弓取りと乱暴者
「オマエの名前は『蒼き流れ星』メリュジーヌで合ってるよな?」
え?
偽名を使ってるはずのメリュジーヌさんが『蒼き流れ星』であることを見抜いた?
「ええ、そうよ! アタシの名前はメリュジーヌ」
しかも、メリュジーヌさんは嘘がつけないからそのまま答えてしまう。
「ちょ、ちょっと、メリーさん!」
「え? だからメリュジーヌ……あっ」
ようやく本名をしゃべってしまったことに気づいたようだった。
そんな僕らを見て、アノーラさんの目つきが険しくなる。
「……おい、ジャック。これはどういうことだ?」
アノーラさんが僕に弓を向けたことで、メリュジーヌさんが間に割って入る。
「どういう経緯なのか知らねぇが、あの『蒼き流れ星』に偽名を使わせて、冒険者にしたみてぇだな……。なにしろ龍人は嘘がつけねぇから、偽名なんて使うのは他種族に入れ知恵されてるときだけだ。一体何企んでやがる?」
まずい。懸念していたことが現実になってしまった。
この反応からして、アノーラさんはメリュジーヌさんが暴れ回っていた頃のことを知っている。
乱暴者の『蒼き流れ星』の被害者か、当時のことを知る人物とメリュジーヌさんが出会ってしまった。
「ま、待ってください、アノーラさん! メリュジーヌさんは……」
「まぁ、素性を隠して冒険者になった話なんていくらでもあるけどよ、そこの乱暴者は野放しにしちゃおけねぇんだ。お前が生まれる前の話じゃ、どんだけやべぇ奴か知らねぇんだろうけどよ……」
存分に引き絞られた弦が、僕に向けて矢を飛ばす。
右足を狙った一射を、メリュジーヌさんは掴んで止めた。
「アンタが気に食わないのはアタシでしょう? ジャックにそんなもの向けるのはやめなさい!」
「なんだ? あのメリュジーヌが、まさか人を庇うなんてな……どういう風の吹き回しだ?」
「そんなの当たり前よ! なにしろ今のアタシは、ジャックの使い魔なんだから!」
そう言いながら、メリュジーヌさんは左手に刻まれた印を見せる。
僕の左手にあるものと同じ、円を描く蛇と星の印章だ。
「なんだ、その印……? まあ、わかっててそいつを使い魔にした以上、多少痛い目に遭わせてから聞き出すとするか!」
「アノーラさん、話を……」
アノーラさんは『蜘蛛の籠手』から糸を放ち、砦の監視塔へと飛び移る。
矢狭間の上に立つと、今度はメリュジーヌさんへと矢を射かけてきた。
「こっ……の!」
またしても、矢はメリュジーヌさんに掴まれる。
でも、その矢が何なのかわかった僕は、それが悪手だとわかった。
「メリュジーヌさん、それを捨ててください!」
「え?……きゃっ!」
説明する間もなく、矢が強烈な雷を放った。
あまりの威力に、メリュジーヌさんは手に軽い火傷を追ってしまう。
これは魔力が込められたエルフ秘伝の矢『エンチャントアロー』で、僕が山賊の注意を逸らすために使った『エレキボルト』と同じ、雷の魔力を込められたものだ。
「さっきと同じ失敗をすると思ったか? なにしろあのメリュジーヌが相手なんだ。こっちも本気でいかせてもらうぜ!」
またアノーラさんは蜘蛛の糸を飛ばし、城壁や建物の上を次々に飛び回る。
僕とメリュジーヌさんを警戒して、遠くから隙を伺っているのがわかった。
「こっ……の、待ちなさいよ!」
糸に引っ張られるアノーラさんの後を、メリュジーヌさんは飛んで追いかけていく。
それを受けて、アノーラさんは城壁を飛び降りる。
「ここじゃ暴れるには狭すぎるよな? もっと広い場所に行こうぜ!」
そのまま二人は、森の方へと飛んでいった。
「僕らも行くよ、ビアンカ!」
僕はビアンカに飛び乗って、森の方へと駆けていく。
入り組んだ木々の向こうでは、時折弦がうなる音と、おそらくメリュジーヌさんのものであろう、魔法の爆発音が聞こえてくる。
「いっけええぇぇぇぇぇ!!」
メリュジーヌさんは、口からブレスを森めがけて放つ。
僕を助けてくれたときのレーザーブレスとは違い、強烈な水流を放つ『ハイドロブレス』だ。
水のブレスを使う龍は、ときに恵みの雨をもたらす土地神として崇められ、ときに水害をもたらす怪物として恐れられる。
「おぉぉっと!」
水流に吹き飛ばされる寸前で、アノーラさんは体勢を変えることでかわす。
森へと飛んでいった水流が、大雨のように森を濡らす。
