正体がバレた
僕は仕事の最中、憧れの冒険者『陽光と白銀の弓取り』ことアノーラ・タゥルクーさんに助けられた。
その後、メリュジーヌさんと合流して、山賊に捕らわれていた獣人のオリガちゃんを冒険者ギルドに預けるべく、一度町へと戻ることを選んだ。
「そう気を落とさないでよ、ジャック。あの師匠、部分的にはジャックとの話を覚えてたみたいじゃない?」
「嘘でしょ……アノーラさん……」
僕はアノーラさんに忘れられていたショックから立ち直れないでいた。
まさか、受け売りの言葉を話しても思い出してもらえなかったなんて……。
でも、僕が受け売りの言葉を話したとき、それ自体は覚えていたような様子だった。
もしかすると、アノーラさんにも事情があるのかもしれない。
「あの……冒険者様……あのダークエルフが何か?」
ビアンカに乗ったオリガちゃんは、僕の方を心配そうに見つめている。
要救助者を不安にさせているようじゃ、冒険者失格だよな……。
「にしてもビアンカ、アタシは乗せないくせにその子は乗せるのね」
「まあ、ビアンカは救助も得意ですから……」
僕と出会ってからというもの、ビアンカは常に僕の手助けをしてくれていた。
『モノクロの狩人』という僕の異名も、ビアンカがあってこそ成り立っている。
「そういえば、このオリガって子はどうするの? アタシのときは、一度冒険者ギルドに保護してもらってから、人買いに話をつけるってことになってたけど……」
メリュジーヌさんが言っているのは、メリュジーヌさんの素性を誤魔化すために演技をしたときの話だろう。
オリガちゃんは奴隷商人の存在を仄めかしても、全く怯える様子がない。
もし生まれつき奴隷として育ってきたとしても、このような態度は不自然だ。
「ええ。いずれにせよ、冒険者ギルドに事情を説明して、保護してもらう必要があります。後の判断は、各地の商人などと連携をとっているギルドの役目です」
もともとどこにも属さないアウトローの集団として、また便利屋として誕生した冒険者ギルドは、各地の組織と連携をとることで成り立ってきた。
その中には、奴隷商人のような仄暗いものも含まれている。
「ま、難しいことはここのドワーフ共に任せておきましょうか。この後も、あの師匠に挨拶しに行くんでしょ?」
僕はあの後、アノーラさんと話し合って「アノーラさんが砦を制圧してきて、僕らは町までオリガちゃんを送り届けてくる」ということになった。
その際「後で話したいことがあるから、お前と連れの龍人と一緒に砦まで来い」と指示された。
冒険者ギルド・ジラクブルグ支部に辿り着いた僕らは、ドワーフの受付嬢に事情を説明する。
依頼である情報収集は中途半端に終わったが、アノーラさんとの合流と、オリガちゃんの保護を行なったことから、やむを得ず依頼を中断したというものだ。
「まあ、事情はわかったよ。たぶんあの『陽光と白銀の弓取り』が山賊のところまで来たのは、別方面でムッターバルトでの依頼を受けたあいつが、たまたまあんたらと居合わせたんだろうね」
冒険者が受ける依頼が、何らかの理由で重複するという例も割とある。
今回は本当に、運良くジラクに来ていたアノーラさんに居合わせることができたということだろう。
「そういうわけで、このオリガちゃんを預かっていただけませんか? もし元の奴隷商人が見つからなければ、引き取り先が見つかるまでの間、ギルドに保護してもらうことは……」
「ギルドも奴隷商人との付き合いは長いからねえ。しばらく預かるぐらいなら平気だよ。とはいえ、同じところに引き取られるとは限らないけどね」
これならオリガちゃんの身柄は安全だ……と言いたいけれど、僕には懸念されていることがあった。
その懸念を払拭するため、僕はオリガちゃんにあるものを渡す。
「オリガちゃん、君にしてあげられるのはここまでだ。でも、せめてもの餞別にこれをあげよう」
僕はオリガちゃんに、紐にガラス玉を通したアクセサリーを手渡す。
趣味と魔法の勉強を兼ねて作った、ある種の魔術を込めたものだ。
「こ、これは……?」
