都へ向かう前に
僕とメリュジーヌさんとアノーラさんは、ドワーフの国カザード・ジラクを抜け、やがてドゥエイル王国へと辿り着いた。
僕らは王都デュランダルへ向かう途中、大都市ビヨンに入った。
ここは花と剣の都デュランダルに次ぐ大都会で、特に経済に関する分野が発達している。
ごった返す人々であふれる市内では、メリュジーヌさんの姿が目立った。
「あれ、もしかして龍人か? 初めて見たぜ」
「よく見たらすげえ美人だな。ってかその前を歩いてるガキは一体何者だ?」
あんまり目立つと、メリュジーヌさんの正体がバレてしまうかもしれない。
かつて『蒼き流れ星』と呼ばれ、この国で大暴れしたメリュジーヌさんだとわかったら、トラブルに発展するのは間違いない。
「あのダークエルフは『陽光と白銀の弓取り』か? つーことはあの龍人とガキはパーティメンバーか?」
「でもあいつ金級だろ? なんで石級なんかと組んでんだ?」
アノーラさんは目立つのが嫌なのか、周囲の反応に不機嫌そうにしていた。
「うるせぇ。オレが誰と組もうが勝手だろ」
そう言いながら、アノーラさんは僕を抱き寄せる。
「あっ、コラ、お師匠様! ジャックはアタシのご主人様なのよ!」
「いいだろこんぐらい。オレはこいつの師匠なんだからよ」
アノーラさんの懐に抱え上げられて、僕の背中に特大の乳房が接触する。
「今、ご主人様って言わなかったか?」
「あの小僧、どっかのおぼっちゃまか? にしては貧相ななりだが……」
「というより、あの陽光と白銀の弓取りの弟子だって?」
ただでさえもメリュジーヌさんは綺麗なうえに、メイド服なんて纏っていたら目立って当然だ。
さらに、アノーラさんは冒険者の中でも特に有名な一人だ。
そんな二人に囲まれている僕は、けっこう場違いなんじゃないだろうか……。
僕は宿の手配を完了してから、一人で冒険者ギルド・ビヨン支部へと来ていた。
「『蒼き流れ星』メリュジーヌを退治した冒険者……?」
「はい。このギルドに残っている資料に、当時の冒険者の依頼について、もしくは戦闘記録などはないでしょうか?」
僕はギルドの中で、受付嬢のセシールさんと話をしていた。
ギルドが保管している資料の中で、かつてこの国で暴れていたメリュジーヌさんに関する資料を見せてもらうのが目的だった。
「ここはメリュジーヌが暴れていたところとは遠いし、ましてや何十年も前の話だからね……。もしあるとすれば、あいつが暴れていたっていう西部の……たとえばカルカスなら記録が残ってるんじゃないかしら?」
カルカスは、古来よりドゥエイル王国の守りの要となっていた要塞都市だ。
5つの大規模な要衝により守られ、クエレブレ半島を制圧したゴンドワナ大陸からの侵略軍との最前線となっていた。
「……そうですね。カルカスに寄る機会があったら、また調べてみようと思います」
僕はセシールさんにお礼を述べてから、メリュジーヌさんとアノーラさんが待っている宿屋まで戻った。
ビアンカがアノーラさんから燻製肉をもらっていて、メリュジーヌさんは退屈そうにお金が入った袋でお手玉をしている。
「おっ、ジャック! どうだ? 探しモンは見つかったか?」
「いやあ、ダメでした。いかんせん資料があまり残ってませんから……」
ごまかしている僕を見ながら、メリュジーヌさんはグッと身を乗り出した。
「さっきからバレバレよ。ジャックのお母さんのことを調べてたって」
「えっ! なんでわかったんですか!?」
まるでなんでも見透かしているかのように、メリュジーヌさんは僕の額に指を当てる。
「ジャックが昔のアタシのことを調べる理由なんて、アタシを倒したアイツの話ぐらいしかないかなって」
メリュジーヌさんは、時折乱暴者の気質からは信じられない聡明な部分を見せる。
僕の考えていることをお見通しだとしても、何もおかしくはない。
「メリュジーヌさんは、母のことは口止めされていると聞いたので、僕が自発的に調べる必要があると思ったんです。決して迷惑はかけませんから、どうか見守っていてくれますか?」
「そうね……別にジャックにそういうのを調べさせるなって制約は受けてないから、自分で調べる分には問題ないわ。ま、アンタが自力で見つけてあげたら、アイツも喜ぶでしょうからね」
確かにメリュジーヌさんの言う通り、僕が自力で辿り着かなければならないことなのかもしれない。
今後も、当時のメリュジーヌさんのことを追いながら、母さんのことを調べていくという方針は変わりそうになかった。
「そういえば、アノーラさん」
僕は、隣の部屋に聞かれないようアノーラさんにそっと訊ねる。
「なんだ、ジャック?」
ビアンカを肉で釣っていたアノーラさんがこちらを向いた。
「アノーラさんはメリュジーヌさんのことを知っていたみたいですけど、なんでメリュジーヌさんのことを追っていたんですか?」
僕の質問を聞いて、アノーラさんは考え込んでしまった。
「まぁ、オレも当時からして、このバカが好き放題暴れ回ってた話は聞いてたからな。冒険者として、なんとしても止めなきゃって思ったわけだ。……まぁ、オレが着いた頃には、とっくに誰かが成敗しちまった後だったがな」
「ちょっと、このバカって言い回しはないでしょ!」
アノーラさんは、怒っているメリュジーヌさんを気にも止めていないようだった。
「ところで、メリュジーヌさんが退治されたときって、どんな風に伝わっていたんですか?」
「さぁな……オレも後からメリュジーヌ討伐の一報を聞いただけだから、なんとも言えねぇな。ただ、男女一組の冒険者が、リュジニャン近辺の森でこいつを倒したっていう話は聞いてるぜ」
男女一組……ということは、母さんには当時、誰かパートナーがいたということだろうか?
