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Take On Me   作者: マン太


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(おまけ) 日常

 傍らに(たける)がいる。


 その事実に未だ馴れない自分がいて。

 今も昼過ぎの柔らかい日射しの中、毛足の長いラグの上にクッションを置いて、岳が眠っていた。

 フカフカのクッションは岳のお気に入りらしく、何かと持ち歩いては、家のあちこちで寛ぎまたは寝ている。

 今日は久しぶりの休日。

 何処かに出かけようかと誘われたが、次にまたいつ休めるのか分からない。それに、岳の疲労の色は隠せず。

 せっかくなんだからゆっくり過ごそう、そう提案して今に至る。

 俺がラグに寝転がって、真琴(まこと)オススメの推理小説を読んでいると、その傍らに仕事の電話を済ませリビングに戻って来た岳が、例のクッションを手に寝転がった。


「寝んのか?」


「いや。暫く大和(やまと)を見てる…」


 クッションを頭に置いて、こちらを見上げて来る。


「フザケンナ」


 そう言って読みかけのページに指を挟むと、寝ろとばかりに手のひらを岳の瞼に被せた。岳は避けようと手を翳す。


「やめろって。見えないだろ?」


「見られてたら落ち着かねぇって、いってんだって!」


 手を掴んで避けようとする岳と揉み合いになる。お互い必死だ。そうしている間に、気がつけば岳の上に乗り上げていて。


「いい加減、観念して寝ろ!」


 互いに息を弾ませて睨みあっていれば。不意に岳が笑い出す。


「なんだ?」


「いや…。なんかお前に襲われてるなって思ったら、可笑しくてな? お前、そう言うキャラじゃないし。まあ、勿論そうなったら受けて立つが──」


 俺は岳からお気に入りクッションを奪い取り、その顔目掛けて投げつけた。それはぽすりと岳の顔に当たって落ちる。


「下らねぇ想像してっと、本気で襲うぞ!」


「だから受けて立つって言ってるだろ? ホラ、遠慮せず襲えよ」


 クッションを除けながら笑う岳に、俺はむうと頬を膨らますと。


「後悔、すんなよ?」


 ニヤリと笑って、その両脇に手を置いた。となればやることは一つ。


「あ? おま、まさか──」


 サッと顔色が青ざめた岳に、有無を言わさず脇をくすぐってやった。


「や、めろってっ。大和…!」


 岳は脇が弱い。いつだったか、事が済んだ後、ベッドで横になっていた時。

 目の前に無防備にあった脇を、ふざけてツーっと指先で辿ったら、思いっきり飛び上がったのだ。

 その後、しっかり反撃にあったが…。

 兎に角、そこが弱点と知っている。


「なんだよ? 遠慮なくやっていいんだろ? 俺だって襲うことだってあるってのを証明──」


 してやる、そう言おうとした俺の身体が突然、フワリと浮き上がったかと思うと、床を背に仰向けに寝転がっていた。


「形勢逆転。だな?」


 不敵に笑む岳に、キュンとする自分は、相当やられている。岳は俺の手首をそれぞれ押さえつけ、足にも体重をかけて来た。

 これでは全く動けない。


「…本当の襲い方、教えてやろうか?」


 覆いかぶさって見下ろしてくる岳は、いつもと違ってその背後に黒いオーラが見える。思わずゴクリと唾を嚥下した。

 流石、百戦錬磨、元極道若頭。


 凄むと半端ねぇ…。


 俺は内心ビビリながらも何とか阻止するために、ささやかな反撃を開始する。


「んなとこで事に及んだら、亜貴(あき)に殴られんぞ? 前にキッチンでやったのバレて腹にパンチ喰らったろ? また二の舞いになるぞ?」


「…てか、あいつ、お前は殴らないってのがおかしいだろ? 大和だって共犯だろ?」


「残念だが、亜貴は今だに俺が一番らしい。目が曇ってんじゃないかと思うが、それは変わらないって言ってた。だから殴れないってな」 


 フンと鼻息荒く見返せば。


「はぁ…。っとに、いい加減諦めの悪い…」


 岳は瞑目しため息をつくと、急に俺の上から退いて横に寝転がった。

 身体の上から重みが去り、漸く解放されてホッとするも何処か寂しい。


「なんだ? 戦意喪失か?」


「ああ。亜貴に絡まれるのはゴメンだしな? …夜まで取っとく」


「はぁ?」


「寝る。大和、本読めよ。俺は寝る」


 そう宣言すると、腕を俺の腰に廻し抱きついてくる。これでは仰向けに転がされたカエル状態だ。


「…これで読めってか?」


「読めるだろ? 少しなら動いてもいいぞ…」


「……」


 俺は仕方なく、岳の腕の中で反転すると、今度は腹ばいになって、最初のスタイルに戻る。

 その間、少しだけ腕を緩め、俺が動きやすい様にしてくれた。けれど、俺が腹ばいになった途端、腕の力が強まってしっかり腰に回される。


 そして、冒頭に戻って。

 暫くすると、岳の健やかな寝息が聞こえて来た。起きる気配はない。すっかり気を許した寝顔に。


 こんな無防備な寝顔、皆見た事無いんじゃないだろうか?


 流石に寝てしまうと腕の力も抜ける。それでも、その腕が外れない様に岳に身体を寄せると、本を伏せその顔を覗き込んだ。

 栗色に近い地毛が、日に透けてホワホワと揺れている。鼻筋もすうっと通って、目を閉じていても相変わらずの男振り。


「ここに、いるんだな…」


 また一緒に暮らし出して。することもした。キスもハグも毎日欠かさない。

 それでも、時々、この幸せ過ぎる日々に、これは本当なのだろうかと疑ってしまう。

 こうして身近にその温もりを感じて、漸く実感するが。


 夢オチだけは、勘弁だ。


 本をすっかり閉じて、岳と同じ様に寝転がってその顔を見つめていれば。突然、ぱちりと目が開く。


「っうお?!」

 

