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17―2.試合の終わりに何を見たか

 開始の合図は鳴っているが、俺とキールは直立のまま。衝動に任すのはもったいないから。

 かつての相棒と今だけは敵同士。不思議と心地いい感覚があった。観客の声なんて意識外だ。


「初めてだな。こうやって手合わせするのは」

「うむ。レンも参加していたとはな。おおかた賞金目的なのだろう?」

「なぜばれたし。キールはあれだろ? 実戦経験を増やしたかったとか」

「ど、どうして分かったのだ! さてはエスパーさんか!」


 意図の読み合える相手。性格だけにとどまらず戦術に至るまで。

 動機は違えど目的は同じ。勝ちたい。相手を負かしたい。目に見えぬ戦意がぶつかり合う。


「……行くぞっ」

「……ああ」


 先に動いたのはキールだった。レザージャケットの中から出たるは銀のムチ。三日月の如き曲線を描きながら襲い来る。


(いきなりめんどくせーの来やがった!)


 先の見えにくい攻撃。伏せるだけでは軌道を変えられる。まともに受ければめっちゃ痛い。

 逃げ回るのは不利だ。迫ったムチを蹴り上げて弾きつつ、直線の動きでキールに接近した。

 青炎をまとわせて殴りかかる。わざわざ炎を現したのには訳があった。


「なんのっ!」


 キールは手で俺の拳を止めた。正確には包んだと言うべきか。キールの手の平には紫電が集約されているから。

 炎の熱も遮断する電流の手袋。素手でふれたら感電していた。数年前に考えた技なのだが現在も使えるらしい。


「やわらかい手だな。さらさらしてるな」

「っ! 動揺させようとしても無駄だぁ!」

「ちっ」


 ばちんと爆ぜる電気と炎。衝撃で距離が開いた。キールが正面から接近するのを見計り炎を放つ。

 だが、キールは全身に電流をまとうことで炎を無効化した。ここまでは予想できていたが、


「とりゃあああ!」

「!?」


 次にキールが繰り出すは豪快な飛び蹴り。両手で受ける。離れ技すぎて反応が遅れた。腕がいてえ。

 けど、まだまだいける。充分な距離を開きつつ様子を観察する。キールが先に話し始めた。


「ところでレンよ、銃は使わないのか?」

「ああ。一応は持ってきてみたんだが」


 懐から銃を取り出して場外に捨てる。誰かの信頼がほしいなら、まずは自分から心を開けだ。


「いい機会だ。小細工なしで戦わないか? 二年前からどれくらい成長したか見せてくれ」

「……ふふふ、ずいぶんと余裕ではないか」


 レザージャケットの中からムチが取り出される。


「それでこそ、自信の折りがいがあるというものだっ!」


 それは場外に投げられた。外の武器は失われた。ここからは内にあるもの。純粋な判断力の勝負。

 手合わせで分かることもある。元相棒として、キールの変化を確かめておきたかった。


「いくぞぉ!」


 宣言の後に放たれたのは胴体狙いの突き。おそらくは虚偽。途中で軌道を変えてくるだろう。

 読み通りに攻撃は寸前で曲げられた。簡単に避けられるはずだった一撃は、どういうわけか俺の頬をかすめた。


「いてっ。あれ?」

「はははは、手応えありというやつだな! 勝ちが見えてきたぞぉ!」

「ちょ、いてっ!」


 続け様に放たれる打突や蹴り。直撃こそ免れていたが強く体をかすめる。予想の先を削る打撃の連弾。

 決定力は低いが防御を両立させている。姿勢が崩れず隙が生まれない。昔は攻撃だけが取りえだったのに。

 よかった。キールは強くなっていた。これからもっと成長する。自分に素直に生きられるようになる。


(銃の役目も終わりだな)


 俺が銃を使い始めたのは、キールを守りたかったから。離れていても助けられるように。

 あの頃に誓った、それぞれの便利屋を持つ夢が、本当の意味で叶ったと感じた瞬間だった。


(っと、感慨にひたってる場合じゃねえな!)


 大きく飛びのく。賞金がかかってるんだ。いろいろ嬉しいけど負けるわけにはいかない。

 キールの拳を受け止めた。がっちりホールド。このまま転ばせて場外に落とすつもりだった。


「ときにレンよ。勝負というのは勝てばいい。そうは思わないか?」

「ん? ああ、まあな」

「ありがたい言葉だ」

「えっ」


 バチッ。いきなり右手に強いしびれを感じた。肩まで電気が残留するような未体験の感覚。


「いてぇー!」


 慌て離れるものの右腕に力が入らない。キールの体からは、ばちばちと紫電がこぼれていた。


「かかったなぁ! これで数分間は右手が麻痺するぞぉ!」

「てめーこの! 悪役みたいな真似しやがって!」

「くくく、意見を取り入れたまでだ。もう逃げられまい! 覚悟っ!」


 高笑いするキール。結構ピンチだった。利き腕を封じられては連撃をさばくのが難しい。

 後退の狭間に考える。俺からも仕掛けねば。目には目を。新しい活路を刹那で切り開け。

 性格を読め。キールを動揺させるには。反対ならどうだ。キールから何をされたら俺は精神を乱す。


(……そうか。あの手があったな)