「噂通り、強さだけは天下一品だな!」
「アンタこそ、アタシを相手にここまで持ち堪えるなんて、さすがはジャックの師匠ね!」
「それじゃ、こっちも次の手を使わせてもらおうか……」
アノーラさんは矢をおさめると、飛び交いながら空いた手をメリュジーヌさんに向ける。
「風よ、我が眼前の敵を切り裂きたまえ……ウィンドカッター!」
メリュジーヌさんに向かって、風の刃を飛ばす魔法『ウィンドカッター』が飛んでいく。
「何それ? そんなものがかわせないとでも……っ!?」
余裕をもってかわそうとしたところで、風の刃が5個に分裂した。
射撃型の魔法にできるアレンジの一種で、一発の魔法を複数に分裂させる『グレープ・ショット』という技術だ。
「きゃっ!」
意表をついた攻撃に、メリュジーヌさんは一撃をもらって空から落ちていく。
僕は落ちる先にビアンカを走らせる。
「メリュジーヌさん!」
地面に落ちる寸前で、僕はメリュジーヌさんを抱きかかえた。
「あ、ありがとう、ジャック……」
アノーラさんの方を見ると、木の枝から降りて草むらの上にいる。
木々の隙間から日が射していて、まるで舞台の上で照明を浴びているかのようだ。
そういえば、アノーラさんの『蜘蛛の籠手』って……。
「どうやらそこの乱暴者に随分入れ込んでるみてぇだな、ジャック。……でも、お前が何を考えてるかはともかく、そいつを野放しにしておくわけにはいかねぇんだ!」
再度アノーラさんは糸を飛ばして、木々の上へと飛んでいく。
薄暗い森の上からは、糸を飛ばす独特の風切り音と、葉がこすれる音とともに何枚かの葉っぱが落ちてくる。
「あのわからず屋、今度こそ一発ぶん殴って……」
「待ってください、メリュジーヌさん!」
僕は慌ててメリュジーヌさんの手を引く。
「どうしてよ、ジャック!? ああいう手合いは殴ってからの方が……」
「このままじゃ、アノーラさんの思う壺です。あの糸もそうですけど、彼女はメリュジーヌさんの力をいなすだけの技術を持っています。真正面から殴りかかるより、何か策を考えないと……」
今のメリュジーヌさんは、頭に血が昇っているようだった。
こんなときこそ、大雑把な彼女を僕が支えないと……。
「……わかったわよ、ジャック。アンタの作戦に従うから」
メリュジーヌさんはため息をつきながら下がる。
僕に任せるということだろう。
「どうしたんだ、ジャック? その乱暴者を引き渡す気になったか?」
木々の上からは、余裕がありそうなアノーラさんの声が聞こえてくる。
「そんなことはできません! メリュジーヌさんは僕の恩人です!」
「ジャック……」
でも、相手はあの『陽光と白銀の弓取り』アノーラさんだ。
あの人は僕に冒険者としての技能を教えてくれた師匠であり、特にレンジャーの技能は僕が知る冒険者の中では一番だ。
それに、あの『蜘蛛の籠手』を使った空中移動は、たとえメリュジーヌさんでも捉えようがない。
「なにか、アノーラさんの動きを止める方法は……」
ふと、考え込んでいた僕の目に、先程のハイドロブレスにより濡らされた木々が映る。
雨が降った後のような光景に、僕の中であるアイディアが浮かび上がった。
「メリュジーヌさん、いい考えがあります。聞いてくれますか?」
僕はアノーラさんから聞いた話と、そこから思いついたことを相談する。
「……というわけで、それと同じことができる魔法を教えてくれますか?」
「なるほど……やっぱりジャック、いつものことだけど頭いいのね。……それじゃ、こんなのはどう?」
そう言いながら、メリュジーヌさんはワイバーンを撃退したときと同様に、僕の額にキスをする。
僕の頭の中に、この現状を打破するための強力な魔法が流れ込んでくる。
「それじゃ、アタシがアイツを引きつけておくから、アンタは安心して魔法を使いなさい!」
そう言って、メリュジーヌさんは森の木々へと突っ込んでいく。
僕とビアンカは魔法を準備するために、草叢に身を隠す。
恩人を守るために、憧れの冒険者との争いをやめるために、この魔法は絶対に失敗できない。
「メリュジーヌさん、アノーラさん……僕の成長を見ていてください」
11/4追記:
一部誤字があったところを直して、解説を載せ忘れていた部分を追記しました。




