5.バスタオルよそこをどけ
今夜も依頼を終えられた。事務所の奥扉から通じている自宅のリビングに上がる。
バスタオル姿のアリシアがソファーに座っていた。どうやらテレビを見ているようだ。意図せず立ち止まる俺。
「あ、おかえりなさい。いいお湯でしたよっ」
「お、おう、ただいま」
普通に挨拶をしてくるアリシア。髪が半乾きなところを見るに、ちょうど風呂上がりらしい。
動揺してるのは俺だけみたいだった。そうだな意識する必要ないよな。バスタオル一枚姿ってだけだもんな。
(……いやいや大問題だろ! なんだよこれご褒美なのか!?)
心中で苦悶する。いつもはひかえめなのに、なぜ今夜に限って大胆な行動をしているのか。
しかも髪には赤いリボンが結ばれているから、ふわふわ感が三倍増しくらいになってる。無視は無理というものです。
「レンさん。なにぼーっとしてるんですか?」
「え? あ、いや、それ面白そうな映画だな」
「ふふ、よかったら一緒に見ませんか? もうすぐ終わりますけど」
「ああ、そうするよ」
どうにかごまかして隣に座る。いかんつい凝視してた。ここはいっちょ紳士を演じよう。
アリシアの体型はどちらかというと細い。出るとこは出てないがそれがいい。加えてかすかな石けんの香りもする。
(ぐあああ考えるな俺! 英国紳士は上品であるべきだっー!)
自制心が崩壊気味。視野の端でアリシアを観察するが、うまいことバスタオルで隠れていた。憎ったらしい布切れめ。
「れ、レンさん、目が充血してますけど……お疲れなんですね」
「ああ……実は今も戦っているんだ。このままだと、天使は悪魔に敗れるかも分からんぜ」
「? あ、もうすぐ映画が終わるみたいですよ」
エピローグを見ながらふと考えた。もしやアリシアは、俺のためにあえてこの格好をしているんじゃないかと。
回想してみれば、俺はアリシアの危機を何度も救っている。つまりあれか、日々の感謝のプレゼントは私です的な。
「なるほどなあ……いや、なんかもうありがとうございます」
「いきなりどうしたんですか!? ちょっと反応に困ってしまいます!」
とぼけたふりをするアリシア。なんだよ知ってるくせに。謙虚だね。
そうしているうち映画は終わった。エンドロールが流れ始める。内容なんてどうでもいいけど。
「はー、つい集中しちゃいました。お疲れ様です。飲み物持ってきますね」
「おお、ありがとな」
背伸びをした後キッチンに向かうアリシア。バスタオルの中はぎりぎり見えない。ちくしょうあとちょっとなのに。
さてと、だ。アリシアの思いは分かったが、果たして俺はどこまで積極的になるべきなんだ。
哲学的な悩みを抱えている間に、アリシアが牛乳をかかえて戻ってきた。どうすりゃいい。もういっそ攻めてしまおうか。
「……さあいくぜ」
「わ、のど乾いてたんですね。すみません早くに気がつけなくて」
ぐーっと一気飲み。精神をなだめるために。アリシアも牛乳を一口だけ飲んでいた。
「ところでレンさん。前から伝えたかったことがあるんですけど」
「ん?」
牛乳の入ったコップがテーブルに置かれる。ことんと小さな音を立てて。
「ありがとうございました。リズちゃんのこと、信じてくれて」
「ああ、それか。なんとなくやっただけだ。意味なんてないさ」
「えへへ……だからすごいと思います。私のために命をかけてくれたことも、とても嬉しかったです」
「どういたしまして」
真剣な表情で話してくれたアリシア。感謝されるとは予想してなかった。
いつだって心に従って生きてきた。いわゆる気まぐれの思い付き。立派な考えなんて抱いてない。
「いつもありがとうございます。私が幸せなのは、レンさんと暮らせているおかげです」
だけどそれが、結果的にアリシアを支えていた。嬉しかった。力になれているから。自分を認めてくれる人がいるから。
(俺も……いや)
言葉を閉じ込める。たぶん今は、本音を伝えるべき時じゃない。
「……くっくっく、いいかアリシア」
俺は、アリシアの笑顔が好きだ。真面目な姿も捨てがたいけど、できれば明るい反応が見たい。
「れ、レンさん?」
「男の前でバスタオル姿ってのは、押し倒されるのも覚悟の上ってことだぜ! ぐへへへ!」
「ぎゃー!?」
ふざけながらソファーに押し倒す。犯罪みたいだけど、俺とアリシアの仲だからぎりぎり大丈夫です。
「へへへ、こんな姿で誘いやがって! 超かわいがってやるぜ!」
「いやあああ! レンさんが暴漢にいいい!」
抵抗するアリシアだが、とても本気には見えなかった。信頼してくれているのが分かった。
はだけそうなバスタオル。ぱっちり開かれた青い瞳。仮に手を出しても、アリシアは受け入れてくれるかもしれない。
「いかん、だめだ」
「へ?」
伸ばしていた腕を寸前のところで止める。意外そうな反応のアリシア。
まっすぐな心をけがすことなんて出来なかった。大切な人だから。これからも一緒に暮らしていきたいから。
「ナイスバディーがいいとは言わない。けど、せめて普通くらいはあってほしかった」
「ひどくないですか!? せっかくここまで来たのに! またとないチャンスですよ!?」
「ふ、生きてれば何度でもやり直せるもんさ」
適当に言って離れた。これ以上接近すれば理知が破壊される。危ないところだった。
結局なんの意図があったんだろう。単に涼んでいただけなのだろうか。それともなにか、別の。
―――――
すっかり湯冷めしたので、もう一度お風呂に入り直すことにしました。
湯船に肩までつかりながら考えます。レンさんが私にした一連の行動を。
(び、びっくりした……いきなりあんなこと……)
未だに心臓がどきどきしています。まさか押し倒されるなんて。
だけど、その先は何もされませんでした。我慢していたレンさんの表情、とてもかわいかったです。
私も少しは、異性として意識されているのでしょうか。だとしたら嬉しいです。そして同時に、ほっと安心できました。
(よかった……私、人間に見えるんだ)
バスタオル姿で出迎えた理由は、それを確かめたかったからでした。
大切な人に隠し事なんてしたらいけない。痛いほど分かっていますけど、だとしても、
(まだ今は……普通の人でいたい、かな)
真実を明かしたら、今の関係が変わるかもしれません。そんな怖いことは望みたくないから。
どうかもうちょっとだけ、言うべき時が来るまで、レンさんの知るアリシア・プレリュードのままでいさせてください。