「僕が魔力を込めて作った、名前もない腕輪だ。それらしい効能はないけれど、きっとお守りになってくれると思うから」
オリガちゃんは見慣れないアクセサリーに戸惑っていたようだったが、やがて恐る恐るそれを左手に巻いた。
「まあ……なんて綺麗なのかしら……! ありがとうございます、冒険者様。これを一生の宝物として、大事にすることを誓います!」
オリガちゃんは左手を掲げながら僕に微笑みかける。
その様子を見て、メリュジーヌさんも呆れ気味に笑っている。
「ちょっと妬けてくるわね……ジャックからプレゼントをもらっちゃうなんて。見ず知らずの子にそんなものを渡せるんだから、アタシにはもっといいものをくれるんでしょうね?」
からかうようにメリュジーヌさんは目線を下げる。
「ま……まあ、またの機会になりますけれど、メリーさんに似合うものを作ってみせますよ」
実際、僕は使い魔となってくれたメリュジーヌさんに何も報いてはいない。
いつか今までのお礼をしなければならないと、今更ながら思い知らされた。
「それじゃオリガちゃん、さようなら!」
「冒険者様、ありがとうございました!」
僕はオリガちゃんに手を振りながら、下げられた左手を見る。
昔、僕が手に入れた『エーテル・レーダー』の魔導書をアレンジして作ったこのアクセサリーには、相手の居場所をある程度把握できる魔術が込められていた。
僕らが砦に戻った頃には、既にアノーラさんが制圧した後のようだった。
あちこちに山賊の遺体が転がっていて、ある者は矢で急所を貫かれ、またある者は刃物により血の海に倒れていた。
奥の執務室に入ると、あの蜘蛛の糸で拘束された山賊らの前で、アノーラさんが椅子に脚を組んだ姿勢で腰掛けていた。
拘束されている山賊は12名だ。
一部は無傷で、おそらく敵わないと悟って降伏したんだろう。
「よぉ、遅かったな。もう少し早く着いてたら、新人に花を持たせてやろうかと思ってたんだがな」
やはり、アノーラさんはとても強い。
数十人の山賊を、たった一人で全滅させてしまうなんて……。
「あら、これぐらいアタシにもできたわよ。ま、アンタほど甘くないから皆殺しにしてたと思うけど」
メリュジーヌさんは、何故かアノーラさんと張り合っている。
なんだかメリュジーヌさんに対するビアンカみたいだ。
「き……きひひひひ……」
リーダー格と思われるドワーフが、意識を取り戻したのか奇妙な笑い声を上げ始める。
「なによコイツ、なんか笑えることでもあった?」
「我らを殺したところで、我が『救星団』は不滅だ! いずれこの国に潜む同志が、必ずやこのカザード・ジラクを鉛の旗で覆い尽くしてくれようぞ!」
このドワーフが出した『救星団』という名前に、僕は武装集団の正体を察した。
「……救星団って何よ?」
「近年、このローラシア大陸各地で暗躍している怪しい組織です。彼らが崇拝する人物が残した手記が存在していて、その通りに世界を変える……というものだそうです」
救星団は、彼らが崇拝する『灰の天使』が残した書物を絶対の教えとして掲げている。
そして、この書物の通りに世界を動かすことこそが、この世界を救う唯一の方法であると信じている。
そして、彼らの掲げる旗印は、必ず彼らのシンボルとなる鉛と同じ灰色となる
「こいつら思ったより粘りやがってよ。山賊にしては根性があると思いきゃ、噂のイカレ集団ときやがった」
アノーラさんは、執務室の壁にかけられた灰色の旗を指して言った。
確かにこれは、救星団が用いる旗印と同じものだ。
「き、貴様! 灰の天使の教えを愚弄するか! 覚悟しておけ! 必ずや同志が貴様を世界の果てまで追いかけ、血祭りにあげ……」
このドワーフが最後まで言い終える前に、横からメリュジーヌさんが尻尾の一撃をお見舞いした。
「いちいち大袈裟なのよ、アンタは。もう少し大人しく話せないの?」
当然ながら、相手は盛大に吹っ飛んで床を転がった。
「……ははっ、やっぱり噂通りの乱暴者だな」
アノーラさんは一瞬メリュジーヌさんのことを知っているようなことを言ったが、気のせいだったんだろうか?
