魔王の工作員
「ふぅ……なんとか振り切ったみたいですね」
あのジャックという冒険者が囮になってくれたおかげで、鬱陶しいワイバーンから逃げ切ることができました。
あの少年には気の毒なことをしましたが、こちらも仕事ですので……。
「よく頑張ってくれましたね、ナイトファクス」
愛馬のナイトファクス号を撫でると、嬉しそうに嘶きをあげます。
道中、あのワイバーンに見つかったときはどうなるかと思いましたが、お人好しな囮がいたおかげで助かりました。
「これでようやく、目当てのものをお妃様のもとへ送り届けられますね……」
私はナップサックの中から、布で巻かれたティアラを取り出しました。
つい一昨日のこと、私はミドガルド帝国とジーフリテルダム王国の国境地帯に、あるものを回収するべく潜入しました。
もとはお妃様の持ち物であった純銀のティアラが、よりにもよってあのワイバーンの巣にあったのです。
竜には鳥のように光り物に目がないものもいて、金銀財宝を蒐集しては、自らの寝床にベッドのごとく敷き詰める習性があります。
その寝床は結果として、欲にかられた人間を集める篝火になり、また竜の弱点である柔らかい腹側を守る胸壁にもなります。
近隣の冒険者から募った目撃証言から、あのワイバーンが仮住まいにしているダンジョンへと潜入し、なんとか見つからずにティアラを回収できました。
ところが、財宝のひとつがなくなっていることに気づいたワイバーンは、匂いで私を探し当てて追いついてしまったのです。
「あら、あれは……?」
木々の間から空を見上げると、氷の魔法『アイスストーム』による吹雪の竜巻が空へと舞い上がる様子が見てとれました。
それからしばらくして、あのワイバーンが空へと飛び上がりました。
またこちらを追ってくるかと身構えましたが、ワイバーンは地上からのウィンドカッターで翼を切り裂かれ、そのまま森の中へと墜落していってしまいました。
「あの少年、ワイバーンに決定打を与えるほどの魔法を……?」
あの子は装備からして偵察要員のようでしたが、どうやら魔術師としての適性も高いようですね。
それはさておき、またあのワイバーンに追いかけ回されてはたまりませんから、ここで殺しておきましょうか。
奴が墜落した方向へと進んでいくと案の定、翼をやられた上に木々の中へと落ちたことでボロボロになったワイバーンが、地を這いつくばっていました。
『グル……』
私に気がついたのか、ワイバーンはこちらに首を向けて唸っています。
「おや、まだ息があったようですね。さすがは竜といったところでしょうか?」
かといって、竜の回復力をナメてはいません。
もしここで温情をかけて見逃そうものなら、回復しきった後にまた追いかけてくるでしょう。
「でも、あなたは生きていてはいけませんよ。魔王様と王妃様の持ち物を返してもらっただけなのに、しつこく奪い返しに来たのですから。これ以上邪魔をされないためにも、憂いは絶っておかないと……」
私は腰のサーベルを抜いて、吠え続けるワイバーンの口内を刺し貫きました。
「……さようなら」
ワイバーンが完全に動きを止めたのを確認してから、刃を抜きます。
「……それにしても、この辺りの連中といい、先程の少年といい、ずいぶんと無警戒ですね。まあ、おかげで魔王様に仕える私が、さも当たり前のように勇者連合の国に侵入できたのですけれど」
今回の仕事で、私は冒険者に偽装してこの地に侵入しました。
とはいっても、あくまで一般人という体で冒険者ギルドに登録してしまえば、たかだか冒険者の出自を怪しむ者もいないというわけです。
ただ、帰りは関所などでこのティアラを見られないよう、いっそう気をつける必要がありそうですね。
「はい、確かこっちに落ちたはずです!」
草むらをかき分ける足音と、先程の少年の声が聞こえてきました。
どうやらこのワイバーンの生死を確かめようと探しているようですね。
しかし、声からするに連れがいそうですね。
さて、見つかって余計なことになる前に、さっさとこの森を立ち去りましょう。
あくまで私の目的は、お妃様の宝物を持ち帰ること。
もし私が魔王様に仕える者と気づかれでもしたら、余計な争いの種となることでしょう。
「行きますよ、ナイトファクス」
改めてナイトファクスに跨り、帰路へと向けて走らせます。
本来お妃様のもとにあったはずのものが、またお妃様の手に戻る。
このティアラを持って帰ることが叶えば、きっと喜んでいただけるでしょう。
それこそがこの私、お妃様に仕えるエルフのアンジェリカの望みなのです。




