麦畑での再会
朝早く、花と剣の都デュランダルの冒険者ギルドで、僕らは受付嬢のカトリーヌさんと話していた。
「なるほど……ジャックがそこのメリーさん、そして『陽光と白銀の弓取り』アノーラさんと一緒にパーティを作るために、早く銅級に上がる必要があるのね……」
「はい。ですので、より報酬が高い仕事が必要なんです。何かおすすめの依頼はないでしょうか?」
カトリーヌさんは奥にあった書類の束から、依頼に関する書類を持ってきた。
「今のジャックなら、この城下町から西に広がる農地での、魔物退治の依頼がおすすめね。ここはドゥエイルでも有数の小麦畑が広がっているのだけど、収穫の時期になると害鳥や小さな魔物が荒らしに来て、更にそれを食べに大きな魔物も集まってくるのよね……。そういうわけで、その畑を頼めるかしら?」
麦畑というと、かつてマリアンヌ殿下に見そめられたときの、魔物退治のことを思い出した。
もしあのときと同じ状況だとすれば、出てくる魔物の目処も立つ。
「……わかりました。是非ともこの依頼を受けさせていただきます!」
僕はこの依頼を、メリュジーヌさんとアノーラさんに見せる。
「これにしますね、メリーさん、アノーラさん!」
「まあ、いいんじゃない?」
「畑を守る依頼なら大歓迎だ。さすがは人助けをしてきたジャックだけはあるな」
アノーラさんは、僕に腕を絡ませて引き寄せる。
「あっ、コラ、お師匠様!」
「それにしても、貴女……」
カトリーヌさんは、メリュジーヌさんの顔をじっと見ている。
「龍人っていうのも珍しいわね……。つい昨日、昔大暴れしていた龍人の話をジャックとしていたんだけど、あなた、当のメリュジーヌと特徴が似てるのよね……」
まずいな。
さすがにあれだけ有名なメリュジーヌさんだと、顔をみただけで正体がバレかねない。
「似てて当然じゃない。何しろアタシは—」
「や、やだなあ、カトリーヌさん。あの『蒼き流れ星』メリュジーヌはもう何十年も前に退治されたんですよ。こんなところにいるわけないじゃないですか」
カトリーヌさんとの間に割って入って、メリュジーヌさんのことをごまかす。
「そんなことより、さっそく準備を始めましょう! いつ魔物が畑にやってくるかわからないですし……」
日が高く昇る頃、僕らは郊外の麦畑を歩いていた。
今年もデュランダル周辺の麦畑はよく実り、黄金色の絨毯を思わせる景色が広がっている。
「いつ見てもこの景色は壮観ね〜……」
昔、メリュジーヌさんはこの国の各地で暴れ回っていたけれど、きっとこんな麦畑の上を飛び回っていたこともあったんだろうな……。
「で、ここによく魔物がやってくるってこと?」
「そうじゃ。毎年ここの畑をミジンが荒らしに来ての、その後にでっかい鳥がやってくるんじゃよ。昔、逃げ遅れたもんが連れ去られちまったこともあってな。あんなものが来たら、収穫どころではない……」
農家のおじいさんの話からも、やはり以前と同じものだということがわかった。
撒き餌で小さな魚が集まってきたところに、それらを食べる大きな魚も集まってくる。
それと同じように、弱い魔物が餌場に集まっているところに、それらを食べる強い魔物が姿を現すことも珍しくはない。
そのため、たかが雑魚と侮って放置していると、より恐ろしい魔物の襲来を招くことになる。
「心配すんな、じいさん。オレと弟子のジャックがいるからには、おめぇらに手出しはさせねぇぜ!」
アノーラさんの自信満々な宣言のもと、僕らは畑の警備を始めた。
僕は麦畑に身を隠すようにして、麦の隙間から遠景を見つめる。
ビアンカも僕の横について、身を低くして空を見張っている。
「これだけ豊かな麦畑なら、僕らが身を潜められるだけの余裕があります。いち早く目当ての魔物を見つけて、麦の穂に隠れながら不意打ちができるはずです」
畑を荒らす魔物の駆除は、当然だけど畑に近い位置にいた方が守りやすくなる。
僕やアノーラさんのように隠密行動を得意とする冒険者は、背が高い作物に身を隠して見張りを行ったり、畑に近いところから獲物を仕留めるのが役目だ。
