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僕の消したいもの

子どもが主人公です。読む方によっては、後味が悪いと思われるかもしれません。

 僕は今、消しゴムを握りしめて、机の前に座っている。

 手に持っているのは、お父さんがくれた消しゴムだ。


『朝日、これはな、嫌なことを消せる消しゴムなんだ』


 そういったお父さんを、僕は横目でちろりと眺めた。……そんなもん、あるわけ無いじゃん。


『お父さん、一週間くらいお仕事でおうちに帰ってこれないんだ。おじいちゃんとおばあちゃんの言うことをよく聞いて、いい子でいるんだぞ』


 僕が受け取った消しゴムをまじまじと眺めていると、お父さんの大きな手が、僕の頭に乗った。

何だよこんなの。ただの子どもだましじゃないか。

……もちろん信じているわけじゃないさ。

 でもさ、寝てばっかりいるおじいちゃんと、一人でずっとしゃべってるおばあちゃん。一週間もこの二人と暮らしていたら、嫌になっちゃうだろう? 学校でも嫌なことがあって、僕はきゅうにこの消しゴムを使ってみたくなったんだ。

僕は机の上に、真っ白な自由帳を広げる。

 水色の、四角い消しゴム。柔らかくって、たしかによく消えそうだ。

お父さんの言葉を思い出す。


『まずノートに嫌なこととか、嫌な奴とか、嫌なものをどんどん書いていく』


 僕は、水色の消しゴムをノートの脇において、三角形の形をした、書きかたえんぴつを手に持つ。

ヒジキ。とりあえずそう書いてみたけど、ちょっと小さすぎたかな?


『なるべく大きく、遠慮しないでガンガン書くんだぞ!』


 父さんの声が聞こえた。もう少し大きく書いてみる。

ヒジキ。

おばあちゃんが今日も夕ご飯のおかずにヒジキを出しませんように。

……こんなもんかな?

ヒジキ! いやいやこのくらい?

えっと、それから……。

ドッチボール。

今度はページいっぱいに大きく書いてみる。

次の文字は、ケント。

 ケント。ケント。ケント。ケント!

見開きのページにたくさん書きなぐったのは、いじめっ子のケント。

今日のドッチボールの時、友だちに耳打ちして、僕ばっかり狙わせたケント!

そうだ、ケントの腰ぎんちゃくのアイツも書いてやろう。

マサル、マサル。

よし、マサルはこのくらいで許してやろう。

あとは、ユミちゃん。

おせっかいなんだ。隣の席のユミちゃん。いちいち僕にサシズするんだもん。いやになる。

ユミちゃん。

まあ、ユミちゃんは一回だけで許してあげよう。今日は、算数ドリルを教えてくれたし。

それから僕は、どんどんページをめくって、いろいろな言葉を書いていった。

算数大会に縄跳び大会。掃除の時間に、給食当番。えっと、それから、お父さんの出張。それから……それから……。

ひと通り、思いつくものを書き終わると、水色の消しゴムを手に取る。

最初のページに戻ると、僕は一心不乱に消しはじめた。


『いいか、紙なんて、破れたって、ぐちゃぐちゃになったっていいんだ。気にしない気にしない。そこがポイントだ』


 お父さんの言葉を思い出し、勢い良くガシガシと消していく。水色の消しゴムのかけらが机の上にいっぱい散らばっていく。


(消えろ、消えろ! 消えちまえ!)


 ノートの最後のページ。

目にはいった文字に、かっと頭に血が上った。

ぐっと力を込めてノートを消しゴムでこすった。

ビリリッ!

勢い良く破れた紙の上に、ポタリ。

水滴が落ちて、文字が滲んでいく。


ママ。


最後のページに大きく書いた言葉。


ママ。


僕とお父さんを置いて、妹と家を出ていってしまったママ。

僕は消しゴムを放り出し、ノートをぎりっとねじると、机の横のゴミ箱の中に投げ入れた。 〈了〉








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