表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/56

28 よく描けた似顔絵?

「……藤乃さん?」


 突然聞こえる、声。画面に集中しすぎていて、慧の接近に気がつかなかった。


「け、慧先輩、あっ」


 驚いて肩が跳ね、勢いで、手から携帯が滑って跳ねる。床に落としかけたそれを、慧が器用にキャッチした。


「すみません、ありがとうございます」

「はい、危なかったね」


 手から手へ。受け渡すときに、慧に画面を見ようという積極的な意識はなかっただろう。ただ、画面はまだ明るくて、彼の視界に入ったのだ。そしてそこには、ちょうど、私の見ていた画面が写っていた。


「……?」


 慧の視線が画面を見て、私の顔を見る。見比べるような視線は、そこがちょうど、「小松原藤乃」を紹介する部分だったから。

 画面には大きく、私の名前と、イラストが載っている。


「ごめん、見えちゃった」


 軽い謝罪と、柔らかな笑顔。携帯の程よい重みが、私の手のひらに戻ってくる。


「よく描けた似顔絵だね。誰かに描いてもらったの?」


 よく描けた似顔絵。

 私のイラストとして載せられているのは、素晴らしくデフォルメされた、しかし確かに私の特徴をよく押さえたものだった。


「えっと……」


 私は、迷った。

 本当のことを話すとしたら、その相手は、慧以外ありえない。次点で兄だが、兄に話すなら、慧にだって話したい。

 話して、相談したい。そんな気持ちもある。

 それにしても、私の今考えていることは、現実離れしすぎていると思う。説明するには複雑すぎて、どこから手をつけたらいいのかわからない。


「とりあえず、そんなところに立ってないで、中に入ったら?」

「……はい」


 逡巡しているうちに、慧に促され、私は定位置に移動する。カウンターの中に入り、慧の隣へ。腕と腕が触れ合わないくらいの微妙な距離が、私達のいつもの位置関係だ。


「藤乃さんが難しい顔をして立ってたから、何かあったのかって心配しちゃったよ」

「いえ、すみません」


 話すなら、今だ。

 そう思う慧の問いかけはあっても、私はもう一歩、踏み出せないでいた。慧に「そんなのおかしい」と否定されたり、理解されなかったりしたら、きっと私は、傷つくだろう。


「そういえばさ」


 私の歯切れの悪さを、どう解釈してくれたのだろう。慧はそれぞれの問いかけを追及することなく、それとなく話題を変えてくれる。

 落胆と、安堵。もやっとしたような微妙な気持ちが、胸に広がる。


「藤乃さんがよく借りていく系統の本、あるじゃない。俺、読んでみたんだよね」

「読んでみた?」


 聞こえなかったわけじゃない。ただ、驚いて、復唱してしまった。私がこの図書館でよく借りていく系統の本なんて、ひとつしか思い当たらない。

 そしてそれは、男性が進んで読むような本ではない。

 戸惑う私の目の前に差し出されたのは、私が一度借りたことのある、美麗な表紙の本であった。美男美女の絵とともに、咲き乱れる可憐な花。


「これ、読んだんですか?」

「読んだよ」

「どうして……」


 私も慧の好んで読む本はよく知っている。写真集であったり、古典の名作であったり、あるいは新書であったり。わりに何でも読む印象はあるが、こうしたライトな文章はあまり読んでいない。


「どうしてって、藤乃さんが読んでたからだよ。好きなひとの好きなものは、やっぱり気になるでしょう」

「……はい、まあ」


 私が水族館について行ったのだって、慧が好きだと言うなら、好きになれるかもしれないと思ったからだ。図書室が好きになったように。慧の言いたいことは、たぶん、そういうこと。


「面白かった。この手のお話で、女性が主人公のものって、今まで読んで来なかったんだけど。力で押すわけでもなく、主人公が一生懸命になるのが、新鮮なのかなって思ったよ」


 ぱらぱらとページをめくりながら、そう評する。その慧の横顔を眺めていた私は、不意に、はっとした。

 慧がこの本を読んだのなら、私が話したいことも、多少の理解を示してもらえるのではないか。少なくとも、乙女ゲームとか、悪役令嬢とか、そういった言葉はわかってもらえる。


