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龍の背

 僕らはドゥエイル王国勇者パーティとの交渉の後、オーグル区で匿われているジョルジュさんを迎えに行った。


「ジャック・オーウェル様ですね。ルブラン様が奥でお待ちです」


 今度はルブランさんに仕える女性が出迎えてくれた。

 さっきはドア越しだったからわからなかったけれど、この人は猫耳の獣人だったようで、つぎはぎだらけのドレスを着ている。

 応接間まで招かれると、中ではルブランさんが古びたソファに腰掛けていた。


「ようこそ、ジャック。そしてアノーラさんとメリーさん。どうぞおかけください」


 僕らがソファに腰掛けると、卓上にはハーブティーが4人分と、向かいにルブランさんのカップが用意されていた。

 そして、脇にはビアンカの肉が皿に乗せられている。


「さて……その様子だと、勇者様との交渉は上手くいったようだね」


 バクバクと肉を食べるビアンカを横目に、ルブランさんに成功を伝える。


「はい。ピエール様から直接、ジョルジュさんへの恩赦を引き出すことができました」


「ほ、本当だか、ジャック!?」


 ソファの後ろからジョルジュさんが顔を出した。

 ……ピエール様が怖くて隠れていたんだろうか?


「はい。これでジョルジュさんが追われる心配はなくなりました。早く冒険者ギルドに戻って、一からやり直しましょう!」


 ジョルジュさんは勇者パーティに加わったとき、僕と同様に冒険者を辞めさせられてしまっている。

 恩赦をいただかないことには、一からやり直すこともかなわなかった。


「ジャック、ありがとうな! これでオラ、安心して冒険者としてやり直せるだ!」


 大喜びで僕の手を取るジョルジュさんを見て、ピエール様に挑んで正解だったと思えた。


「そういやぁよ、ジョルジュ。オレ達はこれからギルドに二つほど用事があるんだけどよ、よかったら一緒に来ねぇか? これから再登録しに行くんだろ?」


「もちろん再登録はするだけど……ジャック達も何か用があるだか?」


 そういえば、ジョルジュさんには僕らがまだパーティを組んでいないことは伝えていなかった。


「ええ。僕かメリーさんがランクを銅級ブロンズまで上げた暁には、この3人で新しくパーティを作ろうっていう話をしてましたから」


「そうだか! お二人とはずいぶん相性がいいとは思ってたけど、そのままパーティを組む予定だっただな」


「そうよ。なにしろジャックの夢は玉級クリスタルになって、ギルドの運営に入ることだもの!」


 メリュジーヌさんが僕の夢を話したことで、ジョルジュさんは目を丸くしている。


「……やっぱり、身の程知らずな話だと思いますよね?」


 しかし、ジョルジュさんはこの話に感激して飛び上がった。


「ジャック、ずいぶんと大きく出たな! ジャックは将来出世しそうだとは思ってたけど、きっとギルドの運営にも入れるだよ」


 ルブランさんも、穏やかな笑みで感心を示している。


「君ほどの逸材がギルドの運営に入れば、きっと冒険者ギルドは今以上に大きな組織になれることだろう。あるいは冒険者への待遇も改善されるかもしれないな」


 もちろん、僕はそのためにギルドの運営に入ることを目指した。

 冒険者が卑しいと蔑まれる価値観を変えるために。



 その後、僕らは冒険者ギルド・デュランダル支部で、ジョルジュさんの冒険者としての再登録を行なっていた。

 ジョルジュさんも読み書きができないため、パーティを組んでいたときは『物書き係』として、僕が書類仕事と金勘定を引き受けていた。


「はい。こちらがジョルジュさんの新しいボードカードとバッジです。以前の書類と照合ができましたので、すぐに冒険者として仕事ができますよ」


「かたじけねえだ、ジャック。また石級ストーンからやり直しになっちまったけど、すぐに元の銀級シルバーまで戻ってみせるだよ」


「きっとジョルジュさんほどの実力者なら、すぐに元のランクに戻れますよ」


