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西の地へ

 ピエール様との交渉を終え、新パーティ『龍の背』を作ってから4日後の朝のこと。

 僕らはドゥエイル勇者パーティからの連絡を待ちながら、簡単な依頼をこなしたり、花と剣の都デュランダルでの暮らしを満喫したりしていた。


「それじゃジャック、行ってくるだよ」


 ギルドでレンタルした馬の上から、ジョルジュさんが挨拶をした。

 ジョルジュさんは、これからバベル教国まで行く予定だ。

 その目的は、僕が知り合いのマルセリーノさん宛に書いた書簡を届けるためでもある。


「ご無事を祈っています、ジョルジュさん」


 僕はジョルジュさんに頭を下げる。


「心配ないだよ。オラ、こういう仕事は昔から得意だっただ。ジャックだってよく知ってるだろ?」


 確かにジョルジュさんは、僕と同様に後方での仕事を得意としていた。

 それでもピエール様に難癖をつけられて、一度は殺されそうになったんだよな……。


「ジョルジュ、オレの弟子からの依頼なんだから、必ずバベル教国まで届けてくれよ!」


「もちろんだよ! ジャックには恩があるかんな!」


「で、ジャック。そういえばあのバカガキ、出発するときは連絡するって言ってなかったっけ? あれからなんか手紙とか来なかったの?」


「『龍の背』を結成した後、王城にいるピエール様に書簡を送ったんです。後はピエール様が出発するお知らせが届くはずなんですが……」


「ジャックくん!」


 石畳の上を駆けてきたのは、勇者パーティに所属するチャチャさんだった。


 東国には珍しい金髪を垂らし、同色の狐耳と尻尾を生やしている。

 衣装は東国に伝わる導師のものをもとに、動きやすいよう丈を短くしたものになっている。

 腰には『カタナ』と呼ばれる、東国で見られる独自の刀剣を帯びている。


「チャチャ様!」


 ジョルジュさんは慌てて馬から降りて、チャチャ様に片膝をついた。


「ジョルジュ、ピエールかマグナならともかく、私にまでそこまでする必要はないだろう」


 ジョルジュさんによると、チャチャさんは彼が勇者パーティにいたとき、唯一優しくしてくれたらしい。

 そんな恩人に礼を尽くすのは当然だろう。


「それにしても、チャチャさん……どうしてこんなところまで?」


「ピエールから手紙を預かってるんだ。今後どこへ出発するかが決まったから……」


 そう言いながら、チャチャさんは蝋で封をされた封筒を僕に手渡した。

 赤い蝋には、ドゥエイル王国のシンボルである百合が刻印されている。


ジャック・オーウェルへ


久しいな。

お前のパーティ『龍の背』結成の話は聞き及んでいる。

なにしろ王国の代表たる勇者パーティに噛み付いた冒険者なんて、話題にならない方がおかしいからな。


さて、さっそくだが我々ドゥエイル勇者パーティは、紫苑の月、西のアヴァロニア大陸へと出立することになった。

知っての通り、アヴァロニア大陸は我ら勇者連合軍と魔王軍との、領土をめぐっての争いが続いている。

我がパーティは第5艦隊に乗ってアヴァロニアへと向かい、現地の魔王軍との戦闘に移る。

出発は、先程も書いた通り紫苑の月12日正午、ボルドーの港からだ。

お前達の乗る船は港に着いてから説明する。

もし出港に遅れたら、置いていかれるものと思え。


追伸:

ジョルジュから預かったミスリルの鎖帷子は必ず持ってこい


ドゥエイル王国勇者、ピエール・ペガソスより



「アヴァロニア大陸へ……」


「西? 海の向こうまで行くの?」


 アヴァロニアとは、このローラシア大陸のはるか西にある別の大陸だ。

 大昔にはエルフの国があったと言われている他、アヴァロニアにしか住んでいない独特の生き物が多数暮らしているという。

 現在は大陸のあちこちに眠る資源を巡って、魔王も含めた様々な勢力が開拓を進めている。


「要はあのバカ、魔王がいる大陸中央の攻略から外されたってことだろ? 前から評判悪かったみてぇだし、当然だよな」


「そういう言い方はちょっと……」


「私も驚いている。国王陛下もそれほどピエールに怒っているということだろう」


 『名もなき魔王』はさまざまな地域に領土を持っていて、この世界を一周するほどの領土の広さから『日と月が共に空にある国』を自称している。

 世界が丸いとわかってから、世界中にある領土を「我が国の領土は昼と夜とが同時に訪れる」と喩えて自慢しているわけだ。

 だが、勇者連合の国々、特にローラシア大陸の国は本拠地となる大陸中央の攻略を至上命題としている。

 本土まで一直線に魔王を討つという計画なのだから、そこから外されるというのはピエール様にとっても屈辱だろうな……。


「あのバカガキ、勇者なんて肩書きもらって調子に乗ってたみたいだし、いい薬にはなるでしょ」


「……正直、今の勇者パーティはかなり立場が危うくなっている。前からピエールも含めて身勝手な振る舞いばかりしてきたから、敗北続きで今までのツケが回ってきているんだ」


