第72話 なんか曇ってる
新宿歌舞伎町ダンジョンを過去に攻略した経験があるということで、なぜか俺がこの救援チームを指揮することになった。
「十何年も昔の話なんだが……」
『御心配には及びません。我々が全力でサポートいたしますので』
地上にいる門山碧事務所の人が頼もしい。
「まぁ最初は他のダンジョンとほとんど同じだけどな」
クラス9の高難度ダンジョンといっても、上層は他のダンジョンと大して変わらない。
洞窟タイプの至ってオーソドックスな雰囲気である。
「転移トラップを探そう」
当然、できるだけ早く進むため、いつもの転移トラップ法を活用する。
『転移トラップ法は西田様が発見されて以降、弊所のチームでも利用させていただいております。お陰様で探索時間を短縮することができるようになりました』
「そうなのか」
俺が転移トラップ法を使い始めたのは大学生の頃だったので、とっくにもう別の誰かが再発見し、少なくともトップ探索者は当たり前のように使っていると思っていたんだが。
「ふふ、相変わらず日本は遅れていますわね」
そこに割り込んできたのはエルザだ。
「我が偉大なるフレンス連合国の探索者たちなら、当たり前のように知っていましたわ。ですわね、ナナ」
「え? あ、ああ、そうだな……」
どうやらフレンスでは以前から知られていたらしい。
さすがダンジョン探索の先進国である。
「そしてそれを最初に広めたのは……何を隠そう、ナナなのですわ!」
……広めたのは日本人なのかよ。
「い、いや……あ、あたしは昔、そいつがやっていたのを見たことがあって、それを広めただけっつーか……」
「へ? そ、そうなんですの?」
「なるほど、つまり結局、フレンスで知られていたのも西田様のお陰だったということですね」
迷宮管理庁の飯島氏がまとめると、エルザは悔しそうに顔を歪めて、
「い、いずれにしても、その方法はすでに廃れてしまっていますわ! 転移トラップを見つけるだけで時間がかかってしまう上に、そう何階分も一気に移動できないですもの!」
そんな話をしていると、早速、最初の転移トラップを発見した。
「おっ、あったあった」
「って、もう見つかったんですの!?」
「あ、相変わらず一瞬で見つけてしまわれましたね……。配信だとつい何かのフェイクじゃないかと疑ってしまいますが、こうして実際に目の当たりにすると信じるしかありませんね」
エルザが目を丸くし、飯島氏が苦笑しているが、これくらいの早さで見つけていかないとお店の再開まで何日もかかってしまう。
「き、きっと偶然ですの! 地下1階でこんなに早く転移トラップが見つかるはずありませんわ!」
そんなふうに主張するエルザを余所に、俺は魔力をトラップに注ぎ込む。
そうして俺たちは一気に中層へと飛んだ。
周囲の光景が洞窟から古代遺跡風に様変わりする。
「ここはまさか中層ですの!? 地下1階からいきなり中層に飛べるなんて……っ」
エルザが愕然とする中、門山碧事務所の人が頷きながら、
『彼女が驚くのも無理はありません。我々も幾度となく試してみましたが、西田様のように一気に五、六階分も下階に飛ぶことはできませんでした』
「もしかしたら注ぎ込む魔力量が少ないのかもしれないな」
『我がチームの最高クラスの魔法使いたちが、数人がかりで魔力をこれでもかと言うくらい注ぎ込んでもせいぜい二、三階分が限界だったのですが……』
「魔力の波長がズレている可能性はある」
『魔力の波長、ですか?』
「ああ。魔力と一口に言っても、人によって少しずつその波長が異なっているんだ。それは転移トラップにも言えることで、波長の違う魔力ではロスが大きくなってしまう」
そういえば俺は、無意識のうちに微妙に波長を変えながら魔力を注入していたな。
無意識だったので配信などで説明したことはなかったかもしれない。
さらに中層を進むことしばし、再び転移トラップを発見した。
「た、たまたま……今回もたまたまのはずですわ……」
エルザが小さい声で主張する中、そのトラップで今度は下層へと飛ぶ。
「よし、これで地下13階といったところか」
『……さすが西田様。ダンジョンに潜ってから、まだ30分ほどしか経っていないというのに……』
下層に入り、再びダンジョンの様相が変わった。
「随分と視界が悪いですわね。それにこの纏わりつくような湿気……」
不快げに顔をしかめるエルザに、俺は頷く。
「ああ。これがこのダンジョンの下層の大きな特徴だ。全体に濃い霧が立ち込めていて、場所によっては数メートル先も見通せない」
仲間がどこにいるのかも分かりにくく、魔物が急に視界に現れることもある。
と、そこでメルシーズの一人、五条皐月が自信満々に告げた。
「うちに任せといて! 索敵スキル持ちだからね! 魔物もトラップもうちにかかれば丸わかりだよ! って、言ってる傍から――」
「魔物だな」
霧の向こうから近づいてきた魔物を、遠距離から包丁で斬り捨てる。
「よく気づいたね!?」
「そうか?」
「もしかして索敵スキル持ちとか?」
「いや、魔物の接近くらい気配である程度は察知できるだろう?」
「それにしてもまだかなり距離があったよ……?」
なんにせよ、このメンバーなら霧による影響はそう大したことないだろう。
問題はドローンだが……。
『確かに視界は悪いですが、霧や雨などの影響を軽減できるセンサーで追尾していますのでまったく問題ありません』
とのことらしい。
立ち込める霧を掻き分けながら、俺たちは次の転移トラップを探すのだった。
◇ ◇ ◇
〈ん? なんだ、この配信?〉
〈ダンジョン配信か?〉
〈めっちゃ見づらくて草〉
〈なんか曇ってる?〉
〈映像の問題かと思ったら違うんか〉
〈てか、ニシダおるやん〉
〈マジで?〉
〈登録者数10人の泡沫チャンネルに何でニシダが?〉
〈もしかして天童奈々もいないか?〉
〈フェイク動画じゃね?〉
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