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Take On Me   作者: マン太


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30/42

30.君の声

 大和と別れた後。

 一度、マンションに戻り、その足で(きよし)の家へと自身の運転で向かった。

 雨には濡れたがこの程度なら気にならない。

 潔の家に着くとすぐに母の来訪を知らされた。跡目の件で来たのだろう。

 先ほどまで携帯で大和(やまと)と話していた為、気持ちは高揚している。それを知らされても心は軽かった。

 荷物を預け奥へと進む。待たされるかと思ったがそうはならなかった。

 襖を開けると二人が揃って、座卓を挟み座っている。父と母が二人でいる姿をここで初めて見た気がした。

 こうして並べば、案外、馴染んで見えるのはやはり一度は深く付き合った仲だからだろうか。

 母はやはり継ぐことに反対だった。

 それはそうだろう。ここまで手塩にかけ育ててきた息子が本格的に極道の道へと入ろうというのだから。

 けれど、そこに大和がいてくれるなら、俺はなんとか自分を保つことが出来ると思った。

 進みたい道ではないが、それでも、傍らに光があれば、暗い足元を迷わないように照らしてくれる。


 だから、俺は大丈夫だ──。


 そう、腹を括ったのだが。


『大和が刺された』


 真琴(まこと)からの連絡に耳を疑った。

 つい先ほどまで話していたのだ。何かの冗談かと思ったが。


「は? 今なんて──」


『今さっき、警察から連絡あってな。俺が大和に渡した名刺を見たらしい』


「…いったい、何が…?」


『大和は…河川敷で犯人らしき男と共に倒れていた所を通行人に発見された。腹部を刺され意識が無い…。病院に搬送されたが、重体との事だ。警察では通り魔的な犯行なのか怨恨なのかはまだ分からないそうだが…』


「重体…」


 その言葉に手が冷たくなり、嫌な汗がじっとりと湧く。


『俺はこれから病院に行ってくる。詳しいことが分かったらまた連絡する。(たける)はそこで待機していてくれ。跡目の件が絡んでいる可能性もある。…くれぐれも勝手に動くようなマネはするなよ?』


「…わかった」


 それで一旦、通話が切れる。

 冷静になれと頭のどこかで声がするが、動揺は隠せなかった。部屋に戻り二人と相対したが、それどころではない。

 岳の報告に潔が驚く。しかし、すぐに落ち着いた声音で。


「岳。着替えて部屋で待機していなさい。一旦、この話はここで終わりだ。波瑠子(はるこ)も帰っていい」


「待ってよ。このまま明日、岳に継がせる気? こんな状況なのに…」


 岳の様子に波瑠子は心配を隠せない。潔は一度深く呼吸した後。


「明日の式は一旦、中止する。皆への連絡は私がする。岳は部屋で休んでいなさい」


「親父…」


 父親の言葉に岳は驚き目を瞠るが。


「保留する。少し急ぎすぎた様だ。俺も一度、考えたい」


「潔さん…」


 潔の決意に波瑠子の表情が緩む。


「波瑠ももう帰れ。ここは長居する所じゃない」


 すると、先程と打って変わってきっと眼尻(まなじり)を釣り上げ。


「今日は岳の為だけにここへ来たんじゃないのよ。私の用もあったの。私、当分ここでお世話になりたいのよ」


「波瑠?」


「あなたの側にいたいの。せめて最後くらい一緒に過ごしたいと思うのはいけないこと?」


「だが…」


「岳もあなたの世話どころじゃ無いし。もう、話は終わり。そう言ったわよね? 岳、いつでも出ていかれるように準備しておきなさい。あまり気落ちしてはだめよ? まだどうなるのか分からないのだから…」


 背中に波瑠子の手が触れる。久しぶりの母親の温もりに、少し落ち着きを取り戻した。


「…分かった。じゃあ、後を頼む」


「今は、あなたの大切な人の無事だけを思っていなさい」


 波瑠子はそういうと、そっと岳の背を押した。


+++


 部屋に戻っても落ち着かず、ベッドに腰かけ手を組み、じっと床を睨みつけ考えを巡らせていた。


 いったい、誰がやったのか。


 いや、見当はつく。そこは真琴の連絡を待つまでもない。


 きっと(くす)の弟だ。


 瞬間的にそう思った。

 どこへ潜ったのか、その後も倫也(ともや)の足取りは掴めていなかった。

 倫也には顔を初めて合わせた時から、いい印象を持っていない。それは倫也も同じだったらしい。事あるごとに、嫌味を言われ嫌がらせを受けた。

 兄の地位を脅かす存在。突然、降って湧いた様な登場に、納得が行かなかったのだろう。

 楠の手前もある。岳の方は無視していたが、それが余計に倫也の癇に障ったらしい。

 自分への当たりは更にきつくなった。

 気に入らないが、当の本人に手は出せない。そのイライラが積り積もって、亜貴の件から始まり、今回の件に繋がったのだろう。


 しかし、河原でと言ったが。


 大和はアパートに着く頃だと言っていた。


 一体どうして?


