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6―2.信頼できる間柄

 平日夕方のためか、がらんと静かな広場内。

 噴水のふちに腰かけてぼんやりと待つ。数分後、なにかを両手に持ったキールが戻ってきた。


「おごりだっ」


 俺の隣に座ったキールは、笑顔で言いながら缶ビールを差し出した。

 依頼終わりの一杯なんて何年ぶりだろう。任務失敗みたいなもんだから、残念ながら祝杯とは呼べないけど。


「すまないな」

「礼には及ばないぞ。わたしが無理やり付き合わせたのだからな。ごくごく」


 左手に持つ物を飲み出すキール。なに飲んでんだろうと見てみる。

 俺と同じ缶ビールだった。ちなみにイギリスの成人年齢(飲酒可能年齢)は十八歳です。


「あれ、おまえ十七歳じゃなかったっけ? 法律違反じゃね?」

「んー? やんのかぁこのやろー、ひっく。しょせんバレなきゃ犯罪じゃないんですよー」

「だいぶ酔ってんなおい! すでに手遅れかよ!」


 へべれけである。超酔いやすい体質も昔と同じみたいだった。

 キールは十四歳から飲酒していた。そして欠かさず泥酔。いつも俺に絡み酒してきたっけ。

 懐かしさにひたりながら酒を飲む。いつからだろうか。苦いはずの酒が美味く感じるようになっていたのは。


「ところでレンよ。アリシアとは仲良くやっているのか?」


 なにげない雑談。噴水たちのおだやかな音が夕焼けに溶けていく。


「ああ、アリシアはいい子だよ。そっちこそ、リズとの生活はどうなんだ?」

「うむ、前より喋ってくれるようになったぞ。あとは、ドール君が遊びに来ることもある」

「誰? 知り合い?」

「廃洋館の人形だ」

「名前あったのかよ」


 木で出来た人形を思い出す。あの中のどいつがドール君なんだとかの疑問はあったけど、


「みんな本音では、誰かと一緒にいたいのだ」

「ん。違いねえや」


 居心地のいい時間だったから、質問は酒と一緒に飲み込んでおいた。

 キールと二人の便利屋生活。あの頃は現実だった事柄も、今や思い出に移り変わっている。

 何かをつかむ代わりに、何かを手放すこと。みんな選択を繰り返しながら生きている。


「わたしたちは、昔みたいに戻れないものかな」


 キールが言葉をこぼす。普段より静かな声。酒に酔っているはずの表情は真剣だった。

 凛とした瞳が俺を見つめる。強さを秘めた淋しそうな表情が、赤い夕陽に照らされていた。


「わたしはもう、弱くない。誰かに掴まらずとも歩いていける。でも……だからといって、強くなれたわけではない」

「……キール」

「……はっきり言おう。また、わたしと一緒に暮らさないか? 今度は四人での生活だ。きっと今より楽しくなるぞ」


 噴水の残響が、甘い言葉を優しく包み込む。

 キールの気持ちが嬉しかった。無鉄砲だけど充実していた暮らし。戻りたい気分に落ちることもある。


「……そうだな、それも悪くないかもな」

「で、では引き受けて」

「答えはノーだ!」

「な、なぜだ!」


 けど、同意するわけにはいかなかった。二人で願い続けた夢は、もう叶っているのだから。


「あの時に約束しただろ? いつか、それぞれの便利屋を持てるように頑張ろうって」

「う、それは、そうだが」


 四年前の言葉を繰り返す。キールもきちんと覚えていてくれた。

 弱かったからこそ、俺たちは目標を抱いていた。自分の足で立ちながら、いつか誰かを支えられる人間になろうと。

 坂道を転がるように、何度も季節は変わった。数多の枝別れを越えて理想を遂げられた。


「人生、届かないものがある方がいい。キールが元気でいてくれれば、それ以上は求めないさ」

「……レン」

「いつでも会えるよ。キールが暗闇で迷ったら、俺が隣で明かりを灯す。約束する」


 俺たちは歩き出せている。血で汚れた地面ばかり見ていた頃の自分は、もうどこにもいない。


「これ、ありがとうな。助かったよ。少ないけどお礼分も入ってる」


 借りていた金の入った封筒をキールに手渡す。

 過ぎる暑さも迎える寒さも怖くない。途方に暮れた時も、背中を押してくれる人がいるから。


「……ふふ、しかたないな。今回は、あきらめるとするよ」


 封筒を受け取った後、ぽつりと言って立ち上がるキール。振り向いて伸ばされた手には、飲みかけの酒が握られていた。


「乾杯だ。わたしたちと、それから、大切な人に」

「ああ。乾杯」


 互いに缶をぶつける。グラスよりも低くて鈍い音が聞こえた。

 過去は懐かしむためにある。引きずられたり戻ったりすれば、はかない罠におぼれてしまう。

 もう少しだけ、夕陽の朱を眺めていよう。残している酒をキールが飲み終えるまで。