麦をかき分けて進んでいると、畑の向こうから見慣れた一つ目の魔物が現れた。
「来ました、ミジンです」
草むらから身を乗り出した山賊のように、ミジンの大群は一本足で畑へと跳ねていく。
ミジンが麦の穂に食らいつこうと近づいた瞬間、僕はデリンさんからいただいたボルトを番える。
今回も、カザード・ジラク独立国で使ったものと同じ『エレキボルト』だ。
空へ向けてボルトを撃つと、晴れた空に場違いな破裂音が響く。
それに驚いて、何匹かのミジンが逃げていく。
「矢は無駄遣いしねぇ方がいいもんな。この後に来る大物のために取っとこうぜ」
ミジンのような弱い魔物なら、威嚇だけで事足りることもある。
僕らは畑を歩きながら、ミジンをエレキボルトや雷の魔術で追い払っていく。
「ミジンじゃ物足りないわね。大きな魔物が来るまで寝てようかしら?」
メリュジーヌさんがビアンカによりかかると、ビアンカが怒った顔でうなる。
「ダメですよ。ビアンカは寝具じゃないんですから」
ビアンカは、まだメリュジーヌさんのことが嫌いみたいだ。
「油断すんなよ。いつ本命の大きな魔物が襲ってくるかわかんねぇんだからよ。
「……! 来たみたいです」
噂をしていると、わずかに残ったミジンの真上に、いくつもの大きな影が降りてきた。
降り立った影は、逃げようとするミジンの目の前に着地すると、その鋭い足の爪で押さえつけ、曲がった嘴で啄んでいく。
「おっと、ようやくお出ましか」
ミジンを啄んでいるのは、翼を広げたメリュジーヌさんよりも大きな怪鳥だ。
一見するとハゲワシに似たシルエットだけど、ハゲた頭の周りが王冠のような羽根飾りになっている。
色は明るい灰色と褐色からなり、黄金色の景色に泥水を垂らしたかのようだ。
「見ての通り、鳥の魔物クラウン・グリフィスです」
奴らはハゲワシと同じで死体を食べるけど、ときにはミジンのような小型の魔物や、場合によっては人間をも襲って食べる。
今回のように、畑を荒らしに来たミジンを食べることもよくある。
ミジンを飲み込むと、クラウン・グリフィスはこっちに気がついたようで、一斉に僕達へ向けて飛んできた。
「さーてと、ようやく出番ね」
メリュジーヌさんは伸びをしながら、堂々とクラウン・グリフィスの方へと歩いていく。
「そうだ、メリュジーヌさん。麦畑を傷つけないよう気をつけてくださいね。特に畑を燃やしかねない炎の魔術は禁止です」
どこかメリュジーヌさんは大雑把なところがあるから、無闇な攻撃で周囲に被害を及ぼさないか心配だ。
「ったく、面倒ねぇ……。ま、ご主人様の頼みじゃ仕方ないか」
堂々とした乱入者に、クラウン・グリフィスは嘴と爪で切りかかる。
「ふんっ!」
メリュジーヌさんは空高く飛び上がると、クラウン・グリフィスを尻尾で殴り飛ばし、返す刀でもう一体を蹴り飛ばした。
さすがにメリュジーヌさんが只者ではないと気がついたのか、クラウン・グリフィスは翼を羽ばたかせて距離を取る。
「うわっ!」
クラウン・グリフィスは急降下を繰り返して、今度は僕に襲いかかってくる。
「オレの弟子に手を出すな!」
アノーラさんは弓を引いて、僕の方へ来たうちの1体を射抜いた。
「ありがとうございます! よし、僕だって……!」
僕も巻き上げ機で弦を引いて、今度は通常のボルトを番える。
飛んでいるクラウン・グリフィスに狙いを定めると、冠を被ったような頭を射抜いた。
「やるじゃねぇか! オレの弟子だけはあるぜ!」
僕らは油断することなく、次々と矢を番えてはクラウン・グリフィスを撃ち落としていく。
『ドワーフクロスボウ・デリンモデル』の巻き上げ機は、レバーを引けば歯車の作用で弦を引く構造になっていて、少ない力ですぐにセットできる。
やがて勝てないと判断したのか、クラウン・グリフィスが方向転換して逃げようとする。
「あら、逃げられると思ったの?」
メリュジーヌさんは風の魔術『ワールウィンド』を展開する。
麦畑の上空をでたらめな暴風が吹き荒れ、逃げようとしたクラウン・グリフィスは麦畑へと落下していく。