 光明が差した。でもこれは攻撃というより、個人的にやりたいことなんだろうけど。

 しかし今なら言い訳ができる。勝つことも大事なのだから。というわけで前に走り出す。


「むうっ、勝ちをあきらめたかレンよ!」

「いや」


 キールの打撃を左手で止めた。放電攻撃をくらったが耐える。今後を考えたら必要な対価だ。

 さらに深く前方に踏み込んだ。くらうがいい。さっき編み出した取っておきの必殺技を。


「俺の勝ちだ」

「んむっ!?」


 全力のキスをお見舞いしてやった。それも口同士。頬にするより何倍も効果があるはずだ。


「……っ!!」


 キールは数秒後に俺から離れた。赤面しつつ口を手で抑えている。どうやら効いたらしい。

 キールの体は小さくふるえていた。俺を見すえる瞳にはきらきらと涙がたまってきて、ってあれ?


「うっ、ぐすっ……ひどすぎる……ではないか。いきなり、こんなこと」

「え、あ、いや」


 ぽろぽろとこぼれる雫。演技じゃなかった。キールは本気で泣いている。


「えっと、その」

「うううう……」


 やばい。まさか涙するとは思わなかった。俺の動転とは反対に観客は盛り上がってる。空気の読めないやつらめ。


「す、すまん、まさかそこまで嫌がるとは」

「や、やだ、わたしに近寄るなっ……レンなんか、もう知らないっ……」


 よろめきながら後ろに下がるキール。気持ちのほつれのせいか足がもつれて体勢が崩れる。

 次の瞬間、キールの体は舞台外に出ていた。まずい。このまま背中から落ちれば頭を打ってしまう。


「キール!」


 とっさに駆けて飛び、キールを左腕で抱えながら場外に落下。どうにか怪我は防げたみたいだった。

 されどキールの涙は治まらず。困り果てる俺を我に返らせたのは、試合終了を知らせる盛大な電子音だった。


「え」


 電光掲示板には両者失格の文字。俺たちは同時に落ちていたらしい。

 つまり優勝はボブ。賞金の獲得者も。これにて一切の試合は閉幕。ようやく自分の置かれた状況が飲み込めた。


「終わりかよーっ!」


 俺の絶叫は観客の歓声に虚しく消される。幕切れは唐突に訪れるものだと学ばされた。

 まあ、ボブになら優勝を渡してもいいか。これから俺にはやるべきことがあるのだから。


―――――


 みんなで歩く帰り道。キールの左右にアリシアとリズ。ちょっとだけ後ろにドール君。

 さらに後方が俺。そうです仲間外れです。自業自得だけど肩身が狭い。言うまでもないがキスの件が原因だった。


「元気出して。レンも、悪気があったわけじゃなかった」

「ううう、分かってはいるつもりなのだ……ありがとう、リズよ」

「キールさん……レンさんが、なにか言いたいみたいです。聞いてあげてくれますか?」

「うむ……アリシアも、わざわざすまないな」


 俺の方を向くキール。涙の姿は消えていたものの、たくさん泣いたせいか目が赤かった。


(どう謝ろうか……)


 深く思案。もう謝罪は出尽くした。言い訳を聞くのは嫌だろうし。

 そうだ。いっそ逆を選ぶのはどうだろう。押してだめなら何やら。この機会に試してみるか。


「あのさ、キール」

「む……?」

「さっきのキスな、すげーよかったぞ。いい気分になった。何回でもやりたいくらいだよ」

「っーー!」


 キールの腕が振りかぶられた。衝撃と耳鳴りと頬の痛み。数秒後に地に倒れていたのは俺。

 分かった。ビンタされたんだ。クリーンヒットのせいで判断に時間がかかった。いたい。


「ばかものっ! レンなんて、そのまま死んでしまえばいいのだ! うわあああん!」


 走り去るキール。せっかく涙とお別れしたのに再会なんて。まあ完全に俺のせいなんだけど。


「レンって……面白い」


 俺を見下ろして笑うリズ。すぐさまキールを追いかけていった。俺への心配はゼロだった。


「レンさん……ごめんなさい、私はキールさんの味方になりますね」


 頭を下げるアリシア。急いでキールの元に向かった。気づかいはされたが離れてしまった。

 俺の味方は無しか。そりゃそうだよな。秋らしく清んだ空が物哀しい。いっそ渡り鳥になってしまいたい。


(……?)


 ふっと俺を覗き込む影が見えた。上半身を起こす。優しい英国紳士の正体はドール君だった。


「ドール君」

『間違いは誰にでもあります。レンさんの頑張り、僕は見ていましたよ』

「……ドール君っ!」


 嬉しさのあまり抱きしめようとする。しかし俺の腕は空を切った。ドール君が皆と同じ方向に走り出したから。


「って行くんかーい! 味方じゃないんかーい!」


 一人ごちた。あっという間に周囲は無人となる。よろよろ立ち上がるが、ビンタの残響のせいで再び地に倒れた。


(……まいったなー)


 いつ帰宅できるだろう。どうやって謝ろう。これから取り組むべき現実はいろいろある。

 ただ、飽きない毎日だ。難しい時間も通り過ぎてしまえば、そんな景色もあったなと思い出話にできるから。


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