 僕も一緒に組んでいたときから、ジョルジュさんの実力は知っている。

 ずば抜けて優れている点があるわけではないけれど、戦闘以外の様々な仕事をそつなくこなし、どのパーティにおいても縁の下の力持ちとして活躍してきた。

 そういうところは、僕も似ているかもしれない。


「それにしても、冒険者を辞めさせてまで雇っておいて、些細なことで追い出すなんて……。この国の勇者様は相当身勝手なお方のようね」


 受付嬢のカトリーヌさんの言う通り、ピエール様はあまりにも身勝手な方だった。

 卑しいって思うなら、わざわざ雇うこともないだろうに……。


「それと、ジャック君。さっき言っていたランクのことだけど、メリーさんともども正式に銅級ブロンズへの昇格が決まったわ。これが貴方達のブローチよ」


 カトリーヌさんはそう言って、銅級ブロンズの証である青銅製のブローチを二つ差し出す。

 片方には『ジャック・オーウェル』と、もう片方には『メリー』という名前が裏面に彫られている。


「やった! まさかジャックと一緒に昇格できるなんて思ってなかったわ!」


 メリュジーヌさんは、新しいブローチを手に取りながら大喜びしている。


「ハッハッ……」


 なぜかビアンカが僕のブローチを欲しがっている。

 ビアンカも冒険者になりたいんだろうか?


「アンタの分はないみたいね、残念でした」


「ガル……」


 からかうメリュジーヌさんに、ビアンカは唸り声をあげた。


「それで、カトリーヌさん。早速ですが、パーティの登録をさせていただきますね」


 冒険者ギルドのルールでは、パーティを作るにあたって「リーダーとして銅級ブロンズ以上の冒険者1名と、事務仕事を引き受ける物書き係1名がいること」という条件がある。

 僕はメリュジーヌさんとアノーラさんとのパーティを作るにあたって、僕かメリュジーヌさんのどちらかが銅級ブロンズに昇格してからと決めていた。


「ええ、いいわ。……やはりアノーラさんがリーダーになるのかしら?」


「おいおい、その質問は本日二度目だな。リーダーはジャックだぜ」


 アノーラさんが僕をリーダーに推薦していることに、カトリーヌさんはあんぐりと口を開いている。


「確かにジャック君も本来なら銀級シルバーの実力者だけど……ランクが上で、なおかつ実力が一番のアノーラさんがリーダーになるべきじゃないかしら?」


「知ってるたぁ思うけどよ、ジャックほどしっかりした子供もいねぇだろ? オレとしても、こいつに任せてもいいって思ったんだよ」


 こうして意見を聞いていると、アノーラさんから多大な信頼を寄せられていることを実感する。

 だとすれば、その期待に応えられるよう頑張らないといけない。


「そう……ならいいけど……。それじゃあ、この書類に必要事項を記入してくれるかしら? ……物書き係については、ジャック君が読み書き計算をできるから問題なさそうね」


 カトリーヌさんが書類を持ってきたところで、僕はあることを思い出した。


「その……ちょっと待っていてもらえますか?」


 僕らは一度ギルドを出てから、人目につかない倉庫の裏までやってきた。


「どうしたのよ、ジャック? こんなとこまで連れてきて……」


 僕はメリュジーヌさんとアノーラさんに、僕なりの気持ちを込めた名前を教える。


「……新しいパーティの名前は『龍の背』です」


「え?」


 僕が『龍』という言葉を用いたことに、メリュジーヌさんが驚く。


「僕って、メリュジーヌさんに出会ったからこそ、これほど大それた夢を目指すことができたと思うんです。今の僕がいるのは、メリュジーヌさんに支えられているからで、だから、僕はメリュジーヌさんの背中に乗っているようなもので……」


 上手く説明できないでいる僕に、メリュジーヌさんは優しく微笑みかける。


「……ジャック、アンタの言いたいことは充分すぎるほど伝わったわ。アタシもあのアバズレにしてやられたのはムカつくけど、ジャックの使い魔になれたことには感謝してるからね」


