第102話 魔族の村の排他的アクセスと、サンドボックス(隔離環境)からの情報収集
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
魔王城へと続く荒野の道中。
勇者一行は、すり鉢状の谷底にへばりつくようにして作られた、小さな魔族の村へと足を踏み入れた。
石と泥で固められた簡素な家屋が数十軒。
しかし、通りには人っ子一人いない。生活の痕跡はあるのに、不気味なほどの静寂が村全体を包み込んでいる。
「……なんだここ。気味が悪りぃな……」
ガルドが斧の柄を握り直し、周囲を油断なく見回す。
「誰もいないわけじゃありません。……見てください、あそこ」
エリスが小声で指差した先。家屋の黒く開いた窓の奥や、半開きになったドアの隙間から、無数の「冷ややかな視線」が一行に向けられていた。
怯え、憎悪、警戒。言葉を発することもなく、ただジッとこちらを観察するだけの不気味な瞳の群れ。
「表に出てくる気配はねぇっスね。攻撃してくる様子もないですが……」
「……明確な『アクセス拒否』のサインだな。無用な干渉は避けるぞ。このまま村の中央を通り抜ける」
慎也は、周囲の視線を一切気に留めることなく、真っ直ぐに村のメインストリートを歩き出した。
無闇に敵意を煽るような真似はしない。目的はあくまで魔王城であり、道中のローカル環境に干渉する義理はないからだ。
だが、村の中央の広場に差し掛かった、その時。
――ギシッ、という小さな軋み音。
直後、一行の頭上に仕掛けられていた「古い鉄と木で組まれた檻」が、巨大な網のようにドサリと落下してきた。
「うおっ!?」
「きゃああっ!」
ガシャァァァンッ!!
砂埃が舞い上がり、勇者一行は、六畳ほどの広さを持つ簡素な檻の中に完全に閉じ込められてしまった。
「……チッ、罠か! ふざけやがって!!」
ガルドが即座に大斧を構え、錆びた鉄格子の扉を粉砕しようと振り被る。
「待て(ウェイト)。ガルド、攻撃を中止しろ」
慎也の静かな、しかし絶対的な命令が、ガルドの動きをピタリと止めた。
「な、なんでだよリーダー! こんなボロい檻、俺の一撃で簡単に……」
「壊せるからこそ、待つのだ」
慎也は聖剣を抜くことすらなく、埃を払って腕を組んだ。
「この檻の耐久力は、私の剣はもちろん、貴様の腕力でも数秒で突破できるレベルだ。……だが、力任せに破壊して外に出たところで、家の中に引きこもった村人たちから有益な情報が引き出せると思うか?」
「そ、そりゃあ……ビビって余計に口を閉ざすだろうけどよ」
「……その通りだ。行動の裏には必ず『論理的な動機』がある。彼らは我々を殺す気はない。ただ『捕らえた』だけだ。
ならば、この檻という隔離環境の中から、安全に彼らの出方を観察した方が、結果的に物事の全容(バグの根本原因)を正確に把握できる」
慎也の冷徹な状況分析に、仲間たちは顔を見合わせた。
いつでも脱出できるという絶対的な余裕があるからこその、あえての「待機」。
「……わかりました。キースライン様がそう仰るなら」
エリスは杖を下ろし、ナイルとミナも武器を収めた。ガルドも「相変わらず食えねぇリーダーだぜ」とぼやきながら、檻の床にドカッと腰を下ろす。
一行が一切の抵抗をやめ、檻の中で静かに座り込んだことで、村の空気が僅かに動いた。
窓の奥で揺れていた視線たちが、戸惑うように交錯する。
「……さて。罠にかかった獲物が大人しくなったぞ。
システム管理者(村の長)よ、そろそろ対話を開始しようではないか」
慎也は、一番大きな家屋の扉に向かって、静かに、しかしよく通る声で呼びかけた。
ギギィ……と重苦しい音を立てて、村で一番大きな家屋の扉が開いた。
姿を現したのは、顔や腕に生々しい火傷の痕(かつての傷)を残した、年老いた魔族の男だった。その手には、農具を改造した粗末な槍が握られており、小刻みに震えている。
「……よくぞ現れたな、人間の勇者よ」
老魔族は、檻の中に座り込む一行を、憎悪と恐怖が入り混じった瞳で睨みつけた。
その後ろからは、石や木の棒を持った村人たちが、怯えながらも「一矢報いてやる」という決死の覚悟でゾロゾロと姿を現す。
「どういうつもりだ? あんたら、俺たちが何もしねぇからって調子に……」
