憧れの冒険者
僕と救出した子供が山賊に追い詰められたとき、弓を持ったダークエルフが助けに来てくれた。
彼女は、僕が憧れた冒険者『陽光と白銀の弓取り』という異名を持つアノーラ・タゥルクーさんだ。
「オマエ、ご同業だろ? 何があったか知らねぇが、同じ冒険者が危機に陥ってるとなっちゃあ、見過ごしちゃおけねぇな!」
山賊の集団は、予想外の冒険者の出現に驚愕している。
「……よ、陽光と白銀の弓取りだと!?」
「なんであんな冒険者まで来てるんだ!?」
僕も後から知ったことなのだけれど、アノーラさんは金級の冒険者の中でも、特に西ローラシア大陸で名を馳せた一人だ。
エルフの国エレス・タゥルゥグ連合出身のダークエルフで、日の当たるところなら無類の強さを誇ると言われている。
その特性と銀色の髪から『陽光と白銀の弓取り』の二つ名がついた。
「ホラホラ、どうした? 弱いものいじめしか能がねぇのか!?」
アノーラさんは次の矢を番え、また山賊の一人を射抜く。
「く、くそっ、反撃だ! 数はこっちが勝ってるんだ!」
ドワーフの後ろに控えていた人間の射手が、次々に矢を射る。
「ふっ、全然工夫がねえな!」
しかし、アノーラさんは迫り来る矢を、木の上から飛び退いてかわす。
そのまま落ちると思われたけど、突然籠手の先から蜘蛛の糸が飛び出して、隣の木へと貼りついた。
「な、なんだあの糸は!?」
アノーラさんは、糸に引っ張られて隣へと飛び移る。
かつて僕が教えを受けたときには、あんな装備はなかった。
あの後、また新しい装備を身につけたんだろうか?
「そらっ!」
更に、空中で弓を思いっきり引き、今度は人間の射手の胴体を貫いた。
生い茂る木々の隙間から差し込む木漏れ日が、アノーラさんの健康的な肌と絹のような銀髪を輝かせる。
何度も宙をクルクルと舞いながら弓を射る様子は、まるで一流の軽業師だ。
「……や、やっぱりすごいや」
憧れの冒険者の晴れ姿に、僕は目が離せなかった。
孤児院にいたときに命を助けられ、それ以来彼女の背中を追い続けた。
そんな憧れの冒険者が、目の前で大活躍をしていれば当然だ。
「む、無理だこんなの! 引け! 引け!」
アノーラさんのあまりの強さに、ドワーフらの山賊は砦へと引き返していく。
まずいな。これだけ派手な戦いとなったら、より山賊の警戒が厳しくなってしまうかも……。
「……へっ、張り合いのねえ奴らだな」
アノーラさんは逃げる相手を見届けながら、糸にぶら下がってここまで下りてくる。
「よお、お前石級の冒険者だろ? 自分だって子供だろうに、そいつ助けるために無茶したんじゃねえか?」
こちらに手をさしのべながら、僕が担いていた子供の方を見る。
この子はというと、見慣れない大人の冒険者を警戒している様子だった。
「……おいおい、その小僧は平気なくせに、オレは怖いってか?」
「仕方がありませんよ。さっきまで山賊に捕まってたんですから……」
僕はかぶせられていた袋を取る。
どうやら、この子は獣人の女の子だったらしい。
栗色の長い髪の隙間から、ロップイヤーの犬耳がのぞいていて、小動物のような雰囲気を醸し出している。
「こんにちは。僕ら冒険者が来たからにはもう大丈夫だよ」
まだ獣人の女の子は怯えている様子だったが、やがて口を開いた。
「わ、私はワラキア王国出身のオリガといいます。奴隷として売られて、バベル教国まで馬車で運ばれていたところを、あの山賊どもに襲われました。あのまま砦まで連れて行かれていたら、どんな目に遭わされていたことか……。冒険者さま、ありがとうございます!」
そう言って、オリガちゃんはぺこりと頭を下げた。
でも、僕はその話を聞きながら、いくつかおかしいところがあることに気がついた。
ただ、それをここで堂々と言ってしまった場合、余計なトラブルに発展しかねない。
「それで、オリガちゃん。僕らはここの山賊をやっつけに来たんだけど、今はあいつらと戦っている場合じゃない。一度、近くの町まで引き返そうと思うんだけど、ついてきてくれないかな?」
オリガちゃんはひどく狼狽えていたが、やがてまたぺこりとおじぎをした。
「お、お願いします! 近くの町まで連れて行ってください!」
これで、僕らはこの子をジラクブルグまで案内することが決まった。
問題は、アノーラさんが同業者である僕らの撤退を許してくれるかどうかだ。
「つってもよ、小僧。お前一人でそいつを抱えていって大丈夫なのか? こんな森ん中じゃ、山賊だけじゃなくて狼とか魔物とかもいるだろ?」
「実は、僕は連れが一人と一匹いまして……さっき救援を呼んだばかりですから、合流できたら一緒に戻ろうかと」
僕一人じゃ危険な道中も、ビアンカとメリュジーヌさんがいれば安心だ。
「そっか、連れがいたんだな。それなら安心だ。あの山賊はオレに任せて、お前らはその子を送ってきな」
「はい、無事に送り届けてきます!」
アノーラさんの了承を得たことで、僕らの仕事はオリガちゃんの保護に切り替わった。
「そ、そういえば、その籠手って……」
僕は、アノーラさんが両腕に身につけている奇妙な籠手のことを訊ねる。
ナチュラルな茶色の革でできた籠手は、先端が矢尻のようになっている。
そして、手の甲には緑色の宝石が嵌め込まれていて、更に全体に新緑色の葉っぱが散りばめられている。
「ああ、これか? これはオレが自前で作った『蜘蛛の籠手』だ。タゥルゥグに住む蜘蛛の『アング・リングリル』の素材から作ったヤツでよ。葉の部分に光が当たると、オレの魔力と光から糸を作り出して、こうして飛ばすってわけだ」
そう言いながら、アノーラさんは糸を発射する様子を実演してみせる。
こんなものを自前で作ってみせるなんて、やはりアノーラさんは一流の冒険者だ。
「あのときよりも、アノーラさんはどんどん強くなっていってるんですね。やっぱりあのとき『冒険者は日々研鑽を怠らないもんだ』って言ってたけれど……」
僕がアノーラさんに教わったことを話すと、一瞬ギョっとしたような顔をした後、困惑した様子で頭をかいていた。
あれ? アノーラさん、もしかして……。
「……あー、お前、どこかで会ったっけ?」
……まさか、僕と会ったときのことを覚えていない?
「ジャックーーー!!」
しばらく経ってから、ビアンカとメリュジーヌさんがやってきた。
「いやー遅れてごめん。こんな森の中じゃどこ走ってるのかわかんなくって、仕方なくビアンカについてきたってわけ……ってなに、この状況?」
しかし、僕はアノーラさんに忘れられていたことがショックで、ビアンカにのしかかられるまでずっと放心状態になっていたらしい。




