきなさい!」
挑発を仕掛けるメリュジーヌさんを、魔王軍のワイバーンはスルーしていった。
「……あら?」
そのまま魔王軍のワイバーンが、オマール号へと向かってくる。
「させねぇよ!」
アノーラさんがマストの上を『蜘蛛の籠手』の糸で飛び上がりながら、エンチャントアローの一種『ブラストアロー』を放つ。
矢はワイバーンの隊列のど真ん中で爆発し、1体に重傷を負わせた。
「騎竜が負傷! 離脱する!」
隊列が通り過ぎた後、重傷を負ったワイバーンが隊列から離れていった。
「メリーさん、通しちゃダメですよ!」
「いや、ゴメン。まさかアタシをスルーするなんて思ってなくて……。にしてもアイツら、正面からやり合わないなんて拍子抜けね」
「ありゃ魔王軍のワイバーンだからな。おめぇみてぇに殴り合いに夢中になる性分でもねぇんだろうよ」
大抵の龍は個人の実力を重んじ、龍同士であれば真正面からの戦闘を好む傾向がある。
でもドラゴンライダーの騎竜は人間と共に暮らすため、ある程度集団戦での都合を優先することができる。
「油断するんじゃねえ! また来るぞ!」
シュルクフさんの号令で、僕らは遠ざかっていくワイバーンの方を向く。
おそらくUターンして、再度攻撃を仕掛けてくるはずだ。
ただ、ドラゴンライダーを乗せたワイバーンは艦隊から離れていく。
さっきの戦闘で、敵わないと悟ったんだろうか?
「なによ、張り合いがない奴らね」
メリュジーヌさんは遠ざかるドラゴンライダーを、つまらなさそうに見つめている。
やがて、サント・オルレアン号とその周囲への攻撃を続けていたワイバーンも引き返していく。
やがて、ドラゴンライダーの部隊は南の空へと遠ざかっていった。
「喜べ、野郎ども! 魔王軍を退けたぞ!」
シュルクフさんの号令に、水夫が雄叫びをあげる。
他の船でも同様に、勝利を祝うムードとなっていた。
「やったな、ジャック! これであの勇者も『龍の背』のことを認めざるを得ねぇぞ!」
アノーラさんも、魔王軍を撃退したムードにはしゃいでいる。
飛んでいたメリュジーヌさんも、甲板まで戻ってきた。
ただ、僕には腑に落ちない点があった。
さっきの戦闘で数騎のドラゴンライダーが撃墜されたけれど、多少の犠牲をものともとしない魔王軍にしては、メリュジーヌさんじゃないけど拍子抜けだ。
魔王軍のドラゴンライダーが来る前、何か魔王軍に関係ありそうなものが偵察に来ただろうか?
もしこの艦隊へ攻撃を仕掛けてくるのなら、事前に少人数の偵察隊が目撃されていてもおかしくはない。
でも、この艦隊周辺の空を飛ぶものに、そのような兆候はなかった。
だんだんと喜びの雄叫びは消えていき、再度の襲撃への警戒へと戻っていく。
ただ、上空から次なる魔王軍が襲撃してくる様子はない。
勇者連合の艦隊は、あらゆる戦法をとる魔王軍への備えのため、様々な方向への備えを怠らない。
例えば船上なら、水上のみならず上空にも、更に水中にも……。
そうだ、水中だ!
ドラゴンライダーの攻撃の前に、水中から何らかの偵察があったのかもしれない。
僕は船首楼で舵をとっていたシュルクフさんに呼びかける。
「シュルクフさん! おそらく水中にも魔王軍の戦力がいます! さっきのワイバーンは囮です!」
「なに? いや、魔王軍ならもしかしたら……。ジャック、サント・オルレアン号……いや、他の艦でもいい! そのことを伝えてくれ!」
僕は赤と白の旗を取り出して、艦隊中央へ向けて手旗信号を送る。
『水中から魔王軍の攻撃の恐れあり』
何度か手旗信号を送ったものの、旗艦の艦長か勇者パーティに届いたかどうかはわからない。
不安に思っていると、艦隊中央から何かが飛び出した。
「な……なによアレ!?」
いくつもの大蛇のような触手がウネウネと海中から飛び出し、サント・オルレアン号のすぐそばに小島のような巨体が飛び出した。
本来ならばもっと北の海に住んでいるはずの、クラーケンだった。




