15―1.嘘と真実は秋風の中に
玄関が叩かれた。普通なら来客があると嬉しい。知り合いであれ依頼人であれ。
けど、相手が砂野郎となれば別だ。つまりは廃病院で戦ったあいつ。開けた扉を超高速で閉じてやった。
「おや、どうしました? 機嫌でも悪いのですか」
「さっきまではよかったわ! なんで俺ん家知ってんだよ!」
扉越しに文句を言う。ストーカーさん極まれりである。誘拐犯と話すことなんかなにもない。
「つかお前、人形に謝ったのか? 不死身とはいえ首をちぎりやがって」
「ああ。あれは相談した上での演技です。彼は快く協力してくれましたよ」
「そうなの!?」
なんだよ演技派かよ騙されたわ。疑うのは簡単だけど面倒だし信じるか。
時刻は昼前。こいつと話すには充分な時間がある。中に招いてみるべきか。
「立ち話もなんですから、中に入れてはもらえませんか?」
「お前から言うのかよ。普通は俺からだろ」
玄関の鍵を開けた。意図せず訪れた機会。いっぺん話を交えるのもいいかもしれない。
分からないから理解しようとする。突っぱねるのは簡単だけど愚かだ。素直に扉を開けた。
「さすがレン君ですねいい男です。あ、ハルベルトと呼んでください。ハル君でもかまいませんよ?」
「呼ばねーよ!?」
室内に入れ、砂野郎あらためハルベルトをソファーに座らせる。
やがて俺たちの声が届いたのか、片付け途中だったアリシアが奥から出てきた。応対してくれるいつもの流れだ。
「いらっしゃいませ。すみません、おもてなしが遅れてしまって――」
ばさっ。
アリシアが持つ書類が床に散らばった。アリシアの視線は、ハルベルトに注がれている。
奇妙な沈黙。初対面から生まれる空気とは違う。口を開いたのはハルベルトだった。
「……久しぶりですね、アリシアさん」
「……ハル、さん」
アリシアがつぶやく。ハルという呼び名から分かるのは、決して付け焼き刃ではない間柄。
「……ごめん、なさい。私、片付けが残ってるので」
震えていた声。アリシアは事務所の奥に消えてしまった。広がる書類を置き去りにしたまま。
「……やはり、いきなり来たのはまずかったみたいですね。申し訳ないことをしました」
「お前、アリシアと知り合いなんだな」
「ええ。レン君よりも長い付き合いです。今日は、いろいろと話す必要がありそうですね」
「いろいろと、か」
静けさが戻る。散らばった書類をハルベルトが拾い集めていく。
俺は、アリシアの過去を探ったことはない。これからの生き方が大事だと考えているから。
場の雰囲気で理解できた。ハルベルトは自分と、アリシアの素性を口にするつもりなんだと。
「アリシアさんは、あのリボンをいつも付けているのですか?」
「ん? ああ。お守りみたいなものらしいな。それがどうした?」
「……いえ」
書類をまとめながら質問するハルベルト。この状況で気にする部分なのだろうか。
アリシアは、初対面の時からリボンを付けていた。外している姿は稀にしか見れない。ハルベルトの問いは続く。
「失礼ですが、レン君は人間ですか?」
「は? なんて?」
またしてもおかしな疑問。ふざけているのかと思ったが、ハルベルトの表情は真剣だった。
「まあ一応は」
通常返答。冗談じみた問いかけを、横道を経由して何度も口にする理由はなんなのか。
「そうですか。では……アリシアさんが人間ではないことはご存知ですか?」
答えは、アリシアのためだから。適切な形で本題を伝えるための前置きだったから。
「……いやいや、それはさすがに冗談だろ」
さすがに連発されると少しきびしい。すぐに否定の返しを考えた。
「もちろん、急に信じてもらえるとは考えていません。できれば、見せたくはありませんが」
「お、おい、なにを」
書類を机に置くハルベルト。ためらいがちに服を脱ぎ始める。
人体というのは脆い。たった数ミリの損傷を負うだけで、運が悪ければ命を落とす。
どれだけ意志が強くても、耐えられる範囲には限界がある。それなのにハルベルトの体には、
「……私も、もはや人間ではないのです」
体の中心。心臓や肺があるはずの位置。服で隠れていた胴には、直径十数センチにも達する穴が穿たれていた。
脂肪組織を含めた皮膚や骨が、網目状に再生を始めている。致命傷。生きていられるはずがなかった。
「怪我はいずれ治ります。けれど、元の姿に戻ろうと、人でないという事実は変えられない」
どこか孤独に喋りながら服を着るハルベルト。怪我と呼ぶには重すぎる過去に思えた。
アリシアも同じなのだろうか。死ぬことを許されない命。生かされるという足かせ。
すんなり受け入れられたと言えば嘘になる。けど、生きてりゃいろんな事情に巻き込まれる。
「……別に、いいんじゃねーのか」
きれいな道だけ歩ける奴がどこにいるだろうか。重要なのは自らが納得できるかどうかだ。
「その傷が、お前にとって正解かは分からない。けど、生きてここに立ってることは、誇りに思ってもいいだろ」
「……本気ですか?」
「ああ。同意が欲しいんなら言ってやる。俺はお前のこと、なかなか面白いやつだと思ってるぞ」
いつの間にか力説していた。なんで俺こいつの味方してんだろう。ストーカーさんなのに。
結局のところ俺は、誰かが寂しい思いをするのが嫌なんだ。自分自身が体験しているから。
「……ふ、アリシアさんは、本当に素敵な人に巡り会えましたね」
「よせっての。男に褒められても嬉しくねえわ」
「すみません。つい本音が出たみたいで」
自然に笑うハルベルト。こいつも少しは救われたんだろうか。さっきより軽くなった表情を見ていて、ふと思った。
「アリシアさんの話、聞いてくれますか? 伝えたいことを、隠し続けているはずなので」
「ああ。心配すんな。きちんと向き合うさ」
「お願いします。では脇役は帰るとしましょう。あ、それからですが」
玄関に向かおうとするハルベルトが、さりげない手付きでポケットから紙幣を取り出す。
「なんだ?」
「お礼です」
「あ、いただきます」
もちろん受け取る。なかなかいいやつみたいだな。玄関から出ていくハルベルト。
(しかし、あの体の穴……風呂の時とかどうしてんだろうか)
背中を見送りながら浮かんだのは、間の抜けた疑問だった。あいつも色々あったんだろう。
玄関扉を閉める。アリシアは大丈夫だろうか。静かに奥に立ち入ると、うつむくアリシアと目が合った。
「……アリシア」
顔色が悪い。壁に背中を預けている。
「聞いてたのか?」
「……はい」
小さな返事。不安な気持ちが伝わって来た。
「……あの、私」
「いいんだ」
そっと頭に手を乗せる。俺が好きなのは、微笑んでいる表情だから。
「俺が、アリシアの側から離れたことがあるか? 今は言葉はいらないさ」
「……レンさん」
「昼飯、まだだよな。あいつの金だ。ありがたく使わせてもらおうぜ」
「……えへへ、はいっ」
ふわりと咲いた白百合のような笑顔。アリシアがいるから、俺は今日まで生きて来られた。
真実なんて、最初から側にあったんだ。いつも通りにおだやかな時間を過ごそう。
それよりも、あと何回、隣で一緒に季節を見送れるだろうか。今はそれだけが気がかりだった。