 びっくりした…。


「そんなに見られてんじゃ、眠れないだろ?」


「お、おう」


 岳は笑みを浮かべると、一瞬、引こうとした俺の後ろ頭に手を回し、そのまま胸元に引き寄せた。ふわりと薫る岳の匂い。


「俺はここにいるし、どこにも行かない。…傍にいる。お前が納得行くまで何度でも言ってやる」


 頭上から響く声音。諭すようにゆっくりとそう口にする。


「…うん」


 岳は、ここにいる。


 俺はホッと息をつくと、岳の胸元に額を寄せて目を閉じた。


+++


「真琴。どうしよう。これ…」


 今日は土曜日であるのだが、勤める法律事務所の知人とランチがてら打ち合わせがあり。

 先程それも終わり帰途につけば、偶然、学校帰りの亜貴と帰宅時間が一緒になった。

 駅から亜貴と共に帰って来たのだが、リビングのドアを開けた途端、亜貴は開口一番、そう漏らした。

 亜貴の肩越しに覗き込んだリビングのラグの上。仲睦まじく頭を寄せ合って眠る岳と大和がいた。

 岳の腕の中に包まれる様に大和は眠っている。見ているこちらも幸せになるような光景だった。

 事に及んでるなら殴りつける所だが、午後の緩やかな陽射しの中、気持ち良さげに眠るだけ。殴るわけには行かない。


「間に入って、寝てやろうか…」


 亜貴の羨まし気な言葉に真琴は笑みを浮かべつつ。


「そっとして置こう」


 亜貴は仕方ないと言った具合に肩をすくめると。


「大和が可愛そうだしね…。あーあ、っとにこっちが当てられっぱなしだよ。ま、大和が幸せなら問題ないけどね」


 ぐんと伸びをして、亜貴は着替える為自室へと向かった。リビングに残った真琴は眠っているはずの岳に向かって。


「…起きてるんだろ?」


 するとその言葉に、徐ろに岳が目を開く。


「お前には寝たふりも通用しないな?」


「気づかないと思うか? いつから起きてたんだ?」


 岳は腕の中の大和を抱え直し起き上がる。大和は身じろいだが、目を覚ます事はなかった。


「結構、前だな。ずっと大和の顔見てた。飽きないんだよなぁ…」


 どうしてだろうと不思議そうに呟くが、真琴から見れば単なる惚気だ。惚れてるからだろうとは、口が裂けても言ってやらない。


「コツメカワウソだからだろ? お前、好きだったじゃないか。似てると言ったのはお前だろ」


 真琴の言葉に、うーんと唸ったあと。


「そういう事か…?」


「そう言う事だ」


 どうせ直ぐに気付くだろう事は分かっている。

 岳は優しい眼差しを大和に向けていた。亜貴ではないが、


 大和が幸せならそれでいい。


 それに尽きる。


「大和が起きるまでゆっくりしていればいい。休みだろ?」


 真琴の言葉に岳は顔を上げる。


「いいのか?」


「二人きりにさせてやれない代わりだ。夕飯も適当にやるからいいぞ」


 真琴も料理をやるようになった。元々器用な方だ。好きな料理を追求するのが趣味で、結構、凝った料理が得意だ。

 何より大和が、美味しい美味しいと言ってくれるのが嬉しくて、つい力が入った結果でもある。

 岳は口元に笑みを浮かべ。


「すまないな」


「好きでやってる。気にするな」


 さて、夕飯は何にするかと、冷蔵庫の中身を確認しようとして、ふと、取手にかけた手を止めた。