―――――


 遅いです。どこかで絶賛道草中でしょうか。レンさんとキールさんは。

 そわそわと歩き回る私。まさか敵に負けたとか。いやレンさんに限ってそんな。キールさんもいるのに。いやいやでも。


「二人なら大丈夫。きっと、大人の付き合い中」


 夕陽の沈む景色を見ていたリズちゃんが、視線を動かさず言います。おかげで冷静になれました。


「そ、そうだよね。ごめんね落ち着きなくて」


 気を取り直して私もソファーに座ります。それにしても大人の付き合いとはいったい。

 正面に座るリズちゃんを見ます。おとなしい雰囲気と愛らしい顔立ち。私よりも小さな身長。


(……かわいいなー)


 許されるならぎゅっとしたいです。それがだめでも、どうにか親しくなりたいと感じました。

 刻まれていく時計の音。ふいに立ち上がったリズちゃんが、静かに私の方に歩いてきました。


「……アリシアさん」

「な、なに?」


 面と向かっての会話。表情から気持ちは読めず。怒らせてしまったのかもしれません。

 私の心配は幸いにも外れました。背中を向けたリズちゃんが、ゆっくりと私の隣に座ります。


「……あったかい」

「……リズちゃん」

「……ずっと、だれかと、こうしたかった」

「……そっか」


 たくさんの言葉なんていりません。聞こえないはずの心の声が伝わるようでした。

 リズちゃんの体が私に預けられます。優しい温度を感じたくて、思わずリズちゃんの手を握りしめました。


「ありがと」

「うん」

「……しばらくこのままがいい。どうせ、永遠には無理だから」

「……うん」


 悲しそうな声。私も同じことを考えていました。

 だけど、絶望する必要もありません。命で汚れた世界は終わりました。永遠が嘘だから実現できたことです。

 今も争いはありますが、この世界が私は好きです。思い出よりも大切な人がいますから。


「ね、リズちゃん」

「?」

「友達にならない? 私、まだ誰もいないんだ。リズちゃんさえよかったら、だけど」

「………」


 きょとんとするリズちゃん。ちょっといきなりすぎたでしょうか。

 レンさんは頼れる人。キールさんは憧れる人。そのどちらでもない、同じ高さで会話ができる人。


「……うん」

「え、いいの?」

「よろしく、ね」

「えへへ、ありがとう。嬉しいなー」


 嬉しすぎてリズちゃんを抱きしめます。やりました。ダメもとでも言ってみるものです。

 ところで、友達同士って何するんでしたっけ。久しぶりすぎていまいち覚えてません。


「アリシアさん。まずは、友達になった時の儀式をやらないと」

「そうだね、え?」


 立ち上がるリズちゃん。儀式なんてものがあるとは。伸ばされた両手が私の肩をつかんだ三秒後、


「ていやっ」

「きゃー!?」


 いきなりソファーに押し倒されました。前にもレンさんから同じことをやられたような。

 お腹の上にのしかかってくるリズちゃん。小柄だから苦しくないですが、えと、これはいったい。


「ちょっあれっ私の記憶違いかな!? 友達ってこんなことしたっけ!?」

「みんなしてる。ここから服を脱がすのが礼儀」

「うそでしょ絶対!」


 しれっと嘘つきなリズちゃん。逃げたいですが、もし怪我させたらと思うと抵抗できない私。

 迫る危機の中、玄関が開く音が聞こえました。レンさんとキールさんが出入口に立っています。


「ああああ! た、助けてくださいレンさん! リズちゃんが私をー!」

「え、なんだこの状況? リズ、乱暴はいけないことだぞ」


 戸惑いながらも冷静なレンさん。助かりました。レンさんは優しい人。きっと私を救ってくれます。


「アリシアさんと友達になった。だから、服を脱がそうとしてる」

「なるほど、だったら仕方ないな。アリシア、抵抗したらだめだぞ」

「って納得した!?」


 なぜか説得されたレンさん。まさか本当に礼儀なのでしょうか。いやそんなわけないです。

 ええい、今日のレンさんは使えません。芯の強いキールさんなら、きっと公平な立場で意見を、


「ふふ、よかったな。アリシアよ、すまないが協力してくれないか? こんなに生き生きしたリズは初めてだ」

「生贄ですかっ!?」


 みんなリズちゃんの味方でした。たしかに生き生きな表情ですけど、このままじゃ私の身が。

 だけど不思議と、いい心地でした。私を必要としてくれる人は、どこかに必ずいるんだと感じました。

 結局私は、この後いろいろやられました。なにをなにされたのかは、どうか聞かないでください。


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