「おいおめぇら、冒険者による制圧を終えた以上、この砦はジラク軍の管轄となる。カザード・ジラクのお役人に引き渡されたら、よくて一生牢屋の中、悪くて町のど真ん中で公開処刑だぜ」
確かに、カザード・ジラクは国内外の脅威に対して非常に敏感だ。
ピエール様のパーティにいたときも、魔王軍から賄賂を受け取っていた商人が、内通者として絞首刑に処されたという話を聞いたこともある。
そのような厳格なありようは、数多の苦難を経てこの地に国を築き上げた、ドワーフの国を守る覚悟を示している。
「し、知ったことではないわ。その程度で怯えるような軟弱者が、我ら救星団にいようはずがない!」
「へぇ……惨たらしい末路も恐れないなんて、かっこいいじゃねえか。でも、お前の部下どもはどうかな?」
しかし、このリーダー格のドワーフ以外の生き残りは怯えているようで、特に無傷で捕まった者は悲鳴をあげて命乞いをしていた。
「そ、そんなのいやだ! 助けて!」
「オイラは脅されて参加してたんです! 見逃してくれたっていいですよね!?」
「お、おい貴様ら、我らの鉛の誓いはどうした!?」
部下の無様な姿を見せられるドワーフの様子を見て、アノーラさんはニヤニヤと笑っている。
「あれこれ仰々しい大義を掲げちゃいるけど、お前らのやってることはただの強盗と子供の誘拐じゃねえか。何が灰の天使だ、鉛の旗だ。てめえらが名乗っていいのは『薄汚ねぇ盗賊』っていう肩書きだけだ」
あからさまな挑発に、倒れたままのドワーフは額に青筋を浮かべて、何かを喚きながらジタバタと暴れている。
しかし、そんなことで解けるほど、アノーラさんの用いる蜘蛛の糸は甘くない。
「ま、せいぜい死刑台でもそうやって暴れ続けているんだな」
その後、僕らはアノーラさんに、砦の真ん中にある中庭に案内された。
ここは馬小屋と訓練場の痕跡が残っていて、山賊が略奪してきた品物が山積みにされている。
「自己紹介が遅れました。僕は石級冒険者のジャック・オーウェルです。それで、こちらが龍人のメリーさんです」
僕はアノーラさんに自己紹介をし、メリュジーヌさんを偽名で紹介する。
メリュジーヌさんはいつの間にかメイド服に戻っていて、僕の後ろで何も言わずに一礼した。
「ジャック・オーウェルって、もしかしてあの『モノクロの狩人』か!? 噂には聞いてたぜ、子供だてらにいろんな才能を持ってるってな!」
憧れのアノーラさんにそう言ってもらえると、とても誇らしい。
とはいっても、かつてアルビオンで出会ったときのことは思い出してくれないみたいだけど……。
「でもさ、お前確か銀級じゃなかったか? なんでお前ほどの冒険者が、石級からやり直しなんてことになってんだ?」
「じ、実は……」
僕はドゥエイル勇者パーティにスカウトされた際に冒険者を辞めたことと、最前線での苦戦に伴いパーティを除名されたことを話した。
「ふっざけんなよ、そのピエールって勇者! 自分から雇っておいて、後になって冒険者が卑しいからクビだって!? 今までの立場を捨ててついてきたジャックへの礼がそれかよ!」
アノーラさんは僕の扱いのみならず、冒険者を卑しいと罵ったことにものすごく憤慨している。
あれだけ冒険者であることを誇りに思っていれば当然だろう。
「それで、改めて石級冒険者からやり直すことになって、その際にメリーさんと出会ったんです。それで、二人でパーティを作るために、どちらかが銅級に昇格しないといけないんです」
「お前も苦労してきたんだな。オレからギルドに便宜を図るなんてことはできねぇけど、いつかオレに追いつくことを祈ってるぜ」
「はい、もちろんです! 必ず銀級に戻って、やがては玉級の冒険者になってみせます!」
僕の事情を聞き終えた後、アノーラさんはなぜかメリュジーヌさんの方を向いた。
「そういやお前、メリーだっけ? 聞きたいことがあったんだけどいいか?」
「なに?」
メリュジーヌさんを見つめるアノーラさんの眼は、なぜか冒険者が獲物を睨みつけるときのものになっている。
「……お前の名前は『蒼き流れ星』メリュジーヌで合ってるよな?」
アノーラさんは、偽名を使っていたメリュジーヌさんの正体を言い当てた。




