4―2.人形と悪者は仲が良い
人形の妨害を受けながら走ること十数分。廃洋館の最奥に到着した。
大きな扉を押し開ける。大広間のような空間があった。薄暗かった廊下とは違い、日光の適度な明るさに満たされている。
「黒幕さんだな」
フロアの中央に立っている、背の小さい群青色ローブ姿の人物。目深に被ったフードのせいで顔や性別は分からない。
アリシアはといえば、黒幕さんの後方の椅子に着席していた。ロープでぐるぐる巻きにされ、口は布で塞がれ、双剣持ちの赤服人形の護衛付きで。
「よっ、おひさー」
「んー、むー!」
再会記念に挨拶を贈った。あれはたぶんこう言っている。危機感とかないんですか!? と。
力技でアリシアを救出する手もあるのだろう。けどそれは、俺が望みたい結果とは違う。
「さて。縛られてるアリシアもある意味素敵なわけだが――」
銃を取り出す。身構える黒幕さん。あとは引き金をひくだけで役割を果たせる状態。
武器というのは、誰かを傷つけるためにあるんじゃない。ゆえにこういう使い方もありだ。
「ひとつ、きみに質問させてくれないか」
銃を放り投げた。黒幕さんの足元に。相手に心を開いてもらいたかったら、まずは自分から。
「なにか事情があるんじゃないのか? きみが悪人には思えないんだ。誰にだって、隠しておきたいことはある」
俺の声がフロア内に小さく反響する。黒幕さんに悪意があるなら、アリシアが無傷なのはおかしいと思った。
わざわざ手紙までくれたほどだ。特別な目的があるのは確定だろう。真意を知りたかった。
「その銃を使って、答えを聞かせてくれないか」
体の力を抜いて立つ。再び沈黙が流れた。
きっと銃弾は放たれない。人形たちにも殺意はなかった。こんな世の中だけど、いいやつもいると信じたい。
――発砲音。空気が裂けた。俺の頭をかすめて壁に穴が空く。向けられた銃口からたちのぼる白煙。ごめん前言撤回です。
「って撃つのかよ! だったらそれ返せよ!」
瞬発的に駆け出す。銃の直線上を避けながら黒幕さんに接近。手首をつかんで後方に回る。
あとは関節と逆の力を加えて銃を奪うだけ。黒幕さんは小さいから腕力は弱いだろう。実際その予想は当たっていた。
「よし没収だ」
「……っ」
直後に異変は起きた。金属で出来ている銃が、もろい木の皮を握りつぶすように砕け散った。
黒幕さんの体から感じたのは強い冷気。床に落ちた銃の破片は、薄水色の氷に覆われていた。
「なっ……」
互いに距離を開ける。その動作で、黒幕さんの被っていたフードがはらりとはだけた。
驚いた。まだ十三歳くらいの少女だ。完璧と言える無表情の中に年相応の幼さも垣間見える。
右手に氷の剣を顕現させる少女。いっさい丸腰の俺めがけて上段から斬りかかってきた。
「うわちょっやめっ!」
上着を早脱ぎして剣に巻き付ける。単なる布でも束ねれば斬撃くらいは防げるから。
すぐさま炎を発動。上着ごと氷剣を燃やす。武器を失った少女は手際よく後方に離れた。
「……攻撃しないの?」
少女が初めて言葉を発した。いい質問である。俺が決めている戦いのルールを説明せねば。
「ああ。いいと思える相手は信じることにしてるんだ。なんて、かっこつけみたいだけどな」
人生なるべくおだやかに。今も争いの多い世界だからこそ、平和な結末を願いたくなる。
ぽかんと俺を見つめる少女。なにか通じるものがあったのだろうか。
「変な人……でも」
再度氷剣が顕現される。降り下ろされた剣の切っ先が床に当たり、高い音が鳴った。
「……信用できない」
どうやらそれは合図だったらしい。人形がアリシアに双剣の突端を向けた。
ぐっと目を閉じるアリシア。銃を破壊された今、助けるには距離が開きすぎている。
「あの子を救うには、あなたが死ぬしかない。……命を捨ててまで、優しくなれる?」
少女からの真剣な二択。けどそれは、厳密には問いになっていなかった。答えは二年前から決めているから。
「なれるさ。それに俺は、できればきみの心も救いたいと考えてる」
少女からは強い意思を感じた。だから俺も本気で答えた。
今さらアリシアのいない生活なんて。生きることは大事だけど、命にも使い方があると俺は思う。
「……私は本気。本当にあなたを殺す」
「……それも悪くないさ。頼むから、アリシアだけは助けてくれよ」
大切な人が救われるだけで充分だ。アリシアがなにかを言うが聞こえないふりをした。
少女が近付いてくる。今度は避けるつもりはない。やるだけやった。あとは運命に任せるまでだ。
冷たい温度と衝撃。無表情のまま動かされた氷剣の尖端は、俺の腹部に深く埋まっていた。