「そりゃオレも納得せざるを得ねぇな。なにしろこの名前にゃ、こいつへの感謝ってもんが込められてるんだからよ」


 アノーラさんも、僕の説明に感心してくれたようだ。


「……よし! それではこの名前で登録しますね」


「ええ! アンタをアタシの背中に乗せて、どこまでも連れて行ってあげるわ!」


 僕はギルドのカウンターで、必要事項を書類に記入した。


「……龍の背……。やっぱり、そこの龍人さんにちなんだ名前なのね」


 メリュジーヌさんは、僕の後ろで誇らしげに胸を張っている。


「明日の昼には手続きができているから、それから正式にパーティとして活躍できるわ。リーダーになるジャック君には、受け取ってほしいものがあるから来てちょうだいね」


 手続きが終わると、僕らはジョルジュさんと一緒にギルドのテーブルで食事をすることになった。


「ジャック……本当になんてお礼を言っていいかわかんねえだよ。おかげでオラ、お尋ね者から冒険者に戻れただ」


「何を言っているんですか。同じ冒険者を助けるのは当然のことですよ」


 僕らの話を聞いて、メリュジーヌさんはニヤリとしながらアノーラさんを指差した。


「まあ、そうでしょうね。ジャックのお師匠様も昔からそう言ってたし」


「てっ、てめぇなぁ……昔のオレを持ち出すんじゃねぇ!」


 アノーラさんが恥ずかしがるのを面白がっているのか、またメリュジーヌさんがからかい始める。


「それより、以前からジョルジュさんにお願いしたいことがあったんですが……」


 こんなタイミングで頼むのはどうかと思うけど、ジョルジュさんほどの冒険者なら信用できる。


「おう、なんだ? ジャックの助けになれるなら喜んで引き受けるだ!」


 僕はドゥエイル王国までの道中、オリガという獣人の子供を保護したこと、彼女が魔王軍のスパイかもしれないということ、そしてそのことをバベル教国のマルセリーノさんへと伝えようとしていることを告げた。


「なるほど……そりゃなんとも怪しい話だな……」


「はい。ですのでジョルジュさんに手紙を届けてもらえたらって思っていたんです。この仕事、引き受けていただけますか?」


「もちろんだよ、ジャック! オラに任せとけ!」


 ジョルジュさんは身を乗り出して、僕の手をとる。


「それでは、明日正式にギルドへ依頼を出しておきます。ジョルジュさんを指名しての依頼ですから、早朝にギルドへ来てくださいね」


「おう、任せるだ!」


 これでオリガちゃんに関することは一歩前進した。

 後はマルセリーノさんと勇者連合に任せよう。


「そういやジャック、これからどうするだ? 玉級クリスタルなんて目指すんだったら、どんどん名を上げていく必要があるだよ」


「それなんですが、僕らはドゥエイル王国の勇者パーティに、別働隊としてついて行くことになりました。今度はパーティの一員じゃなくて、雇われた冒険者として」


 勇者パーティの一員にならなければ、冒険者を辞めさせられる必要もない。


「で、でもジャック、大丈夫だか? ピエール様は理不尽なお方だ。ジャックがひでえことされねえか心配だよ」


「心配しないでよ、モジャモジャ頭。あのバカガキと愉快な仲間達がジャックをいじめてたら、アタシが皆殺しにしてやるから」


 勇者に楯突く発言に、何人かの冒険者が振り向いた。


「なんて恐れ知らずな女だ、勇者様を討つなどと……」


「龍人ってことは、王城の前で勇者様と一悶着起こしてた奴らじゃあ……」


 メリュジーヌさんは、またしても危険人物としての印象を強めてしまっている。

 こんなことが続いていると『龍の背』が危険視されたりしないだろうか……?


「ま、あいつらのことなら心配すんな。オレがいる限り、大事な弟子にゃ手は出させねぇぜ!」


「ふふ……確かにお二人の言う通りだな。ジャックにはこんなに頼もしいお二人がついてるだからな!」


 確かに、僕一人だけならただの冒険者として一生を終えていただろう。

 でも、メリュジーヌさんとアノーラさんがついていれば、どんな困難でも乗り越えていけると思う。


「ワン!」


「はいはい、ビアンカもいるよね」


 もちろん、昔からついてきているビアンカのおかげでもある。


「オラ、ジャックのこと応援してるかんな! 何か困ったことがあったら、オラのことも呼んでくれよ!」


「……はい! またお願いしますね、ジョルジュさん!」


 ジョルジュさんへと頷きながら、僕らは新たな一歩を踏み出した。

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