 そう説明しながら、チャチャさんは俯いてしまう。

 この方は昔から正義感が強いから、今の勇者パーティには思うところがあるんだろう。


「だったらなんであのバカガキのパーティから抜け出さないのよ? そもそも前からあのパーティのことはよく思ってないんでしょう? 沈みかけの船に乗ったままじゃアンタも一緒に沈むわよ」


 メリュジーヌさんからの問いに、チャチャさんは辛そうにしていた。


「……とにかく、ドゥエイル勇者パーティ出港の日時は伝えた。遅れないように気を付けるんだぞ」


 それだけ言って、チャチャさんは足早に去っていった。


「何よ、アイツ」


「たぶん、チャチャさんも悩んでるんだと思います。勇者連合に入っていない国から、魔王軍をなんとかしたくて勇者パーティに加わったのに、ピエール様のパーティで苦労してるから……」


 昔、チャチャさんが勇者パーティに加わった経緯を話してくれた経緯を話してくれたことがある。

 チャチャさんは東にある中立の国出身だったけれど、魔王軍が世界各地を侵略し続けていることをなんとかできないかと思い、自ら勇者連合に入った。

 そして、様々な国を渡り歩いていたところ、たまたま人手が欲しかったドゥエイル勇者パーティに招かれたのだと。


「オレもいろんなパーティを渡り歩いてきたけどよ、あんなパーティ、オレだったら即辞めてるぜ」


 アノーラさんの言うことも尤もだけれども、チャチャさんも自由にできる立場じゃないから悩んでるんだろう。


「それじゃ、オラそろそろ行くだよ。ジャックの手紙は必ず顔見知りに渡してくるかんな!」


 そうだった。僕らはジョルジュさんの見送りに集まったんだった。


「それではジョルジュさん、よろしくお願いしますね!」


「それじゃ、元気でな!」


 そう言って、ジョルジュさんは馬に鞭をかける。

 道を走りながら小さくなる背中を見つめながら、僕らはジョルジュさんを見送った。



 そして、出港の日がやってきた。


 ボルドーの港には、第5艦隊の大小様々な船舶がところ狭しと並んでいる。

 旗艦となる大きなガレオン船の前で、ドゥエイル王国勇者パーティの皆さんが待っていた。


「ジャック・オーウェルと冒険者パーティ『龍の背』ただいま参上致しました」


 僕はピエール様の前で片膝をつく。


「遅かったな、ジャック。逃げたのかと思ったぞ」


「ジャックが逃げるわけないでしょ? アンタみたいな根性なしのボンボンじゃあるまいし」


「なっ、なにを……!」


「止してください、メリーさん!」


 いきなりメリュジーヌさんが喧嘩を売っているので、慌てて止める。


「ま、まあいい。それでジャック、ジョルジュが盗んだものは持ってきたんだろうな?」


「はい、こちらに」


 僕がミスリルの鎖帷子が入ったリュックを渡すと、ピエール様はそれを乱暴に掴み取った。


「確かに……これでお前を我がパーティに付き従う別働隊に入れる条件は整った」


「だろ? 早速その立派な船に乗せやがれ……」


「待てや!」


 アノーラさんが颯爽と船に乗ろうとすると、セルゲイさんに武器を向けられる。


「何すんだてめぇ! まだ前のこと根に持ってんのか?」


「別働隊のお前らを旗艦に乗せるわけねえだろうが! そのぐらいわかれ!」


「それじゃ、どの船に乗ればいいのよ?」


 ピエール様が、港の端に停まっている小さなキャラベル船を指差した。


「艦隊周辺の哨戒、または本国との連絡を担当する小型船の一つだ。お前らみたいな冒険者にはお似合いだろう?」


 わざわざ艦隊の中でもボロ船を選ぶあたり、嫌がらせの意図が感じられた。


「わからないことは船長に訊け。それじゃあ、海の上でも遅れるなよ!」


「冒険者みたいな卑しい連中は、あの程度の船でも贅沢なぐらいよ!」


 そう言って、ピエール様とパーティの面々は旗艦へと乗り込んでいった。

 マグナさんが高笑いしながら去っていく陰で、チャチャ様が一瞬こちらを振り返ったような気がした。


「なによ、あのバカガキ! 陸に着いたらブン殴ってやろうかしら?」


「まあ、僕も結構無理な要求を持ちかけましたし……」


 メリュジーヌさんを諌めながら、どこかでピエール様のパーティと同乗せずに済んだことにホッとしていた。


「心配すんな。おめぇと一緒に乗れりゃあ、オレはどんな船でも大満足だからよ!」


 アノーラさんは嬉しそうに僕を抱き寄せる。


「ちょっとお師匠様! アタシもよ!」


 メリュジーヌさんも僕を抱き寄せ、お二人の乳房が顔を包み込む。


「ワンワン!」


「はいはい、ビアンカもいるよね」


 もみくちゃにされながら、ビアンカのことを撫でる。

 やいのやいのと騒ぎながら、僕らも小型船へと乗り込んだ。


 出港の鐘が鳴り、全ての船舶が帆を広げる。

 こうして僕らは、アヴァロニア大陸へと出発した。

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