(うわ……きついな)
覚悟はしていたが、いざ見ると血の気が失せるものがある。けれどなにかがおかしかった。
出血がない。じわりと広がるはずの痛みも皆無。刺されたのは初めてじゃないが、まさかこれは。
「……嘘じゃないんだ」
剣が優しく抜かれる。少女が氷剣の先端を手で押すと、手品みたいに切っ先が引っ込んだ。
面食らうばかりの俺。なんだこれ。まだ生きてるのか喜んでいいのか。でもどうして。
「え、え、手品師か?」
「…………」
少女の視線が後方に向く。アリシアを拘束していたロープと布が、人形の双剣により切断された。
椅子から立ち上がるアリシア。その申し訳なさそうな顔を見て合点がいった。少女も同じような表情を浮かべていたから。
「レンさん……だまして、すみませんでした」
謝るアリシアの声は、少女の心理を代弁しているようにも聞こえた。
「知ってたのか? その子が悪いやつじゃないってこと」
「……はい。レンさんが来る前に、少しだけ話をしていたので」
やっぱりだ。対面した瞬間の感覚は正しかった。直感が合っていれば、少女は俺たちと似た境遇を生きてきたはず。
「リズちゃんは、私と同じ戦争孤児なんです。この館で、人形さんたちと暮らしていました」
「………」
アリシアの口から語られる、リズと呼ばれた少女の過去。リズはうつむいたまま沈黙していた。
俺も戦争孤児だ。最低限の説明だけでも、リズの抱える深層心理を察することができた。
「……ごめん、なさい」
戦争後の心的外傷。他者を信じられなくなること。大切な人を失う恐怖に怯えてしまうこと。
逃避は拒絶に変わり、やがて人間不信になって。心を開けていた頃の自分は、いつの間にかどこかに消えていて。
「せっかく、来てくれたのに……私、こんなことしか出来なくて……本当に、ごめんなさい」
だけど、人のあたたかさは忘れられなくて。自分を認めてくれる存在と出会えるのを、心のどこかで期待していて。
俺にも経験があった。だからリズを責められなかった。俺だって人に救われたのだから。
「いいんだ」
同じ目線の高さまでしゃがみ、涙でうるんだ瞳を見つめる。
「もう大丈夫だ。リズは、今日から一人ぼっちじゃない。みんなで帰ろう」
それから頭をなでた。なぐさめじゃなく、おすそ分け。こんな時代だからこそすべきこと。
過去は思い出にするから面白い。この子が未来を意識できるように。
「……うん」
ようやく微笑んでくれたリズ。なんだかいい子そうだ。きっとアリシアと仲良くなれるな。
誰しもが人のぬくもりを求める。ひとりぼっちが嫌なのは、どんな強い心でも同じだから。
―――――
色が抜けた茶色の落ち葉たち。秋の公園は、とても涼しい空気に包まれていました。
レンさんはキールさんに事情を説明しています。リズちゃんの行く先についてです。なんたらかんたら。
「分かった。リズはわたしに任せてもらおう。不自由はさせないぞ」
「うわ、さすが金持ちだな。本当にいいのか?」
二つ返事で了承するキールさん。私からも言わせてください。お金持ちってすごいです。
「もちろんだ。お金とは本来、誰かのために使うものだからな。オカネモチ、ウソツカナイ」
「すまないな。助手に任命してあげてくれ」
カタコトの言語でいいことを口にするキールさん。うまく話がまとまったみたいでした。
「うむ。さてリズよ、今からわたしの家に行くぞ。まずは歩きながらお喋りでもしようか」
「……これから、よろしくおねがいします」
「おおっ、なんと礼儀正しいではないか! このっいい子めっ!」
上機嫌なキールさんに手をひかれ、リズちゃんは公園の出口に向かいます。後ろ姿を見送ろうとするレンさんと私。
ふいに、リズちゃんが離れて走って来ました。レンさんの前で立ち止まり視線を合わせます。
「……いろいろ、ごめんなさい。それから、たくさんありがとう」
「ああ。落ち着いたら、みんなで遊ぼうな」
「……うん」
不器用に笑うリズちゃん。再び走って行くと、キールさんと手を繋ぎながら帰っていきました。
私の周りにいるのは、みんな優しい人ばかり。またひとり、素敵だなと思える人が増えました。
「あ」
「え、なんですか?」
「また武器買わないとなあ……でも金ないしな。倉庫になんかあったかな」
「……ふふ」
悩み始めるレンさん。銃を破壊されたからみたいでした。
私やリズちゃんのために迷わず命をかけてくれたのに、お金のこととなると深く苦悩する。
レンさんの優しさは、見えたと思ったら消えてしまう、流れ星のようなものだと感じました。