 端末で話していた時は、大和は普通に会話していた。


 どこも変わった様子はなく、いつものように笑って──。


 そこで再び端末が着信を知らせた。真琴の表示にすぐに応じる。


「大和は?」


『都内の病院に入った所だ。傷が深く臓器にまで達している。なにより出血が酷かったようでな。意識も戻っていない…。当分集中治療室に入ることになる。それで、大和を襲った人間だが…』


「楠の弟か?」


『そうだ。察しがいいな…』


 真琴も倫也が岳をよく思っていなかった事を知っている。


『倫也は大和と一緒に倒れていたそうだが、警察の見立てによると、大和を襲おうとしてもみ合いになり、そのまま土手に転がったらしい。その拍子に運悪くそこにあった縁石に頭部をぶつけてな。奴もいま別の病院の集中治療室にいるが、多分、このまま意識は戻らないだろうとのことだ。ぶつけ所が悪かったらしい』


「そうか…」


『凶器は奴の持っていたナイフだ。腹部に当てられたのが、転がった拍子に刺さったらしい。大和も抵抗しただろうから、その結果だろうと…。詳しくは大和が回復したら聞くようだが、多分、粗方今の通りだろう』


「河川敷でと言ったが。俺と話した時はもうアパートに着くと…」


『いや、ずっと河原にいたようだ。やられたのはお前と別れた直後だろう。警察の話によると、発見者は近くの公園に行くため通りかかった際、大和を見かけたそうだ。四十分程して雨脚が強くなって帰って来た所、倒れていたと。お前といたのもそれくらいだろう?』


「ああ…」


 あの時。

 最後に振り返った際、大和はいなかった。あれは土手に倒れた後だったのか。


 あの時、大和は──。


『…所で、大和の携帯の最後の通話履歴がお前になっていたが…。お前、その後、話していたのか?』


「ああ。別れたあと、少ししてから…」


『…多分、その時には刺されていたはずだ』


 岳は息を呑む。


「大和は、何も言わなかった…。俺は…あいつと、刺されたあいつと、ずっと、話してたんだ…。平気な顔してバカみたいに…。痛かっただろうに、気付けなかった…。俺は、どうしたらいい? あいつに何かあったらっ、俺は──」


『岳…』


 片手で顔を覆いその場に崩れるように蹲る。


「…どこに入院したんだ?」


『それは言えない』


「真琴!」


『お前は明日、式を控えているんだろう? 動き回っている場合じゃ──』


「それはなくなった。今の所だが…。波瑠子が…母さんが来たんだ。それで、親父が少し考えたいと…。それより、病院の場所を教えてくれ」


『そうか…。しかし、やはり教えられない。俺は大和の雇った弁護士ということにして面会できたが、お前は他人だ。警察は今、大和や倫也の身辺を洗っている最中だ。来れば警察に訝しく思われるだろう。今、大和の父親を呼んだ所だ。何かあればすぐに連絡する。だから──』


「言えよ! 真琴っ」


 激高する岳の耳に真琴の冷静な声が響く。


『…お前は鴎澤組の若頭だ。お前が動けばお前にも大和にもそれぞれ面倒が起こる可能性がある。痛くもない腹を探られたくはないだろう。今は辛いだろうが、堪えてくれ』


「……」


 岳は黙るしかなかった。


『…岳。今は、大和の無事を祈ることだ。出来るのはそれだけだ』


「……」


 俺は無力だ。 


『また連絡する』


 通話はそこで切られた。

 何かあればではなく。定時連絡をすると真琴は暗に言っていた。

 何か起きての連絡では、大和の生死にかかわる連絡になってしまうからだ。


 助けてと、来てくれと。そう一言いえば、俺は──。


「バカだ…。俺は」


 大和の性格を思えば助けを呼ぶ筈がなかった。

 倫也が側にいるかも知れない。明日、跡目を継ぐと言う大役が待っている。

 諸々を(おもんばか)って、大和は呼ばなかったのだろう。

 きっと何処かにサインがあったはず。ひとり舞い上がって、その異変に気付くこともできなかった。

 何を優先すべきか大和は分かっている。

 自分より、大切に思う人間を守りたかった。それだけだ。

 改めて、大和の思いの深さに気づく。


 俺はそんな大和を思う資格があるのか?


「頼む。誰でもいい…。大和を、連れて行かないでくれ…」


 頬に涙が次から次へと流れ落ちる。

 嗚咽と悲痛な声音だけが、岳の他、誰もいない部屋に響いた。

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