第15話 「佐伯さんの涙と、田辺さんの決意」
この作品は登場人物が全員モブです。必ずモブ顔で想像してください。
文化祭まで残り一週間。
放課後の家庭科室は、今日も忙しさと緊張感に包まれていた。
しかし――
その空気の中に、ひとりだけ“影”が混じっていた。
佐伯ひより。
ここ数日、彼女は明らかに元気がなかった。
作業中も、どこか上の空で、笑顔が少ない。
(・・・高杉くん、今日も田辺さんと楽しそう)
ひよりは、胸の奥がきゅっと痛むのを感じていた。
その視線に気づかないまま、壮真と真智は自然に並んで作業を進めている。
一方で――
和馬は、そんなひよりを見つめていた。
(・・・佐伯さん、辛そうだ。僕・・・何もできてない)
和馬の胸にも、別の痛みが生まれていた。
作業が終わり、片付けが始まったころ。
「・・・ごめん、ちょっと外の空気吸ってくるね。」
ひよりはそう言って、家庭科室を出ていった。
和馬は心配そうに呟く。
「さ、佐伯さん・・・大丈夫かな・・・。」
悠斗も腕を組んだまま、眉をひそめた。
「最近、様子おかしいよな。なんかあったのか?」
真智は胸がざわついた。
(・・・佐伯さん、やっぱり無理してる)
壮真は静かに言った。
「田辺さん・・・僕、佐伯さんを追いかけてきます。」
「う、うん・・・お願い。」
壮真は廊下に出て、ひよりを探した。
すぐに見つかった。
階段の踊り場で、ひとり座り込んでいた。
肩が小さく震えている。
「・・・佐伯さん。」
声をかけると、ひよりは驚いたように顔を上げた。
「た、高杉くん・・・ごめん・・・ちょっと、疲れちゃって・・・。」
目元は赤く、涙の跡があった。
壮真はそっと隣に座った。
「無理をしていませんか?」
ひよりは唇を噛みしめ、俯いた。
「・・・私、みんなの役に立ちたいのに・・・最近、全然うまくできなくて・・・田辺さんみたいに上手じゃないし・・・高杉くんみたいにまとめられないし・・・三浦くんみたいに頼りにもなれないし・・・木下くんみたいに器用でもない・・・。」
声が震える。
「・・・私、いらないんじゃないかなって・・・そう思っちゃって・・・。」
壮真は静かに首を振った。
「そんなこと、絶対にありません」
ひよりは涙をこぼしながら言った。
「だって・・・高杉くん、いつも田辺さんのほうばっかり見てる・・・私・・・ずっと・・・
高杉くんのこと・・・。」
言いかけて、ひよりは口をつぐんだ。
(・・・佐伯さん、僕に・・・?)
壮真は息を飲んだ。
そのとき。
「・・・佐伯さん。」
階段の上から、真智の声がした。
「田辺さん・・・」
真智はゆっくりと階段を降り、ひよりの前にしゃがんだ。
「ごめんね・・・私、佐伯さんが無理してるの、気づいてたのに・・・ちゃんと声をかけられなかった。」
ひよりは涙を拭いながら言った。
「田辺さんは悪くないよ・・・私が勝手に落ち込んでただけで・・・。」
「ううん。佐伯さんが頑張ってるの、ずっと見てたよ。クッキーだって、佐伯さんがいなかったら絶対にできなかった。」
真智はひよりの手をそっと握った。
「佐伯さんは・・・大切な仲間だよ。いらないなんて、絶対に思わないで・・・」
ひよりの目から、また涙がこぼれた。
「・・・田辺さん・・・」
壮真も静かに言った。
「佐伯さんがいてくれるから、僕たちは前に進めています。本当に・・・そう思っています。」
ひよりは涙を拭い、少しだけ笑った。
「・・・ありがとう・・・私、もう少しだけ・・・頑張ってみる・・・。」
家庭科室に戻ると、和馬と悠斗が心配そうに待っていた。
「佐伯、大丈夫か?」
「う、うん・・・ごめんね、心配かけて・・・」
和馬はほっと息をついた。
(・・・よかった・・・佐伯さんが笑ってくれた・・・)
しかし胸の奥には、ひよりが誰を想っているのか、痛いほど分かってしまった。
(・・・佐伯さんが好きなのは・・・高杉くんなんだ)
それでも、和馬は笑った。
「よ、よかった・・・本当に・・・。」
真智はみんなに向かって言った。
「これからは・・・もっとお互いに声をかけ合おうね。誰かが無理してたら、気づけるように・・・みんなで支え合っていこう。」
壮真は静かに頷いた。
「はい。僕たちは五人で一つのチームですから。」
ひよりは涙の跡を残したまま、でも確かに笑っていた。
「うん・・・!これからも・・・よろしくね。」
みんなが笑顔を取り戻したその瞬間。
真智だけは、ひよりの涙の理由に気づいてしまった。
(・・・佐伯さん・・・もしかして・・・高杉くんのこと・・・)
胸の奥が、静かにざわついた。
(・・・どうしよう・・・私・・・こんな気持ちになるなんて・・・)
真智は、自分の胸に芽生えた感情に気づき、そっと視線を落とした。
こうして、“モブな僕ら”の青春は、初めての涙と恋心の揺れを乗り越えながら、新しい感情の波を静かに広げていった。