「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜ!」
アノーラさんも『蜘蛛の籠手』から糸を伸ばして、辛うじて飛んでいた一体の足に絡み付かせた。
「っそらぁ!」
豪快にクラウン・グリフィスを振り回して、そのまま地面に叩きつける。
予想外の投げ技に対処できるはずもなく、思いっきり道の真ん中に落下した。
「……よし! これでここらの畑は安心だな」
地面に落ちたまま動かないクラウン・グリフィスを見て、僕らは麦畑を守り抜いたことを確信した。
僕とアノーラさんは、仕留めたクラウン・グリフィスの羽を抜いたりなどの解体作業をこなしていく。
魔物から採れる骨や毛皮などの素材は、普通の動物よりも優れたものとなっていることが多いため、冒険者ギルドに持っていけば高値で買い取ってもらえる。
凶悪な魔物を仕留めなければ手に入らないため、その分報酬も高くなっているわけだ。
「ふふん……この程度の鳥じゃ物足りないわね。竜でも出てくれば面白いのに」
「縁起でもないこと言わないでください。麦畑が踏み荒らされちゃうじゃないですか」
もしこれがドラゴンだったら、今頃メリュジーヌさんとの戦いで、麦畑一帯が大惨事になっていただろうな……。
「それにしても、やっぱりアノーラさんの『蜘蛛の籠手』ってすごいですよね」
木々に絡めて宙を舞ったり、空を飛ぶ相手を絡めとったり……。
様々な用途に使えるこの道具は、アノーラさんの器用さから思いついたものだとわかる。
「だろ? 手作りした甲斐があったってもんだぜ!」
アノーラさんは両手を自慢げに掲げている。
それを見て、僕はかねてより思っていたことを相談する。
「そういえば、アノーラさん。その籠手と同じものを作ってもらうことはできますか?」
前からこんな道具を使いこなせれば、どれだけ便利だろうとは考えていた。
それに、また昔みたいに、アノーラさんの教えを請いたい。
「おっ、そりゃいいな! でも材料がけっこう複雑だからな……。故郷のタゥルゥグ以外でも手に入らなくもないけど、手に入れるのは苦労しそうだぜ。材料は一緒に探してくれるか?」
「もちろんです! 憧れのアノーラさんと同じ道具を使いたいですから」
アノーラさんに籠手を見せてもらっていると、麦畑の向こうから誰かがフラフラと歩いてくるのが見えた。
逞しい体つきの青年で、モジャモジャの髪と素朴な顔つきが親しみやすい雰囲気を出している。
僕はこの人に見覚えがあった。
「じょ……ジョルジュさん!?」
「お、お、お前……もしかしてジャックだか!?」
僕だとわかって、ジョルジュさんはこちらに駆け寄ってきた。
「ジョルジュさん、お久しぶりです!」
「ジャックうぅ〜、元気にしてただか?」
ジョルジュさんは以前に会ったときと同様、気のいい笑顔で僕の手を取る。
かつてここドゥエイルで一緒にパーティを組んでいたこともあったけど、ピエール様のパーティに入ってからは会っていなかった。
「あの後いろんな国に渡ってただけどよ、ミドガルドで酷い目に遭って帰ってきただ。でもまさか、丁度ジャックのことを思い出してたら会えるなんて思ってもみなかっただ!」
見ると、ジョルジュさんは服も身体もボロボロで、過酷な道中を経て母国まで戻ってきたことが窺える。
ジョルジュさんほどの冒険者が、こんな満身創痍で帰ってくるなんてただごとじゃない。
「それにしても、一体何があったんですか? もしかして、強力な魔物に襲われたとか……」
僕が訊ねたことで、ジョルジュさんは何かを思い出したような顔をしていた。
「そ、そうだ! ジャックなら信用できるだ! 話を聞いてもらえるだか?」
「え? い、いいですけど……」
ジョルジュさんはリュックの中から、見覚えのある銀色の布状のものを取り出した。
「じ、実はオラ、間違えてこれを勇者様のとこから持ってきちまっただ!」
それは、かつて僕も身につけていたミスリルの鎖帷子だった。




