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15―2.嘘と真実は秋風の中に

 にぎやかな大通りを遠くまで見渡せる、広いテラス席のあるカフェ。

 行き交う人が話に花を咲かせる中、正面に座るアリシアの表情だけは、落日後の曇り空のように暗かった。


「黙っていて、本当にごめんなさい。ハルさんが話していた通り……私は、もう人間じゃないんです」

「そっか……ごめんな、ずっと気付けなくて」

「いえ、私がいけなかったんです。ずっと逃げていました。レンさんはいつだって、私を信じてくれていたのに」


 憂いに満ちた小さな声。どうすれば力になれるだろう。心を支えられるだろう。その思いばかりが頭をよぎった。

 そして悟った。なにも考えなければいいと。アリシアの言葉に意識を重ねるべきなんだと。


「……戦争では、たくさんの人が亡くなりました。レンさんも、覚えていますか?」

「……ああ。やな過去ってのは、なかなか忘れられないもんだよな」


 何度も消そうとした記憶。どれだけ世の中が平和になっても、少し集中すると思い出される。

 破壊された街並み。目をそらして通りすぎた道端の死体。生きるために略奪する他人。呼吸をやめたくなる空気。


「政府の人たちは、命をなんとも思っていません。私のお母さんもお父さんも、友達もみんな……」


 誰かとの繋がり。それすらも無理矢理ねじり切られて、帰るはずの場所さえも奪われた。


「生きる力があった人と、なかった人。私は後者でした。衰弱して死んでしまったのも、自然なことだと思うんです」


 たくさんの灯火が事切れた。アリシアも、孤独の中で果てた命たちの一つだったのだろう。


「でも……世界は終わりませんでした。死んだはずの私が目覚めたのは、政府の研究所だったんです」

「ハルベルトも、同じ立場だったのか?」

「ハルさんが、いろいろ教えてくれました。自分たちが死んだこと。死体が政府に回収されたこと。そして、死者を蘇らせる実験台にされたこと」


 望まず与えられた破壊。それを実行した黒幕による身勝手な再生。巻き込まれるのは、いつだって弱者。


「……結局、政府の目的は分からないままでした。私とハルさんは、研究所から逃げることを選びましたから」


 なにを思って実験は進められたのか。今となっては、それを知る方法も必要性もないだろう。

 戦争は終わった。今さら歴史を掘り返しても疲れるだけだ。過去に答えはない。


「急に来たのはびっくりしました。ハルさん、どこか怪我とかしてませんでしたか?」

「ん? どうしてだ?」

「ハルさんは、追っ手から私をかばって逃がしてくれたんです。その時から離ればなれになってて」

「……」


 アリシアが純粋な疑問を浮かべる。ハルベルトは語らなかったけど、あの負傷の理由が分かった。


「……いや。健康そのものだったぞ。いきなり脱衣してたけど、ちっちゃな傷跡があったくらいさ」

「そうですか。よかったです。あの部分だけ声が聞こえなかったので」

「問題なしだ。あいつの意思だからな」


 ほっと安心するアリシア。ハルベルトの怪我は秘密にしておいた。誰もが傷を隠したがるものだから。

 いろいろなものをひっくるめて現実。良いこと悪いこと織りまぜて。幾千通りの旅路は回る。


「えと……これで話は終わりです。最後まで聞いてくれて、ありがとうございました」

「ああ。話してくれてありがとな」


 アリシアの内面が、またひとつ分かった。かなりの覚悟を抱えて打ち明けてくれたのだろう。

 いろいろな言葉が浮かんだ。元気付ける台詞。なぐさめの定型句。けど今は、どれも邪魔なだけ。


「じゃあ、あらためて。これからもアリシア・プレリュードとして、俺の側にいてくれないか?」


 俺の考えは変わらない。伝えたいことは、最初からこれだけだ。


「……いいんですか? こんな、嘘つきの私でも」

「代わりなんかいない。アリシアだからいいんだ。今さら一人にされたら嫌だぞ」


 俺はアリシアと一緒にいたい。どんな過去でも事実は一つ。アリシアはここにいて、俺にとっての大切な人だということ。


「……レン、さん」

「泣きたい時は、我慢しなくていいからな」

「……えへへ、簡単には泣きませんよ。前に進むって決めましたから」


 こぼれかけたものを指でぬぐい、アリシアは微笑んだ。あたたかい強さの秘められた笑顔。

 暗い過去を蹴飛ばせるのは、アリシアが隣にいてくれるから。赤いリボンの優しい天使。


「あのっ」


 立ち上がるアリシア。


「これからも、レンさんの隣にいたいです。まだまだ弱いですけど、強くなります。もしよかったら、見守っていてください」

「ああ。俺の方こそ、これからもよろしくな」


 深く下げられた頭。ふわふわ細やかな金髪が、秋風に流されてゆるやかに揺れていた。

 十字架は消えた。どこにでも行ける。自分を責める自分の声に負けてしまわない限り。


―――――


 太陽は完全に眠った。風呂につかりながら昼間を回想する。

 俺の言葉は正しかったのだろうか。アリシアの力になれたろうか。気の利いた言い回しが出来なかったものか。

 あれこれ冗長に思案していると、バスルームの扉が叩かれた。湯気でくもったガラスの向こうに人陰が見えた。


「レンさん。迷惑じゃなかったら、お背中流してもいいですか?」

「うわっルームサービスか!? よしいいぞ入ってくれ……ってなんだよ服着てるのかよ」

「いや着てますよ! なにを期待してるんですか!」

「それはまあ、ね」


 がっかりしつつ湯船から上がる。きちんとタオルを巻いてるから露出狂とかではない。

 ううむ、今日まで上手く隠せてたんだが、これは気付かれる流れだな。遅かれ早かれバレてたろうけど。


「じゃ、よろしく頼む」

「はいっ。レンさんの体って筋肉質ですよね。ついさわりたくなるくらいに――」


 言葉を飲み込むアリシア。やっぱり驚くもんなのか。どうも自分じゃ見慣れてるからな。


「レンさん……どうしたんですか? こんなに、たくさんの傷痕が」

「俺も昔は弱かったからな。力のないやつが誰かを守ろうとすれば、自然とこうなるさ」

「優しい、姿ですね」


 おだやかに言い、俺の背中をなでるアリシア。弱者の証を、そんなふうに表現してくれるなんて。

 俺の体に刻まれているのは、おそらく一生消えない様々な負傷痕。衣服で隠せる位置なのは幸いだった。


「気持ち悪くないか?」

「ふふ、まさか。この傷も含めてレンさんです。これでお互い、隠しっこなしになりましたね」

「そうだな。フェアプレー精神ってやつか」


 アリシアは全てを受け入れてくれた。すうっと心が軽くなるのを感じた。おだやかで安らかな気持ち。

 俺もアリシアも、今日は身軽になれた。一人で背負っていた荷物を捨てることができた。

 俺たちは孤独じゃない。過去は記憶より遠くなった。明日の景色は、昨日より綺麗に見えるだろう。


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