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Take On Me   作者: マン太


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(おまけ) 面会

大和が入院中、こっそり会いに行っていた岳のお話しです。

 大和(やまと)の入院している病院は直ぐ知れた。真琴(まこと)の行動を探れば簡単で。

 都内の国立病院。訪れたのは面会時間終了まぎわ。そのせいか面会者は(たける)の他、誰もいなかった。

 この頃にはもう警察は訪れることもなく。

 大体、話しを聞こうにも、当の本人に意識が無いのだ。来ても意味がない。そのため、会いに来ても誰に疑われることもなかった。

 大和は既に集中治療室を出て個室に移されている。

 何の花がいいかと考えても結局思い当たらず、花屋でお見舞いだと告げると、店員がそれならと小さなヒマワリがメインとなったアレンジのバスケットを作ってくれた。

 ヒマワリは大和に良く似合いそうだ。

 そろそろ、ひと月が経つ頃。意識を取り戻しても良さそうなものだった。


 大和。


 部屋の前に立つ。

 ここを開ければ大和がいる。無事、一命を取り止めて、元気と言えないまでも、落ち着いた状態を保っていて。


『岳…、好きだ。大好きだ。ずっと…愛してる──』

 

 あの時、携帯越しの声が甦る。


 俺は──。


 どんな顔で、お前に会えばいい?


 一歩が踏み出せない。

 やはり、帰ろうかと思えば。


「どうされました? 面会でしたら入っていただいて構いませんよ?」


 看護師が声をかけてきた。戸口で立ち止まっているのを、遠慮していると取られたらしい。


「あ、いえ──。病室を…間違えたみたいで…。すみません」


 つい、咄嗟にそう答えていた。やはり、今はまだ無理だった。


「あら、そうですか。お部屋探しましょうか?」


「いえ。大丈夫です。ありがとうございます…」


 そう言って立ち去ろうとした所で、突然、廊下の向こうが騒がしくなり、ナースステーションから看護師が医師を伴って現れた。


「すみません! 失礼します──」


 直ぐに脇に避けると、慌ただしく大和の眠る病室へと入って行った。


 大和に何か──?


 良くない想像をし緊張が走る。

 暫くして中から出て来た年若い看護師を呼び止めた。


「お忙しい所、すみません。中で何が?」


 すると看護師は笑顔になって。


「意識がお戻りになったんです。診察が終われば会うこともできますよ? 少しお時間をいただきますが…」


 意識が──。


「いえ。また、日を改めて──」


 思わず答えた声が震えた。


「そうですか? でも、良かったですね」


「はい…」


 それは、本当に。

 泣きたいくらいだ。


 看護師はまた忙しそうにナースステーションに戻って行った。

 結局、大和には会わず、そっとドアの外の脇へ花を置いて立ち去った。


 大和の意識が戻った。何にも代え難い喜びだ。しかし、気持ちは晴れない。

 

 戻った大和にどんな顔をして会えばいい?

 

 ──やはり会えない。一歩間違えば、大和は死んでいた。


 全て俺のせいだ。俺のせいなのに、のこのこ顔を出して、なんと言えばいい?


 言う言葉なんてない。

 会う資格なんて、あるはずがない。


+++


「……? お…、れ──」


「ああ、まだ無理に話さなくていいですからね? 少し水で湿らせてから話しましょうか?」


 丁度、父親と同じ位の年齢に見える看護師が、水差しを用意してくれた。

 その間に医師が心音や脈を確認している。


 生きてる。


 医師は診察を済ますと、名前と年齢を確認し、今の気分や状態で気になる事はあるか聞いてきた。

 ぼうっとする頭で思考を巡らし、それに答える。どこにも異常は感じなかった。

 一通りの診察を終え、医師は家族に連絡する旨を伝え退出する。後には看護師が一人残り、不要になった機器を取り除いて行った。

 俺は意識を失う前の記憶を辿り寄せる。


 倫也(ともや)に刺されて、それで。


 ダメだと覚悟した。もう、岳とも会えないんだって。最後に岳の声が聞けて良かったって…。


『俺もだ』


 岳の柔らかい声音が脳裏に甦る。


「……っ」


 涙がこみ上げて来た。

 

 俺は、生きてる。岳とまた会える。


「あら?」


 一通り作業を終えた看護師が、部屋を出ようとして小さく声を上げた。何かと顔を向ければ。


「お花が置いてあるわ? 誰か置いて行ったのね。目が覚めたお祝いね?」


 そう言って部屋に運んできてくれた花は、黄色い花弁を揺らすヒマワリで。


「確か、ヒマワリの花言葉は…『あなただけを見ている』って言うのもあるのよ? 知っていたのか分からないけれど、情熱的ね?」


 そう言うと、俺の傍らにあるサイドボードに花を置き出ていった。


 あなただけを──。


 誰が贈り主なのかは分からない。その花言葉など、知らずに贈ったのかも知れない。

 けれど、直ぐに岳を思い浮かべたのはなぜだろう?


 会いたい。


 そう思うと、涙が止まらなくなっていた。

 会って。ただ、抱きしめて欲しかった。


 岳。好きだ。


 会って、もう一度、そう伝えたかった。


+++


「岳? 何処に行ってたんだ?」


 仕事場兼自宅に戻ると、師事している写真家、北村(きたむら)がカメラの手入れをしながら声をかけてきた。

 短く刈った髪や顎ひげに白いものが交じる、五十代半ばの体格のいい男だ。世界のあちこちを駆け回っている為、殆どここにいた試しがない。


「いや、ちょっと買い物に…」


 その割に荷物が無いのを不審に思ったようだが、岳の様子にそれ以上は突っ込んでこなかった。


「来週からアラスカに行ってくる。あっちの友人に誘われてな。…お前も来るか?」


「俺は──」


 途中まで行きます、と答えようとしたが、何故か大和の顔が浮かんで。


「ここにいます」

 

 そう答えていた。


 ここを離れたくない。瞬間的にそう思ったからだ。

 

 まだ、大和に会えてさえいないのだ。はっきりするまでは、逃げ出すわけには行かない。


「そうか。じゃあまた次の機会だな? てか、そういや仕事も幾つか入ってたな。悪い悪い」


「いえ。また、お願いします…」


 ふと思う。

 俺は大和に別れを告げられるのだろうかと。


 大和。俺はまだ──。


 窓の外に目を向ける。

 庭には咲き遅れたヒマワリが、小さな花を懸命に咲かせ風に揺れていた。



ー了ー


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