 これはきっと、慧に打ち明けろということなのだと、私は思った。まるで導かれたようにタイミングが合うということは、あるものだ。


「慧先輩、実は、相談したいことがあって」

「……相談?」


 本から視線を上げ、こちらを見る。レンズ越しの慧の目は、今日も優しく光っている。


「はい。信じてもらえないようなというか、私自身も、まだ信じられないような話なんですが」


 否定されたら怖い、という恐れが、前置きを長くする。すると、慧は頬を緩めた。まろやかなえくぼ。


「藤乃さんが真面目に話してるのに、俺が信じないと思う?」

「え……」


 それは、あまりに率直な言い方だった。


「俺は藤乃さんを信じるよ」


 肩に入っていた力が、ふっと抜けた。

 こんな風に力強く言ってもらえたら、何を話しても、大丈夫な気がする。たとえそれが夢よりも夢みたいな話でも、真剣に受け止めてもらえそうだ。


「さっき見えた、私の似顔絵があるじゃないですか」

「うん、あったね。よく描けてた」

「あのサイトを、もう一度、見ていただきたいんです」


 私はポケットから、携帯を取り出した。ロックを解除すれば、画面は先ほど見ていたゲームの紹介ページのまま、である。

 そのまま慧に手渡すと、彼は受け取りながら、戸惑った顔をする。


「いいの? 見ても」

「構いません。というか、見ていただきたいです」


 私があれこれと説明しなくても、答えは画面に書いてある。


「……そう? じゃあ、失礼して」


 慧はそのまま、手元の画面に目を落とす。画面から発せられる光が、彼のレンズに反射している。


「それにしても、よく描けた似顔絵だと思うな。藤乃さんの特徴を完璧に捉えていて、可愛い」


 呟く慧の指先が、画面をスクロールする。口数が少なくなり、眉間に皺が寄る。「ん?」と声を上げる。画面を行きつ戻りつしているのが、その指先から察せられる。眼鏡を持ち上げて調整し、画面に顔を近づける。

 その食い入るような眼差しは、彼が私と同じような発想をしたことを示している。


「藤乃さん、これって……」


 慧が差し出す携帯を、受け取る。画面の最下部まで表示されている。慧はこの紹介ページを、最後まで読み通したのだ。


「えっと……何か、つきまとわれてるの? その、ストーカー、とか」

「ああ……」


 私の名前と、よく似た似顔絵。通う学園の名前、周囲の人々の名前や似顔絵。ゲームの紹介という形を取ってはいるものの、そこには明らかに私を含めた周囲の人々の個人的な情報が、細部まで載っている。

 慧の心配も、もっとも。しかし私は、首を左右に振る。


「違います。そういった、犯罪的なことに巻き込まれたわけではなくって」

「それなら、いいんだけど……?」

「実は今日、聞いてしまったことがあって」


 切り出すと、慧の視線が、先を促すようにこちらを見る。私は言葉を選びながら、早苗のことと、彼女の先程の発言を伝えた。


「それで彼女は、『ゲームの脇役なんだから、脇役らしく振る舞えばいい』って、私のことを」

「藤乃さんを、ゲームの脇役、って?」


 慧は怪訝そうに復唱する。怪訝そうではあるが、小馬鹿にするような調子はない。彼は彼なりに、事態を噛み砕こうとしてくれている。


「……なんか、まるでここが、ゲームの中みたいな言い方だね」

「そうなんです。だから気になって調べたら、本当に、こういうサイトがあって」

「そう……」


 そして、沈黙。

 続く言葉がすぐに見出せないのは、私も同じ。ぱたぱたと軽い音がするのは、慧が指先を軽くカウンターに当てて、立てている。

 そうして暫く考えたあと、軽い音が止み、代わりに慧が話す。


「とりあえずそのゲーム、実在するなら、買ってみる?」

「……そっか、そうですね」


 はっとして、私は頷いた。簡単なことなのに、もやもやしていて、思い浮かばなかった。

 この何ともいえない気分も、実物を見れば、はっきりするだろう。


「どこで買えるか、山口に聞かなくっちゃ」

「山口さんに? そういうの、詳しいの?」


 詳しいも何も、何か取り寄せたいときには、山口や侍女に頼むのが常だ。


「彼に頼まないと、手に入りませんから」

「そんなに通なんだ、すごいね」

「はい。……?」


 どことなく噛み合わない会話を、疑問に思った。


「あんなに凛とした人がゲーマーだなんて、意外だな」

「ゲーマー、ですか?」

「え、だからわざわざ頼むんでしょ?」


 ゲーマーという言葉は、わかる。ゲームをよくする人のことだ。


「ゲーマーって、山口が、ですよね?」

「そう。だから、買ってもらうんだよね?」

「いえ、買い物はいつも、山口や侍女に頼むので……」


 互いにきょとんとした顔を見合わせ、沈黙。


「あー……なるほどね」


 慧の声のトーンから、私は察した。多分私の今の発言は、例の「常識的でない」ものだったのだ。


「ごめんなさい」

「どうして?」

「また、常識的じゃないことを言ってしまったんだなって、思って……」


 一般常識を学ぶと決めた矢先に、すぐこれだ。いささか落ち込む私の肩を、微笑んだ慧が励ますように叩いてくれる。


「だから勉強するんでしょう? 構わないよ、それなら一般的……というか、よくやる、ものの買い方を教えるから」


 慧はポケットから携帯を取り出し、画面に触れた。


「ほら、見て」


 促され、画面を覗き込む。肩が触れ合うほど近寄ると、いつもの、甘く爽やかな慧の香りがした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