 リビングのラグの上では、岳が大和を腕に抱いて、酷く嬉しそうに見下ろしている。まるで赤ん坊をあやしているよう。


 幸せ、だな。


 皆がいる景色が幸せを生んでいる。それはいつか大和が言った言葉だったが。

 ごく普通の日常の景色に、大和が加わるからそう思えるのだ。


 大和が幸せそうに笑っている。


 それが重要だ。相手はこの際、誰でもいい。

 真琴は再び冷蔵庫を開け、いよいよ夕飯準備に取り掛かる。

 季節はまだ冬。牛筋肉のワイン煮込みに、スパイスから作る本格インドカレー、季節の野菜をふんだんに入れた鳥鍋もいい。

 リビングで寛ぐ大好きな二人の姿に、真琴も幸せを受け取っていた。


+++


 いい匂いがする…。これは嗅いだことのある匂いだ。


 つられる様に目を開けると、何故か俺は岳の膝の上で横になっていて、岳は俺が読みかけていた本を熱心に読んでいた。


「起きたか?」


 直ぐに気がついた岳が声をかけて来る。


「うん…。良く寝た…。夕飯の仕度は…?」


 岳の膝の上でぐぐっと伸びをする。


「今、真琴がやってる。この匂いはあれだ。牛筋のワイン煮込みだな?」


「あー、あれ、好き…。真琴さん、サイコー!」


「…俺だってあれくらい作れるぞ?」


 拗ねる岳に。


「分かってるって。岳もサイコー」


「…なんだ。付け足しみたいだな…」


「ああもう! 何て言えばいいんだよっ。このヤキモチ妬き!」

 

 手を伸ばし、岳の片方の耳たぶを引っ張ってやる。


「ててっ! コラ、やめろって」


 そんなふうにじゃれあっていれば。


「二人共、夕飯できたぞ?」


 真琴の声に漸く岳の膝の上から、身体を起こす。


「ありがと、真琴さん。てか、岳。今更だけど重かったろ? 本当はお前が休まなきゃいけないのにさ…」


「お前で充電したからいい」

 

 そう言って、立ち上がった俺を擦り寄るネコの様に背後から抱きしめて来る。


「…それに、夜寝る前にも充電するからいい」


「っ!?」


 何を指しているのか察して頬がカッと熱くなる。そうこうしていれば。


「ちょっとそこ。いい加減にしてよ。せっかくの料理が冷めるだろ?」


 見ればダイニングテーブルには、いつの間にか亜貴が座っていた。肘をついてこちらを睨んでいる。


「ゴメン、今行く。岳、離せって!」


「大和、どのくらい食べる?」


「うーん。離したくない…」


「大盛りでよろしく! って、だから重いって。岳! 歩き辛いし…」


「兄さん! いい加減にしろよ」


「仕方ないな…」


 漸く腕の中から解放してくれた。岳は睨む亜貴に気を使って、謝りながら足早にテーブルへと向かう。

 また、何時もの賑やかな夕食が始まった。

 この『また』始められる事が何より幸せで。


 亜貴がいて真琴がいて。


 リビングで暫し佇んだ俺に、岳が声をかけて来る。


「大和?」 


「おう」


 岳がいる──。


 俺は、なんて幸せ者なんだろう。


 その幸せな景色の中へ、俺も加わった。

 温かな時間が今日もまた始まる。



ー了ー


これでお話しは終了です。

拙い文章お読みいただきありがとうございました!

また、次回作アップしましたら、よろしくお願いいたします。

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