ガルドが立ち上がろうとするが、慎也が手でそれを制した。
「……なるほど。貴様らのその震えと、不釣り合いな敵意。我々という『個』ではなく、『勇者という肩書き(システム)』そのものに反応しているな」
慎也は檻の鉄格子越しに、老魔族を冷徹に観察した。
「……当たり前だ! 忘れたとは言わせんぞ!」
老魔族が、血を吐くような声で叫んだ。
「十年前……かつての勇者パーティーは、魔王討伐という正義の御旗を掲げながら、戦う力を持たない我々の村を焼き、食料を奪い、女子供を嬲り殺しにしていった!!」
その言葉に、エリスがハッと息を呑み、ミナが顔をしかめた。
「正義の使者が聞いて呆れる! お前たちは悪鬼だ! だから、また我々が蹂躙される前に……せめてもの抵抗をしてやる! 無抵抗のまま、ただ殺されはしない!!」
老魔族の悲痛な叫びに呼応するように、村人たちが一斉に石や棒を構えた。
魔王の命令でも、人質を取られているわけでもない。ただ、「過去の勇者に受けた絶望」が、彼らにこの無謀な罠を仕掛けさせたのだ。
「……過去のバージョン(先代勇者たち)が残した、致命的な悪性データ(トラウマ)というわけか」
慎也は小さく息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
「その『過去のログ』は正確に受信した。お前たちが勇者を憎む動機としては十分だ」
「……ならば、死ねぇっ!!」
老魔族が、檻の隙間から槍を突き刺そうと踏み込んでくる。
しかし、慎也は一切動じることなく、ただ一言、冷たく命じた。
「……ガルド。物理的なデバッグを頼む」
「おうよ。待ってましたぜ」
ドゴォォォォォォンッ!!!
ガルドが軽く大斧を振るった瞬間、檻の鉄格子は飴細工のようにへし折れ、木枠は木端微塵に吹き飛んだ。
「ひぃっ!?」
圧倒的な暴力の解放。老魔族は尻餅をつき、村人たちは悲鳴を上げて後ずさる。
自分たちの決死の罠が、勇者たちにとっては「いつでも壊せるただの鳥かご」でしかなかった事実を突きつけられ、彼らの顔に完全な絶望が浮かんだ。
「……あ、ああ……やっぱり、我々は、ここで……」
殺される。村人全員がそう覚悟し、目を閉じた。
しかし。
「……何をしている? 早く道を開けろ」
慎也は、尻餅をつく老魔族を見下ろし、忌々しそうに眼鏡(伊達)の位置を直した。
「え……?」
「我々の目的は魔王城への到達(タスク完了)のみだ。貴様らのような非戦闘員(NPC)を殺戮したところで、経験値もなければ、奪う価値のある物資もない。……つまり、貴様らを相手にするのは『時間と労力の無駄(非効率)』だ」
慎也は聖剣を抜くことすらなく、埃を払って歩き出した。
「十年前の旧システム(先代勇者)がどのような非効率な略奪を行ったかは知らん。
だが、現在のこのパーティーの管理者は私だ。私は無駄な殺生も、無意味な破壊も行わない。……それが最も『効率的』だからだ」
「な、なぜだ……? 我々はお前たちを罠にかけ、殺そうとしたのだぞ!?」
老魔族が、信じられないという顔で震える声を絞り出す。
「……貴様らの脆弱な罠など、最初から我々には脅威と認識されていない」
慎也は振り返らずに言い放った。
「恐怖と恨み(バグ)を抱えたまま生きたければ、勝手にそうしていろ。だが、私の進行経路に立ち塞がるなら、次からはただの障害物として処理する。……以上だ」
圧倒的なまでの無関心と、徹底した合理主義。
それは「許し」や「謝罪」といった感情的なものではなかった。しかし、その氷のように冷徹な論理こそが、村人たちの「勇者に殺される」という恐怖を完全に打ち砕いたのだ。
「……行くぞ、お前たち。予定時刻からすでに5分の遅延が発生している」
「はーい、今行くっス!」
「……お騒がせしました」
エリスが小さく一礼し、仲間たちが慎也の背中を追う。
魔族の村人たちは、ただ呆然と、一切の危害を加えずに村を通り抜けていく「異常な勇者一行」の背中を見送るしかなかった。
かつてのトラウマは、頭脳派勇者の圧倒的な「効率重視のロジック」の前に、ただ静かに無効化されたのだった。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