「まあ……そうやって自分で調べる分にはいいけど、さっきも言った通りアタシからは何も教えられないわ。お師匠様が言うような、アイツの仲間のこともね」
その言い方からするに、母さんに仲間がいたことを否定するわけではないらしい。
「……そうですね。母さんが一人でメリュジーヌさんを倒したわけじゃなくて、誰かが一緒についていたことがわかったのは収穫でした。アノーラさん、ありがとうございます!」
アノーラさんにお礼を言ってから、僕はここに来る前から懸念していたことへの対応に移るため、手紙のセットと羽ペンとインクを取り出した。
「今度は何をしてるの、ジャック?」
「実はカザード・ジラクでの件で、バベル教国にいるマルセリーノさんに手紙を送っておこうと思ったんです」
「ふぅ〜ん……あのデブねぇ……」
僕はわざとオリガちゃんのことをぼかした。
冒険者ギルドの中だけど、大っぴらに話すべきではないと思ったからだ。
勇者パーティに入る前のことだったけれど、僕はバベルで豪商の密書を運ぶ依頼を受けたことがある。
今回手紙を送るのは、その豪商のマルセリーノさんだ。
親愛なるマルセリーノさんへ
コスモスの花が咲く頃、いかがお過ごしでしょうか?
僕はといえば、あまりに役立たずであったため、ドゥエイル王国勇者パーティを除名されるという醜態を晒してしまったという有様です。
今は再起のために、改めて冒険者に戻ってやり直すことになりました。
さて、さっそくですが本題に入らせていただきます。
実は今、バベル教国にスパイが入り込んでいる可能性があります。
ことの発端は、僕がカザード・ジラク独立国に滞在していたときのことです。
僕が依頼でムッターバルト森林を探索していたとき、山賊に捕まっていた獣人の女の子を保護しました。
その子はオリガと名乗り、ワラキア王国からバベル教国へ奴隷として送られるところだったと言いました。
しかし、僕はこの証言が嘘であると判断しました。
まずマルセリーノさんもご存知の通り、バベルでは奴隷制度を廃止しており、堂々と奴隷が送られることはありません。
ましてや、ワラキアは魔王の同盟国でありますので、勇者連合側であるバベルに奴隷を送ることはありえないことです。
更に、オリガちゃんはその後、バベル教国の方へと向かったことがわかっており、そのままバベル内部に潜入したと考えられます。
以上のことから、オリガちゃんは魔王軍から送られたスパイである可能性が高いと判断しました。
勇者連合に報告することも考えていましたが、僕は勇者パーティを除名されてしまったため、勇者連合の一員という立場を失っています。
そのため、僕の代わりに勇者連合バベル支部に顔が利くマルセリーノさんに、オリガちゃんのことを報告してほしいのです。
たいへん勝手なお願いだとは思いますが、どうかよろしくお願いします。
冒険者ジャック・オーウェルより
書き終えると、封筒に入れて蝋で封をする。
「できた、ジャック?」
「はい。後は他の冒険者に依頼を出すだけです。ビヨンに長く滞在する予定はありませんので、報酬はギルドに立て替えてもらう形になりそうですけどね……」
遠方への郵便は、主に吟遊詩人か踊り子のような旅芸人の他、冒険者が引き受ける場合もある。
当然ながら、手紙を届けるまでの道中は危険なものとなるため、旅に慣れている人材が引き受けることとなるためだ。
「う〜ん……そんな話ならオレが行ってもいいんだけどよ……。なにしろ行き先はあのバベルだろ? オレは行かねぇ方がよさそうだなぁ……」
バベル教国は、雲塔教の総本山というだけあって、神の教えにはとても忠実だ。
その原理主義に近い教えにおいては、一部の種族は邪悪なもの、あるいは悪魔として排斥される。
ダークエルフも排斥されるため、アノーラさんは入国を許されないか、マルセリーノさんに会わせてもらえないかもしれない。
「で、そんなの任せられそうな冒険者って、この町にいるの?」
その問題は、僕も懸念していた。
ここからバベルまでは比較的治安がよく、また距離も近いため、さほど心配はない。
それでも事情が事情だけに、信頼できる冒険者が必要だった。
「もしジョルジュさんがいればベストなんだけどな……」
僕はかつて行動を共にした、先輩の冒険者のことを思い浮かべていた。
丁度その頃、彼がひどい目に遭っていたことを知るのは、もう少し後のことだった。




