プロローグ:【精製】冒険は狂想と祝福の調べ
霞みのかかった光りの部屋でいくつか質問をされ、思うままそれに答えた。
ひとつひとつ熟考し、丁寧に未来を押し開く。
『大切なことだから、ゆっくりでいい。良く考えなさい』そのひとは言った。
尖った宝石のような細長いペンで、見たことのない形の石版にそれらを書き留める。
石版の土色が奇妙に脈打ちながら輝いたり暗くなったりする。
どこからか風が吹き込んで来て、心地好く暖かい気温を感じる。
不思議な気分だ。
まるで生きているようだったから。自分も、この部屋も。石版も。
どうやら最後の質問が終わったらしい。
机いっぱいに、散らばったカードを見せられる。
タロットカードのような、雰囲気のある絵柄だ。
『選びなさい。好きなものを3つ』
そう言われたので、また長い時間をかけて《3つ》を選び、決めたしるしに顔を上げた。
声の主、そのひとの顔を見る。
かみさまのようなお爺さんが、ふんふんと頷いている。
白い顎髭の束を、時折つまんでは引っ張る。
次に、裏向きになったカードを出された。
10枚のまた違う種類と大きさのカードだ。
表にどんな絵が描かれているのかはわからない。文字なのかもしれない。
『最後だ。1枚選びなさい』と言われ、答えの見えないカードを指差す。
《1つ》を選び抜く。
直感だったが、なぜかそこだけに淡い光りが見えた気がして惹かれた。
それを引き抜き、めくる。こちらに見せないように内緒で確かめると……この神様らしき人物は、にやりと笑った。
そして分厚い石版にそれを重ね、嵌め込んだ。
『さあ、できた。これで運命の材料は揃った。
あとはおまえさん次第だ。
まあ結果、とんでもないステータスに仕上がったようだし楽しみだ。期待しておる。
さて、そろそろ出かける時間だな。グレムよ、また会おう』
かみさまはまるで、父親のような優しい姿をしていた。かつてのラナケイン……その人である。
そんなはずはないと知りつつも。そんな風に、俺には見えた。見えたんだ。ラナケイン……、それは死んだ偉大なる賢者の名。
『この冒険者に、最高の祝福を与えたまえ!』
◇◆◇◆◇◆
目を開くと、そこは暗い世界。宇宙空間を思わせる部屋だった。
地面の感覚がなく、足が着いている感じがしない。でもそこは部屋で、広い部屋で、地面はちゃんとあるのだ。
変な感覚だ。浮かんでいる、というより固まって、止まって、麻痺したような感覚。
視線の先には、ひとりの人物の後ろ姿があった。
その者は、こちらに気づくと振り返り、駆け寄ってきた。猛ダッシュと言って良いスピードだ。
「うおおおおおー!」
近くで見ると女の子みたいな少年だった。
水色の髪で猫耳の少年。
細長い尻尾がゆらゆら揺れ動く。
「おおーっ!待ってたよー!やっと来たぁ!ずいぶん遅かったね、1000年くらい経っちゃったんじゃないかなー!あはははは。ひゃ~、どれどれ。おおう!うんうん、いい感じ」
すごい勢いで言葉の竜巻がやってきて、思考があっという間にさらわれてしまった。
「僕はルケト!きみは?」
「……グレム。俺はグレム」
「グレムかー!オッケーオッケー!僕らは今から一緒に旅をする冒険の仲間だ!ともだちだよ!わかる?冒険者だよー!よろしくね、グレム!一緒にでっかいことをしよう!」
【ルケト】と名乗るこの少年は、目をらんらんと輝かせながら元気よく握手を求めてくる。
俺は最初、呆気に取られドギマギした。それから少し、はにかんで笑い、真っ直ぐ差し出された彼の手のひらに、同じく握手で応えた。
「わお!でっかくてごっつい手だなぁ~!すっごいや!」
はしゃいでいるようだ。
俺の身体をぺたぺた触って、バンバン叩き確かめる。その度に少しずつ、体が和らいでいくようだった。不思議な気分だ。
そして、急に、それは来る!
闇がほどけ、遥か彼方から一気に光りがあふれ、視界が広がった。
◇◆◇◆◇◆
海だ。真っ青な空と大海原!
風が気持ちいい。
隣にはルケトがいて、水色の猫耳をぴくぴく動かしている。
小さな鼻をくんくんと働かせ、潮風と空気を吸い込む。深呼吸。
「ぷっはぁ~!気っ持ちいーっ!やっと出られた!広い世界だ!やっぱ冒険はこうでなくっちゃ!あれっ、グレム、どうしちゃったの?」
新たな冒険の始まり。
美しく生き生きとした世界。
風、海、空、雲、太陽。
高揚感。最高のきらめき。冒険の相棒。
キラキラした冒険の始まりに相応しい、壮大なスケールのパノラマビュー!突き抜ける光りの世界。未来!
だがそこで、思わぬ方向へと展開する。思考がむりやりに引っ張られる。
ルケトの声が遠退く。耳の奥が蓋をされ、聞こえない……。
頭の中に靄が掛かる。
なんだ、一体。
目の前に不思議なカードが出現し、キラキラ光りながらくるくる回った。
表、裏、表、裏……
たぶん、絵だ。絵柄は高々と武器を掲げる戦士。
周りにはたくさんの観客。どこからともなく歓声が聞こえてきた。
ざわめく空気。歓声はどんどん大きくなる。
すぐ近くまで迫って来ている!
そしてカードは、ピタリと表を向いた。そこには【剣闘士】という文字が刻まれていた。
ドクンッ!血が脈打つ。血が熱い。
心臓が熱い。身体が熱い。顔面が熱い。腕が熱い。胸が熱い。内側から炎が噴き出す感覚。
熔鉱炉に叩き落とされたようだ。
熱い。ぐにゃりと熔けそうだ。
気を失いそうになる。
硬直と弛緩。耳鳴り。
意識がまたどこかに吸い込まれてゆく……。
体は熔けてしまったのかもしれない。どろり。血のような、マグマのような、赤い色。どろり。
視界は固定され不思議な映像を見せる。断片的な視界。狭い、暗い視界。
暗い暗い、闇の世界。
静寂。静かな森。
氷。凍える湖。
砂漠。炎の塔。
碧色の壁。太古の遺跡。
ちゃぽん……水の音がする。波紋がゆっくりと拡がった。冷たい滴。
再び、遠くに聞こえる波の音。海。砂浜。波打際。
波。寄せては返す、白い波。
泡。粒。粒子。光。かすかに聞こえたルケトの声。
ぼんやりとして遠ざかる意識の波……。輝きの粒たち。
心に浮かぶ赤い色。宝石の赤い光り。脈動する赤い光り。
暗い暗い、闇の世界。
脈動する赤い光り。宝石の赤い光り。心に浮かぶ赤い色。
表、裏、表、裏……
運命と宿命のカードは再びくるくると回り始めた。
これから起ころうとする物語の行く末を、僕らはまだ知らない。だけど、これだけは言える。
冒険は誰のものでもない。ひとりひとりが紡ぐ、神秘の狂想と創造……
『冒険は狂想と祝福の調べ』であると。
◇◆◇◆◇◆